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風邪の季節

 ハクション。

 小さなくしゃみと、行儀悪く鼻をすする音が聞こえて、オットー・オーレンドルフはハンカチを掴みながら振り返った。

「風邪かね?」


 問いかけられたひどく薄着の少女は、差しだされたオーレンドルフのハンカチを受け取りながら、いまひとつ要領を得ない表情で小首を傾げる。


 首など傾げているが、自分の体調ではないのか?

 思わずそんなことを考えたが、どうやらこの頭の足りない少女には理解できていないらしい。


「朝はいつもこんな感じだし……」

 言い訳するようにつぶやいた彼女は、大きく口を開いてあくびをするとカーディガンの袖口に自分の手をしまってしまった。


 朝はいつもこんな感じ、とは全くもってどういうことだ。

 オーレンドルフがそんなことを思いながら眉間にしわを寄せると彼女は、大股に歩み寄って来た丸い縁の眼鏡をかけた親衛隊中将に、ほがらかな笑顔になった。

「おはようございます、ゲープハルト博士」

「あぁ、おはよう。今日、新しい血圧計が届いたから、どうだね」

 ぶっきらぼうに告げたヒムラーの側近中の側近――旧知の仲でもあるカール・ゲープハルトは、素っ気ない物言いの影に少女への思いやりを滲ませる。


 正直なところ、ハインリヒ・ヒムラーの側近だからオーレンドルフは勝手に血も涙もないマッド・(フェリュックター・)サイエンティスト(ヴィゼンシャフトラー)だと思っていたが、どうやらそれも思い込みだったらしい。


「……え」

 マリーの笑顔が、新しい血圧計という言葉に凍り付く。


「えぇー……?」

 じろじろと栄養状態のよろしくない少女の頭の先から爪の先まで見下ろしたゲープハルトは、おもむろにマリーの二の腕を掴むと乱暴に引き寄せた。


「えー、じゃない」

「だって、また診察するんでしょう? 毎日血圧なんて測ったって変わらないわ」

 強い男の力で引き寄せられて、少女の体はいとも簡単にゲープハルトの腕の中におさまった。


「熱がある」

 そう言いながら、ゲープハルトは少女の額に手のひらを当てると言い捨てた。

「君は自分の体調を自己管理できないのだから、拒否権はないぞ」

 ばっさりと切り捨てた男は、マリーの体を軽々と抱き上げて肩越しにオーレンドルフを見やる。


 なにもそんなところで得意げに勝ち誇った顔にならなくても良いだろうに。

「寒いのにこんなに薄着をしているからだ」

 コンコンと説教を受ける少女はバツが悪そうに困った顔になった。

「だって、いつもみんなに馬鹿にされるのよ。そんなに着ぐるみみたいに着込んでるから風邪ひくんだって」

「君は着ぐるみみたいに着込んでいたほうがいいにきまっている。ただでさえ脂肪が少ないんだ」


 なにやら、たかが中年の医学者に凄まじい敗北感を感じて、オーレンドルフは憮然とするのだった……。

意訳>>

「なんか腹立つ……(・ω・#)」

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