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70年後の正義の話をしよう

「不必要なものは排除すればよい」


 敵も味方も。

 不都合な存在は消してしまえばいい。

「……ですが、閣下」


 ラインハルト・ハイドリヒの独白のような言葉を受けて、ヴァルター・シェレンベルクは返す言葉に迷って視線をさまよわせた。もちろん、それもシェレンベルクの演技に過ぎない。

 だが、シェレンベルクには演技であったとしてもハイドリヒの前でそのように振る舞う必要性があった。


「そうは思わないか? ヴァルター」


 冷ややかなハイドリヒの言葉には底知れない冷徹さが秘められている。

「無能の役立たずは死ねばいい」

「ですが無能な者にもそれなりの使い道があるのではありませんか?」

「そうだな、確かにドイツ人の全員が頭が切れても”我々”としても都合が悪い」


 我々、と表現したハイドリヒに、シェレンベルクは無表情のままで目線だけをおろすと言葉を探した。


 ――ハイドリヒは「我々」と言ったが、実際のところ冷徹なナチス親衛隊の高級将校が心の底から「我々」などと思っているとはシェレンベルクは考えていない。


 ラインハルト・ハイドリヒはどこまでも計算高く狡猾で、冷徹だ。

 他の誰よりも。


 ヒムラーを影から操り、実質的にドイツ第三帝国という国を牛耳った。


「世界は広い。だから、我々に有益な”隣人”が必要だ」


 ドイツ人にとって有益な友人にだけ情けをかければいい。


 無益な者はそれなりに。

 ただものとして扱えば良い。


「はい、閣下」


 シェレンベルクのことをハイドリヒは現状は利用しがいがあると思って処分しないだけのことだろう。しかし、仮にハイドリヒにとってシェレンベルクが邪魔と感じれば、迷いもなく始末するだろう。


 それがわかっていた。

 かつて、メールホルンやベストを処分した時と同じように。


 それをヴァルター・シェレンベルクはわかっている。

 本当に危険な者は他でもない。


 危険すぎる……――。


「本官は閣下の忠実な部下です」

 静かに告げたシェレンベルクにハイドリヒは低く笑った。


「そういうことにしておいてやろう」


 なにもかも。

 全てを見透かすように言ったラインハルト・ハイドリヒの瞳にぞっとした。


 ドイツ第三帝国、その秘密警察にあって自分がエリート中のエリートとまで呼ばれていることもわかっていて、ハイドリヒの望むままに振る舞った。


 それが自分の身を守る手段のひとつだったから。

「いずれ、わたしを凌いで見せたまえ。ヴァルター」

「ご冗談を……」


 言葉少なに応じてシェレンベルクも口元に微笑をたたえると、視線を窓の外に放ってから、執務室のハイドリヒの机に戻した。


「必要なものは、”わたし”だけなのよ?」


 今はカルテンブルンナーの椅子に行儀悪く足を揺らしながら金色の髪の青い瞳を持った少女は口元に右の人差し指を押しつけて無邪気な笑顔をたたえてみせた。

「ね? シェレンベルク?」


 そのために、自分すらも捨て去らなければならないのであれば。

 そうしなければ手に入らないものならば、「なにもいらない」。

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