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孫にも衣装

「まったく最近の若い者は……」


 大変心臓によろしくない……――。


 大きな溜め息をついたのはベックだった。


「どう思うね? ルントシュテット元帥」

「わたしにそれを聞くのか?」


 言葉を返されて元陸軍参謀本部総長を務めたルートヴィヒ・ベックは唇をへの字に曲げた。


 ベックやルントシュテットと同じようにやはり渋面をたたえているのはもうひとりの陸軍元帥、エルウィン・フォン・ヴィッツレーベンだ。


 どうしてこれが!

 渋面にならずにいられようか……!


「まぁ……」


 口にすべき言葉を見失ったらしいのは現在の陸軍参謀本部総長を務めるフランツ・ハルダーだ。

 メンツの中では意外なことに、一番年少だ。


「若い者は羽目を外したがるものだから」


 ついでを言えば一番若く、庶民出身であることからある意味では最も俗世間に理解があるとも言えるかもしれない。

 内心で考えていることが一同と同じであるということはさておいて、最年少者としてなんとなく彼女の気持ちを理解してやれるのは自分ではないかと考えた。


 さらに言えば、そんな年寄りの思惑を当の本人は勝手知ったると言った様子だ。


 マリーの代わりに言い訳するように口ごもりながら呟いたハルダーに、ゲルト・フォン・ルントシュテットは厳つい表情のままで気心の知れる参謀総長を睨み付けるように見やる。


「そんなことを言っていると当の若い連中がハメを外しすぎてナチの連中みたいなことになるのだぞ」

「そう言っても彼女が生粋のナチだとはとても思えないが」


 ナチス党に名前を連ねる婦女子たちを見続けてきたハルダーには、目の前の少女がとても「生粋のナチ」には映らない。

 いつも自由奔放で、立場も階級も超えて大人たちを振り回す。


「せっかく彼女がかわいい格好をして見せにきたのだから、今日ばかりはなにもそんな言い方をしなくても良いのでは?」

 ハルダーが言い訳をすると、ベックがフンと鼻を鳴らした。

 とてつもなく機嫌が悪そうだ。


「……マリーはどんな格好をしていても似合うのだからあんな破廉恥な格好をする必要はない。それにあんな格好は裸も同然で下品なことこの上ない!」


 どんな格好をしても似合う。

 そんなベックの言葉にハルダーが小首を傾げる。


 さすがにそれはどうだろう……。


 薄い胸を申し訳程度に覆ったドレス。

 腰の下まで素肌を晒して、華奢な腕を伸び伸びと伸ばしている。細い足はドレスに隠れて見えないが布の多いスカートの裾の揺れる様子からすぐにその下にある足が誰よりも細いものだとわかる。

 金色の長い髪を背中まで垂らした少女はまるで妖精のようだ。


 マリーのドレスは国家保安本部のシェレンベルクが選んだものらしい。

 一説には、カルテンブルンナーが選ぼうとしたらしいが国家保安本部屈指のプレイボーイにだめ出しされたらしい。


 黒い布と、白いレースが際立ったドレスをひらひらと揺らして少女はソファに座ったベックの前で両手を広げてくるりと回る。


「似合う? ベックさん」

「似合っているから、なにか上着を着なさい。しかし本当にそんな格好でクリスマス・パーティーに来るつもりか?」


 散々大反対を唱えながら、マリーに直接問いかけられるとこの答えだ。

 ハルダーはやれやれとベックらを見やる。


 露出度が高すぎる……。


 それが貴族出身のふたりの高齢の将校の意見で、やはり保守的な考えの強いベックの感想だった。


「えー? だって、せっかくだからカイテル元帥やレーダー元帥にも見せたいわ。それにカナリスにも」

「だいたい世間は物騒だからな。そんな格好で出歩いたら襲ってくださいと言ってるようなものだ。これだから危機感が……」

 とめどなくはじまったベックのお説教に、ルントシュテットとヴィッツレーベンが同調した。


「まぁまぁ……」


 ハルダーがなだめ役に回るというのも珍しい。

「そんなに心配ならベックさんたちが一緒に来てくれればいいじゃないですか!」


 マリーが薄い胸をはって言い放った。

 健康的な乳房とは言えないが、まるで透き通るように白い肌は見る者を不安にさせるほど儚げで、成熟した女性達とは異なる色香を醸し出す。


 名案だと言わんばかりのマリーの台詞に絶句した高級将校たちだったが、マリーのほうはというと、余り深く考えていないようだ。

 陸軍の重鎮が気易いパーティーなどに参加しては、参加者が萎縮してしまうのは目に見えている。


「なんだなんだ、そんなに貴官らが心配ならわたしがエスコートしてやろう」


 ドアを豪快に開いてどかどかと足音を踏みならしてハルダーの執務室に入ってきた長身の男は、得意満面にそう言った。

 よく見なくてもマリーが可愛くて仕方がないカイテルの鼻の下は伸びきっているし、口元はだらしなくゆるんでいる。

 もちろん性的な意味ではないが。


 よほど華やかなドレスを身につけたマリーをエスコートしたいのだろう。


 口ひげの印象的な国防軍総長の登場が事態をよりいっそう深刻化させたのだった……――。

「なぜそういう話になるのだ……」

 最年少のハルダーは降って湧いた新たな頭痛の種に、がっくりと広い肩を落としてもう一度深く溜め息をついた。


 馬子にも衣装、とはよく言ったものだ。

 この場合、孫にも衣装、だろうか。

今回のお話しは58歳のハルダーが最年少(マリー除く)


58 ハルダー

60 カイテル

61 ヴィッツレーベン

62 ベック

67 ルントシュテット

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