ツンデレの話 ハルダーの場合
「む……」
眼鏡がない。
いつも老眼鏡をおいている眼鏡立てに手を伸ばして、指が空中をかすったことにハルダーは片目を細めた。
ハルダーの勉強会にマリーが来たものの、急用で席を外していた間に少女は眠ってしまっていた。
暇人のハインツ・グデーリアンの言う通り、彼女がいつもの激務で疲れていることを知っているから、すっかり寝入ってしまっているところをたたき起こしたりするような野暮ではない。
他者の目があるときこそ厳しい物言いをするフランツ・ハルダーだがふたりきりのときは決してそうでもない。
本を枕にして眠っている少女の横顔に、銀色の眼鏡の蔓が引っかかっているのが見えてハルダーはやれやれと溜め息をつきながら執務机に手をつくと立ち上がる。
ハルダーの老眼鏡をおもちゃにしていたらしい少女の小さな顔には不釣り合いに大きな眼鏡が鼻先にかかっていた。
それはそれでかわいらしいが、余分な負担を目に掛ければ彼女の目を悪くしてしまうだろう。
マリーを起こさないように、そっとその鼻先から眼鏡を取りあげてやると音も立てずに少女の眠るソファの横に腰を下ろした。
「やれやれ」
全く危機感が足りない。
憮然としたハルダーは老眼鏡を制服の胸ポケットに突っ込むと、ソファの肘掛けに片肘を突いてもう一度溜め息をついた。