同郷の同士 ミュラーとマイジンガーの思惑
雪の積もった国家保安本部の中庭。
ベルリンの冬は、暗く、そして陰鬱だ。
木陰のベンチはマリーが独り占めにしているお気に入りの日光浴の場所として有名だが、そのベンチにもすっかり雪が積もっていて、主人の不在を告げている。
そんなベンチの傍らの木の幹に寄りかかったままで、ちらちらと舞い散る雪を見つめるようにしながらマイジンガーは憮然としたままで考え込んだ。
マリーの年齢は十六歳。
きっと年も明けたからもうすぐ十七歳だろう。
正直を言えば、彼女の個人ファイルなどろくに見てもいない。
ろくに見ていないというか、そもそも極秘情報扱いであるため、彼が彼女のファイルを見たのは、ベルリンに召喚を受け、国家保安本部のエルンスト・カルテンブルンナーの執務室で見ただけだ。
そのときはたかが十六歳の小娘というだけで面白くなくて、彼女の個人情報の子細など見ていなかった。
それ以来、マリーの誕生日も心に留めずに今に至る。
もちろん、マイジンガーにすれば誕生日などどうでも良いものでしかない。
誕生日が問題なのではなく、彼女の年頃が彼の関心だった。
彼女は年頃の少女だ。
そんな彼女の周りにはエリートと言われる若い男たちが山ほどいる。特に、若い世代で構成される国家保安本部は、他のナチス親衛隊本部よりも、若い知識人で構成されている傾向にある。
そんな国家保安本部に勤めていて、彼女の心が若く二枚目の男たちに傾くのではないかとも心配する。
最たる存在が、若々しく知性と才能と活力溢れたシェレンベルクやオーレンドルフだ。
マイジンガーもそれを認めないわけにはいかない。
勝ち目がない……――。
なぜなら、マイジンガーは彼女に「つり合う」年齢でもなければ、二枚目でもない。
酒の飲み過ぎですっかり腹も出た中年だ。
最近では彼女の傍にいるに相応しい男であろうとして、酒の量も減らして若い親衛隊員に負けじと日々、訓練に勤しんでいる。そのおかげで、この半年余りですっかり体型も改善した。
彼女の騎士でありたいと思った。
ただそれだけだ。
動機など笑えるほどくだらない些細なものだ。
人生の盛りも越えた男が、夢を見るなどどこからどう見ても笑える話だ。
ゲシュタポを指揮するハインリヒ・ミュラーのことはよく知っているが、結局、ミュラーにも権力闘争で敗れる形になった。
そんな人生の敗北者を、彼女は笑顔で受け入れてくれる。
本当は、彼女を蹴落とし、利用しようとしていたというのに、そんなマイジンガーの思惑など知った事でもないという表情で、いつもにこにこと笑っている。
大きな溜め息をついたマイジンガーは、もやもやとする感情を抱えたままで大股に降り積もった雪を踏む足音に首を回した。
「こんなところで考え事か?」
声が聞こえてマイジンガーは片目を細めた。
「ミュラー”中将”」
「……ふん」
マイジンガーの呼び掛けに鼻を鳴らしたハインリヒ・ミュラーは、どこかおもしろくなさそうな顔をして雪に冷やされた空気に首をすくめた。
「おまえが羨ましいよ」
「……はぁ?」
言われてマイジンガーは憮然としながら眉間にしわを刻んだ。
「俺は中間管理職だからな、そうそうここを離れるわけにもいかん。その点おまえは左遷された経歴もあるからな、自由に動けるからマリーの周りで好き勝手に動いていても誰にも怪しまれん」
嫌み混じりのミュラーの言葉の裏に潜んだ感情に、マイジンガーは不意に片眉をつり上げた。
それはミュラーの本心だ。
不細工で禿げ頭の中年でも、彼女のそばにいて力になりたいと心から望んでいる「ライバル」たちには勝てているから、それはそれで良いかもしれない……!
「ミュンヘン警察の名にかけて、彼女を守ってくれよ。マイジンガー」
「……――承知した」