好きだと言って?
「女性っていうのは、いくつになっても褒めてもらいたいものなのよ」
にこやかに妻にそう告げられて、ルートヴィヒ・ベックはうなり声を上げたままで首をひねった。
「マリーも、美人だと言ってもらいたいと思うか?」
「どうでしょう? どんな褒め言葉を望んでいるのかはわかりませんけれど、あの子はあの子なりに、自分のことをきちんと認めてくれる相手から褒めてもらえれば喜ぶんじゃありませんか?」
「そんなものかね?」
「女の子は、いくつになってもそんなものです」
クスクスと笑いながら妻に告げられて、ベックは代用コーヒーの注がれたカップを片手にして重い溜め息をつく。
「わたしの柄ではない」
「あなた、そんなことをいつまでも言っていると、好きになってもらいたい相手からそっぽを向かれてしまいますからね」
彼の内心を見透かしたような妻の言葉に夫は鼻から息を抜く。
いつも彼女には支えられてきた。
彼自身が知らないことも。
彼のことも、家族のことも。
彼女はいつもプロイセン軍人の妻として、凛として気丈にベック家を支え続けていた。
「別にわたしは、年端もいかない女の子に好いてもらいたいわけじゃ……」
「年端もいかない女の子とあなたは年齢が随分離れているんですから、世代格差もあるでしょう。だから、あなたが考えていることをちゃんと伝えてあげなければだめです」
「……”君”は言ったのか?」
一秒あけてから、年老いた妻が退役将校に視線をやってふわりと笑う。
「もちろん」
凛として、静かなたたずまいで、彼女が笑う。
「わたしは、あなたが末娘のように大切だと伝えました」
妻に少しばかり先手を取られて、再びベックは「ふーむ」とうなる。
「あの子はとても、寂しがり屋さんだから、あなたもちゃんと言葉にして伝えてあげてくださいね」
――君が、好きだと。
誰よりも愛していると伝えてあげなければ彼女はきっと絶望的な悲しみの中に捕らわれてしまう。
目尻を下げて、青い瞳を線のように細めて笑って精一杯に手を差し伸べて「大好きよ」と告げる。
妻はその言葉に応えてやれと言っているのだ。
恋愛感情的な意味ではなく。
「君もわかっていると思うが、わたしも、君も、彼女に一目惚れしてしまったのだ」
とつとつと告げるベックの言葉に優しげに笑った妻は、口角をあげた。
「あの子は純粋すぎて見ていてひやひやするわ」
けれども、その純粋さが世界を変える。
その可能性……――。