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意味のない対話

 たばこを咥えたシェレンベルクはバルコニーに積もる雪を爪先で蹴り飛ばしてから背後に感じた人の気配に視線をやった。

 国家保安本部に所属する知識階層特有の気配ではない。


 ただ粗暴で、荒くれた男の気配。


「まだ盗聴なぞやっているのか?」


 機嫌の悪そうな男の声。

 自分の立場を取り繕う気もないらしい。


 余り愉快でもないヨーゼフ・マイジンガーの顔を認めて、ヴァルター・シェレンベルクは肩をすくめると視線を前方へと戻した。

 タバコを指先でつまんでから唇から離す。


「そうであればなんだと? ”上級大佐”に関係があることだとは思わないが?」


 皮肉げなシェレンベルクの言葉に、マイジンガーは単純でぴくりと片方の眉を引き上げる。

 これだからゲシュタポの単純馬鹿は手のひらで転がし甲斐があるというものだ。

 彼女の自宅の盗聴について、本人から文句が出ているわけでもなければ、それが問題になっているわけでもない。

 かつてシェレンベルクとハイドリヒが共謀してキティ・サロンで培った情報収集の技術を使用しただけのことだ。


「マリーは非力な乙女で、ひとり暮らしだからな。いくら両隣がゲシュタポのエリートを選抜しているとはいえ、それだけでは警護に不安もあるだろう。そう考えれば、彼女の身辺を常に警戒していてもおかしな話ではなかろう」


 気のないシェレンベルクの言葉を受けて、マイジンガーは憮然とした。


 小型カメラなどがまだ開発される前で良かったとも思う。

 この科学の進歩の調子を見ればいつか、小型カメラが開発されてもおかしくはないだろう。


 ひとり暮らしの少女の自宅を監視するという行為がマイジンガーにはつまらなくて、唇をへの字に曲げる。


「どうした、マイジンガー。ワルシャワで暴虐の限りを尽くしていたというのにいまさら”ドイツ騎士団の魂”に目覚めたとでも?」


 揶揄するシェレンベルクの言葉に、マイジンガーはカッとして頭に血が上ったかのように大股に足を一歩踏み出しかけた。


 頭の回転が異常に速いシェレンベルクを相手に、なにを言っても無駄なことは彼がハイドリヒの指揮下に就いた頃から知っている。

 誰よりも頭の回転が速く、誰よりも良心の呵責からは遠く、そして誰よりも冷徹で、誰よりも権力欲が強い。


 なまなかな相手では太刀打ちできる相手ではない。


 ヴァルター・シェレンベルクが若いからとかそうした理由はとてもではないが一蹴しきれない。


「……――ぐ」


 言葉を飲み込んだマイジンガーにシェレンベルクがせせら笑った。

「彼女の周りは、緊張感がない」


 だからこそ、とシェレンベルクが無表情に続けた。


「彼女自身の身の安全のためにも、そして、不穏な動向の察知するためにも、彼女を”徹底的に”監視することは重大なことだ」


 感情の抑揚が感じられない声で、青年将校はそう告げると再びタバコを口元に運んで目を伏せた。


 女たちを魅了する甘い横顔は、すでにマイジンガーの意見を必要としていない。


 マイジンガーなど、シェレンベルクにとっては取るに足りない。


「まぁ、マリーが寝室に男でも連れ込んだら面白い”音”が取れはするんだろうが」


 とどめを刺すようなシェレンベルクの言葉に、マイジンガーがギョッとした。

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