ツンデレと嫉妬の話
「うーむ……」
微妙な表情のままで廊下の窓ガラスに寄りかかっていた人事局長のブルーノ・シュトレッケンバッハはうなり声を上げてから冷たいガラスに指先で触れた。
そんな男をちらりと眺めやるのは刑事警察局長のアルトゥール・ネーベである。
「どうかしたのかね?」
問いかけられてシュトレッケンバッハは腕を組んだ。
気難しげな顔をしている丸顔の男は、けれども鋭い瞳が印象的だ。
「まぁ、大した事ではないのだが」
大した事ではないと言いつつ、その声色は少しばかり機嫌が悪そうでネーベは窓外の積雪に視線を走らせてから、シュトレッケンバッハの眼差しの先にある――やはり雪の積もったベンチを凝視する。
雪が降る前までは、マリーのお気に入りの場所だった。
大概の場合、日光浴をしているマリーの横にストレスが溜まった男たちが言葉を交わしに来る場所とも言える。
「……というと?」
腑に落ちない表情をたたえたネーベが不審の眼差しをひらめかせてから、シュトレッケンバッハを見やる。
「マリーのことかね?」
ネーベの問いかけにシュトレッケンバッハは肩をすくめてから組んでいた両腕をほどくと落ちつきなく、その腕を再び組み直す。
そんなシュトレッケンバッハの動作が彼の内心の不満を物語っているようだ。
「マリーが……」
いつも気難しい顔をしているシュトレッケンバッハが、実は「彼女」の存在に鬱陶しく感じていると思わせながらも、「彼女」に心を許していることを、アルトゥール・ネーベは知っている。
どこか不満そうな、それていで、どこか堅苦しい空気を漂わせながら、彼女を見つめる眼差しの、その瞳の奥に宿る光に優しいものがあることが理解できたこと。
「マリーが、最近、よくゲーリング元帥の贈ったマントを身につけているのだ」
不満の正体に、ネーベは声もなく苦笑する。
「よく似合っていると思うが?」
人を食ったようなネーベの言葉に、シュトレッケンバッハは憮然として鼻を鳴らした。
「あんなに派手なコートを着て、地下組織の連中にでも目をつけられたらどうするつもりなんだ」
悪趣味にも程がある。
白いマントも、ピンク色のマントも大して変わらないような気もするが、それについてはネーベはあえて追及しなかった。
なんだそんなこと、と言えばシュトレッケンバッハが気分を害することはわかりきっていたから、ややしてからネーベは顎に片手の指先をあてたままで口を開いた。
「逆に考えれば、悪目立ちすれば連れ去られる危険性が減るとは思えないかね?」
「……ゲーリングの趣味が悪趣味だと言っているのだ」
そんなに悪い趣味ではないと思う。
そうは思ったがネーベは言わなかった。
ゲーリングの中世趣味はともかくとして。
彼が選んだマリーのコートは彼女によく似合って居るではないか。
本来、彼女の事を快く思っていないはずのゲーリングが、彼女によく似合うコートを贈ったということそのものが、実のところシュトレッケンバッハには気に入らなかったのかも知れない。
「まぁまぁ」
「わたしが見立てたコートのほうがよく似合うとは思わんかね?」
シュトレッケンバッハの言葉にネーベは無言のまま頷いた。
どちらもよく似合う。
金色の髪と青い瞳、白い肌は、どちらの色もよく映える。
ネーベはそう思った。




