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時節と反動

たまにはシリアスです。

「スキーに行くぞ!」


 という、ベックの一声で突然、週末にスキーを兼ねた一泊旅行に当然のことながら、とてもではないが活動的とは言えないマリーは「えー?」と抗議の声を上げた。


「スキーですか?」


 最近すっかり丸くなった、と評判の国家保安本部長官である親衛隊大将エルンスト・カルテンブルンナーは口元に片手を当ててしばらく考える。


 外国と戦争をしていたところで、国内に政策は待ってくれないし、国民を飢えさせるわけにはいかない。

 戦争というものはそういうものだ。


 英雄気取りの兵隊も多いが、戦場だけで戦争が回るわけでもない。

「なに、一泊くらい良いだろう。仕事に支障を来すわけでもあるまい」


 退役軍人のルートヴィヒ・ベックの言葉に、カルテンブルンナーはややしてから顔を上げるとっもったいつけるように頷いてから、小首を傾げる。

「ですが、マリーはスキーの道具は持っていなかったかと思いますが」


 ハイゼンベルクとスキーをしたときは、確か板もストックも借り物だった。


「娘の道具があるから、それを使えば良い」


 ベックの娘はとっくに嫁いで、その多くの家財は物置に放り込まれている。

「わかりました」


 マリーの体力がないのは周知の事実だ。

 手元で真綿にくるむようにして、全ての危害から守ってやるというのは、現実的に見ても余り好ましいとは思えない。


 本当の娘のようにマリーのことをかわいがっているからこそ、カルテンブルンナーは自分の中にある矛盾にも気がついていた。

 法学博士の肩書きは、飾りではない。


 彼女を甘やかすだけではダメなのだ。

 甘やかしてやりたい。

 真綿でくるむように、誰にも傷つけさせたくない。

 そうした思いもありつつ、時には厳しく接しなければならないことを、カルテンブルンナーはわかっている。


「ナチス親衛隊と共に行動するということは、”閣下”の身辺にも配慮が必要になるかと思われますが、その点についてはご注意ください」


 嫌みにも聞こえるカルテンブルンナーの言葉にベックがフンと鼻を鳴らした。

「わたしは今やただの退役軍人でしかない」

「しかし、あなたは名実ともに陸軍参謀本部の総長を務められた方です。そのような方とナチス親衛隊が行動を共にすると言うことの危険性の意味をご理解の上のことでは?」


 押しつけられたから、という名目があるならばともかく。

 自分から進んで彼女と共に行動するのは危険なことでもあるはずだ、とカルテンブルンナーが冷静に指摘した。


「わかっておる」

 憮然としたベックが顔の前で手を振ってから、年齢には似合わない鋭い動作で踵を鳴らした。

 背筋を正した姿勢が印象的だ。


「貴官が不安を思うなら、”護衛”でもつければ良い」


 彼女のために。


 多くの占領地域で、悪逆の限りを尽くすナチス親衛隊将校がパルチザンや抵抗組織の毒牙にかかっていることを、ベックは国防軍将校らの噂で知っている。

 もっともそれについてはベックも否定する気にはなれなかった。

 権力の座にあぐらをかいて、暴力的な行為をするから占領地域から反発を受けるのだ。


 ――身から出た錆そのもの。


 そしてそれは、おそらくか弱く力のないマリーにも向けられるものだということもベックは知っていた。

 しかし、それすらもやむを得ないのだ。

 彼女がナチス親衛隊の関係者である限り、彼女は標的とされ続けるだろう。


 戦争をすると言うことはそういうことだ。

 大きな反発に晒されるのはいつのときも、どこの国も「弱者」なのである。


 ドイツ第三帝国が、多くの人々に「そうする」ように。


「マリーを、お願いします。ベック上級大将」

「”彼女の事は”任されよう」

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