好き 嫌い 好き?
マリーはマイジンガーをおもちゃにしている。
おもちゃにしているという言い方は正しくはないのかもしれないが、やはり「おもちゃ」にしているようにしか見えなくて、マリーの帰った執務室のデスクに頬杖をついて珍しくぼんやりと考え込んだ。
「マイジンガーはなんとも思っていないと思うか?」
ベストがヨストに問いかければ、問いかけられた次席補佐官は肩をすくめながら、コーヒーカップの冷めてしまった中身を口に含む。
「マリーに遊ばれていることを?」
「そう」
「本人たちが同意の上なのだろうからいいのではないか?」
聞きようによっては誤解を招きそうな言葉を吐きだしたヨストは、目を細めてから笑うと「いずれにしろ」と続けて指先で机を軽くたたいた。
「あのぎすぎすとしたマイジンガーには好ましい変化ではないのか?」
ゲシュタポの長官、ハインリヒ・ミュラーや、当時ゲシュタポの捜査官であったシェレンベルクらを追い落とそうとし、躍起になって権力の階段を駆け上がろうとしていた男――ヨーゼフ・マイジンガー。
いかめしい顔をした禿げ頭の男相手に、マリーはいつもすすんで手をつないで歩いていた。
ゲシュタポの。
殺人鬼とも呼べる男に何の偏見もない眼差しを向ける華奢な少女。
先日は夜勤明けで完全に寝入っていたマイジンガーの腹に馬乗りになっていたずらをしていた。
まるで警戒心のない飼い猫のようだ。
「しかしな、もしも万が一のことがあったらどうするつもりだ」
「……万が一のことなどなにもないと思うが」
ベストの危惧に再び首を傾げたヨストはしばらく考えてから、視線をさまよわせると首席補佐官を務める親衛隊中将の法律家の顔を見直した。
「もしやマリーがマイジンガーにちょっかいを出しているのが気に入らないのか?」
「そうではない」
ヨストに言われてベストが憮然とした。
マリーはマイジンガーを同レベル、あるいは格下に見ているようだ。
「マイジンガーなどと同レベルに見られることなど心外にも程がある」
「そんなにマリーにかまってもらいたいなら、堅苦しい態度を取らなければ良いだろう」
「……だから、違うと何度言えば」
「いやいやいや、いくつになっても男は男だからな」
ヨストがにやにやと口元に笑みをたたえながらそう告げた。
「……別にかまってもらいたいわけではない」
言い訳じみた言葉を吐きだしたベストは、頬杖をついたままで鼻を鳴らす。
――だけれども、馬鹿なマイジンガーが少しだけ羨ましいとも思う。
なまじっか馬鹿で頭が悪い分、気負うものがないのだろう。
無邪気に笑う少女に、自分を取り繕うこともせずに、自分の理想の大人として――騎士として、格好つけることができるのだ。
屈託もなく笑う彼女は、年頃の女の色気もなくマイジンガーに接している。
まぁ、それにしたところでマイジンガーの腹に馬乗りになってちょっかいを出すのはどうかと思うが。
相手がマイジンガーでなければ逆に襲われてもおかしくないだろう。
「くだらんちょっかいを出すのはマイジンガーだけにしておけとマリーに言っておけ」
「了解した」
もう一度、ヨストがそんなベストに苦笑した。




