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夢のまた夢

「……というわけで」


 ヴァルター・シェレンベルクは顔の筋肉をひとつとして動かすこともなく冷静な表情を装ったままで実のところ、内心では辟易していた。


「やせてぎすぎすした女の子に生まれ変わった夢を見たのだ」

「はぁ……?」


 この190センチはあろうかという大男が、女の子に?


 想像してから、青年は肩をすくめると提出しに来たファイルを彼の目の前に差しだして、視線をおろしながら口を開く。


「女の子、ですか」

「そうそう。やせてぎすぎすした、栄養不良みたいな女の子だ」

 髪と瞳の色は同じだった、とハイドリヒは告げる。


 頭がおかしくなったんじゃないか?

 そうシェレンベルクは思ったが、さすがに口にはせずに適当に当たり障りのない相づちを打った。

 おおかた連日、花街を遊び歩いているからそんなくだらない夢のひとつやふたつを見たのだろう。そんなことは思っただけで、シェレンベルクとは言え我が身が可愛いから余分な言葉は差し控えた。


「個人的には」

 長い指を伸ばしながら、シェレンベルクのファイルを受け取って彼は甲高い声で歌うように言った。

 一応、彼も同じ時代の知識人らしく、それなりに芸術の素養も持っている。

 もっとも、その父親はというとせいぜい三流の歌手でしかない。


「もっと豊満な女性のほうが好みだ」

 あなたは興味を持てる女性なら誰でもいいんじゃないですかね?


 そうも思うがシェレンベルクは視線を無言で滑らせてからもう一度肩をすくめた。

「そのお言葉には、本官も異論はありませんが」


 やせてぎすぎすした女は抱き心地が悪い。

 とはいえ、勤務で疲れ切っているところに歓楽街に連れだされるシェレンベルクにしてみればたまったものではない、と思うところもあった。


 過酷な勤務をこなして、夜は花街に連日繰り出す元気があるのは、国家保安本部でも長官のハイドリヒくらいだろう。


 時には異常とも思えるほどの強さをもって、全ての命と存在を灼き尽くす。

 ラインハルト・ハイドリヒという男はそういう男だ。


 果てしなく強欲で、その欲に終わりがない。

 権力を彩る全ての存在に対して彼は「欲情」しているのだ。


「閣下が職務をおろそかにされなければ、否やはありません」


 ハイドリヒに限ってそんなことがあるわけもない。

 それはシェレンベルクがわかりきっている。

「当然だ」


 仕事は仕事、遊びは遊び。

 そう言ってハイドリヒは不遜に笑った。


「わたしには、ちゃんと区別はできている」

「ならば、本官からは申し上げることはございません」


 無表情にヴァルター・シェレンベルクはそう告げた。

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