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ギャップ萌え

「馬」


 マリーは悪気のかけらもないのだろうがそう言って朗らかに笑った。


「馬?」


 彼女の教育係――というか、家庭教師役を買ってくれた偉大な理論物理学者はギナジウムの学生のために印刷された教材を片手にして小首を傾げた。


「そうです、お馬さん」


 ニコニコと笑顔で繰り返す彼女に、ゾンマーフェルトはしばらく視線を天井に上げてから考え込んだ。

 ――確かに、馬と言われてあながち間違いというわけでもない。


 男の長い顔は馬に似ている。

「どうして馬なんだね?」


 自分のひ孫ほど年齢が離れた少女に問いかけたゾンマーフェルトは、やれやれと肩をすくめながら白髪をかき回した。

 彼女は一応それなりの学力は持っている。


 若干、世間常識に疎いところもあるが、それはそれで愛嬌というものだ。


 ついでを言うなら四カ国語を難なくこなす彼女のギャップには、さすがのアルノルト・ゾンマーフェルトもあんぐりと口を開けた。


 外国語に接する機会の少ない街に住んでいる者が、母国語のみしか話すことができないことはそれほど不思議な事ではない。


 けれども一見しただけでは「頭が悪そうだ」とも思った彼女は、難なくロシア語、フランス語、英語で書かれた論文を読解する。とはいえ、彼女にとって意味不明な専門用語も多いらしく、読めるものの目を白黒させて文字を追いかけている。


「馬、ねぇ……」


 そう独白したゾンマーフェルトに、マリーはニコニコと屈託のない笑顔を向けると、やはり無邪気な表情のままで改めて口を開いた。


 自分の頭の上に手のひらを上げて、さらにその上にあるだろう「エルンスト・カルテンブルンナー親衛隊大将」の身長を想像させるようにして左手の人差し指を自分の顔の前に立てて見せる。


「だってとても背が高いから」

「なるほど」


 確かにラインハルト・ハイドリヒの後任を任された新たな国家保安本部長官は身長が高い。

 ドイツ人の平均身長は約一八〇センチメートル。

 その平均身長を軽々と飛び越えた。

 おそらくハイドリヒよりも身長が高いだろう。


「確かに君よりも、頭一つ半ぶんくらい大きいな」


 大きなお馬さんみたい。

 そう言って笑う少女にゾンマーフェルトは苦笑した。


 天下の国家保安本部長官を、「お馬さん」だと言ってのけるのはこの金髪の少女くらいのものだろう。


 違う誰かが言えば、即、強制収容所に送り込まれかねない。


 それだけの危うさを秘めている発言だ。


「ゾンマーフェルト先生もそう思いません?」


 なんだかんだと言うわけで「博士」から「先生」に落ち着いたゾンマーフェルトに対する呼び掛けに、もはや訂正する気力も起こらずわずかに眉間を寄せて彼は「うぅむ」と頷くだけだった。


「君以外の者がそんな発言をしたら、どうなるかわからんのでな。ノーコメントということにさせてもらおう」


 お馬さんみたい。

 彼女はそう告げる。


 ――確かに、カルテンブルンナーは間抜けそうな馬面だ。


 ゾンマーフェルトは頭の片隅だけでちらりとそんなことを考えた。

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