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マリーとシュトレッケンバッハ

「マリー、こっちへ来なさい」


 タバコをつまんだブルーノ・シュトレッケンバッハは口元にそれを運びながら薄でのガーディガンとハイウェストのベージュのフレアースカート。そして長袖のブラウスを身につけた彼女の黒い細みの女性もののネクタイを直しながら、シュトレッケンバッハは青い瞳を上げてくる少女をじっと見つめ返した。


 つくづく、とシュトレッケンバッハは思う。

 自分が悪い男だったらどうするつもりなのだろう。

 タバコの煙を吐き出して彼は溜め息をついた。


 成人女性ならば悪い男に引っかかってもそれなりの抵抗はできるかもしれないが、マリーほど華奢な少女であれば簡単に昏倒させることも可能だろう。

「ネクタイが曲がっている」

「ありがとうございます」

 ニコニコと笑っている彼女はわずかに小首を傾げて、シュトレッケンバッハの手に身を預けていた。


 彼女の首など今この場でも簡単にくくることができる……。


 マリーと買い物をしたいからとヴェルナー・ベストを通じて伝言を依頼したシュトレッケンバッハは、仕立て屋にコートの仕立てを依頼するためにベルリン市内のテーラーのもとを訪れていた。

 それなりに値段が良いが、コートとなれば体に合わせてつくってやらなければならない。マリーの身の上を考えると、ほとんど着の身着のままで保護施設から放り出された彼女は思った以上に持ち物が少ない。


 なにやら、彼女の持ち物のほとんどはシェレンベルク家やカナリス家から一部お古を提供されたものらしい……。


 年代物の家具などに囲まれた生活は、しかし彼女はそれらを気にしている様子はない。


 どうやら最近では、ルッツェ家から娘のお古の衣服であったり、ベック家からなども衣類の提供を受けているらしいが、どこか懐古主義的な時代遅れの服を身につけているのもなかなか目の保養だ。


「君は土台が良いから何を着ていてもそれなりに様になるな」


 ぼそりとつぶやいて、ネクタイを直したシュトレッケンバッハはぽんぽんと手のひらで彼女の肩を叩いてから、車の後部座席から出るとそのままタバコを地面に落として靴の裏で踏みつけた。


「どちらにしろ、コートをそろそろ仕立てておかんと冬の初めに間に合わん」


 白いフード付きのマントが似合うだろうか。

 白いマントと同じ色のマフも古風で可愛らしいかも知れない。

 それとも体の線を強調したぴったりとしたコートが合うだろうか、

 それはない。

 そんなことを考えながら、自分よりも数歩遅れてぴょこんぴょこんと歩いているマリーに苦笑した。


 とりあえず、コートはともかくマフラーと手袋は必要だろう。

 高緯度にあるベルリンの冬はひどく寒いのだ。


 それにても、どうしてこうもマリーはなにも自分のものを持っていないのだろう。何度か彼女の自宅のアパートメントを訪れたこともあるシュトレッケンバッハだったが、そんな疑問を何度も抱いたものだ。


 身元不詳だとか、施設に保護されていたとか。

 そんな首を傾げる疑問は多いが、とりあえず彼女は彼らにとって特別害があるわけでもない。

 なにより、かわいらしいのがいけない。


「シュトレッケンバッハ局長ー……」

「どうした」

 呼び掛けられて振り返ると、マリーが無意識か手を伸ばしてシュトレッケンバッハの手を握る。

「……早くて」

 口ごもるマリーにシュトレッケンバッハが微笑した。


「早いなら早いと、もっと早く言いなさい」

「だって……」


 シェレンベルクやベストやナウヨックス、そしてマイジンガーやヨストであれば彼女が言わなくても手を引いてくれる。

 けれども、年齢相応に分別のある彼女はシュトレッケンバッハにそれを求めることははばかられたのかもしれない。

「子供が余分なことを気にしなくても良い」


 視線をさまよわせている彼女に助け船を出してやるように告げたシュトレッケンバッハに、マリーは顔を上げるとぱっと顔を輝かせた。


 つながれた手を強く握り返してやって、ブルーノ・シュトレッケンバッハは少しばかり歩調をゆっくりと落としてやって金色の頭に乗っかっているネクタイと同じ色の黒いベレー帽に軽く触れた。

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