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平和な町  作者: 木戸葉
2/2

拠所(よりどころ)

登場人物

見稲見月日ミイナミツキヒ

扇新海オウギノシンカイ

井伊月甲(イイヅキコウ)


誰も、私を必要としないと思ってたしこれからだってそう。

誰かに執着できる人間が不思議で仕方なかった。

何故、赤の他人にそこまで信頼できるのか、何故、他人と一緒であるにも関わらず安心できるのか。

私は何とも思わない。何とも思えない。

それは何故か、自分が除けのものにされている気分だった。

人の枠から外されているように感じた。

子供のころはそれに反発して癇癪を起こしたりしたけれど、今となってはどうだっていい。

たとえ偽物でも人であろうと思い続ければいいことだと私は思ったのだ。








「おお。月日ちゃん。今日、学校は休みか?」

彼女は振り返った。短いスカートが揺れる。

そこには黒い着物を着て赤にラインが入った紫のマフラーを首に巻いた男が右手を軽く挙げて歩いていた。

「新海さん。おはようございます。ええ。今日は代休という名の休校です」

月日は彼を見上げる。頭一つ分高い彼の身長はすらりとした肉付も手伝って様になっている。

二人は並んで商店街を歩く。喧噪が止まないここは本当に賑やかだ。

「で?今日もお人よしのとこに行くのか?」

新海は両袖の中に手を入れる。組んだ形だ。

月日は微笑んで頷く。

「ええ。どうせ暇ですから。それに人が好すぎるのも心配ですからね」

「あいつはほんとにいい友人を得たなあ。そんないい子のお嬢ちゃんに褒美をあげよう」

彼はお茶羅けたように振る舞って右袖から銀色のブレスレッドを取り出した。

それはどうやらオーダーメイドのようだ。

「・・・・とても綺麗ですが、いいんですか?本当に?」

新海は手をひらひらと振って頷いてみせた。

「いいよ、いいよ。やる。どうせ貰い物だし。俺の趣味じゃねえもん」

彼は彼女の手首にそれを巻いた。

「うん。ぴったり。女物は女がつけないとな。似合う似合う」

「・・・・・・・・・」

確かにデザインはどう見ても女物だ。可愛らしいクローバーがちょこんとついている。

月日は彼を怪訝そうに見上げる。

彼は口を開く。

「問屋の小娘が押し付けてきたんだよ。いらねえって言ってんのにな。まったく」

何でも昔の恋人にもらった物らしいのだが今の旦那さんは大層嫉妬深いのでこんなものを目にしたときは刃傷沙汰になりかねないということでたまたま通りがかった新海に押し付けたそうだ。

「でも新海さんなら何でも似合うと思いますけどね。たとえそれが女物でも」

すらりとした長身に漆黒の長い黒髪。肌も白く顔もえらく整っている。

芸能界に張ったとしてもトップレベルの美しさだろう。

「ないない。俺が?そんなの笑えねえ冗談だぜ?女物が似合うなんてこれ以上の侮辱はないぞ?」

彼は薄っすらと笑う。

彼女は背筋がぞくりと総毛立つのを感じた。

「・・・・・ま、お嬢ちゃんは悪気があって言ったんじゃねえってことはわかってるから今回は大目に見てやるが。気をつけろよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

新海は立ち止まる。

それにならって月日も立ち止まった。

もう目的の場所まで来ていた。

「じゃ、あの若造にもよろしく伝えといてくれ。じゃあな」

彼は口元に笑みをのせて歩き出す。

月日はお辞儀をして見送った。

「・・・・・・それにしても。相変わらず、明良には会って行かれないのよねえ。何がそんなにいやなんだろう」

月日は扉をくぐり中に入った。











夕暮れ時。

昼に一雨降ったことで帰りが遅くなってしまった。まあ帰りが遅かったとしても支障はないのだけれど。

「悪いな。こんな時間まで手伝ってもらって。この埋め合わせはまたするから」

明良は苦笑しながら申し訳なさそうに言う。

「別にいいわよ。好きでやってることだしね。私たちの町の事だもん。別に苦には思ってないわ」

月日はそういって鞄を持つ。

小さなそれに手紙を入れる。

明良に頼まれたお遣い品だ。

「じゃ、あんたも早く仕事を切り上げてちゃっちゃと家に帰りなさいよ?最近物騒になってるんだから」

明良はへいへいと気怠気に答える。

月日は玄関を出た。

陽が沈みもう薄暗くなっている。冷たい風が頬を撫でる。

「ううーん。寒いわ。早いとこ届けに行こう」

彼女は身を支えるようにして歩き出す。

三丁目の信号を五つ通り過ぎた先の最初の角を右に曲がった先にある仰々しい建物。

そこが彼女の向かっている場所だ。

この町の三大権力の内の一つ。十文字一族。町の整備や、政、行事などを担当している家系だ。

「・・・・・あらあ?尾月君じゃない。こんばんは」

彼女は少し離れたところにいる少年に声をかけた。

少年は足を止めて月日を見る。そして歩み寄り、目の前で止まった。

「こんばんは。こんな時間にどうしたんですか」

「それは私のセリフよ。寮はここらじゃないはずだけど」

月日は腰に手を当て言う。

しかし彼はしれっと答えた。

「友達の買い物に付き合ってるんです。運動会で服につけるゼッケンの糸を買いに」

彼は視線をもといた場所に移す。

そこには少年が熱心に何かを選んでいた。

そこは店のようで看板に裁縫店と書かれていた。

「ああ。もうそんな時期だったのね。小学六年生、だっけ?」

少年は頷く。

「彼、組体操で見せ場を飾るんですよ。だから身出しなりはしっかりしとかないといけません」

彼は少々きつい物言いで言う。

彼がこの町に来てから三年が経った。移ろいゆくのは景色だけでなく人も変わっていく。彼は随分と背が伸びた。まだまだ伸びるだろう。しかしまだ声変わりはしていないので甲高い声で聞き取りやすい。

「君に関しては何も言う必要ないと思うけど、怪我には気を付けてね」

少年は頷く。

「・・・・・・っと。私も遣いの途中だった。じゃあね。早く帰るのよ」

彼女は少年に手を振りながら走り去る。

少年は手を挙げて応えた。

そして手をおろし横をちらりと見る。

隣にはさっきまで糸選びをしていた友人が立っていた。

「・・・・ふう。あのお姉ちゃん、えらい美人さんやったなあ。知り合い?」

尾月は軽く息を吐く。

「・・・・恍ける必要ないだろう。行事行事で目にしてるはずだぞ。慶介」

慶介は頭の後ろで腕を組みはははと笑う。

「だって、お前モテルくせに色恋沙汰の話なんて聞かねえんだもん。俺たちも興味を持つ年頃よ」

尾月はふんと鼻を鳴らす。興味がないと言いたげに。

そして寮に向かって歩き出す。

その後を慶介は続く。

「・・・・・それにあの人には彼氏がいるぞ?」

尾月は無表情のままでそう言った。

慶介はへえと言うだけであまり食いつかない。

「・・・・・なんだ、お前は興味ないのか?」

自分の事は棚に上げて言う。

慶介は首をすくめる。

「俺には彼女さんがいるし。年上には興味ねえよ。お前の恋話だったら興味持つけど?」

「・・・・・・・・・今、何人目だ?」

「んー、・・・・・・・・六人?いや・・・八人?それくらいだったかあ?」

慶介はそう答える。

仮にそういう感情が芽生えたとしてこいつにだけには言いたくないなと尾月は思ったのだった。












月日は夜道を一人で歩く。月は半月であり明るいとも暗いともいえない微妙な光加減だ。

あたりには誰もいない。

今の時刻、九時を過ぎたあたり。届け物をして帰ろうとしたところを奥方に捉まって夕ご飯をご一緒する羽目になった。確かにおいしいことはおいしいのだけど量が物凄く多いのだ。

「・・・・・・しばらくは間食を控えないとなあ」

お腹の張っている感が意識される。

「・・・・・・・・・そこの三つ編みの娘。少し聞きたいことがある」

突然声が聞こえた。それは背後から聞こえる。しかし振り返っても姿が見えない。

勘違いかと思ったがまた声が聞こえた。

「最近、この町にひかるという十くらいの子供が来ていないか?」

一方的に相手は言う。

月日は腕を組んで眉を顰めた。

「・・・・・いったい誰よ?人にものを頼むときは面と向かって聞きなさいよ」

すると静かになった。しかし衣擦れの音が聞こえ、ぬうとその人物は現れた。

全身黒。フードを深くかぶっているため顔は見えない。

「見かけない顔ねえ。しかも成人以上っぽいんだけど。ここは関係者以外立ち入り禁止よ」

「姿は見せた。質問に答えろ。ひかりといった名の十ぐらいの子供はここに来たか?」

男は彼女の言葉を無視する。

月日は腕を組んだ。

「ここは子供のためにある町よ。部外者にそうそう情報を渡すもんですか」

男は無言だ。

月日は相手を睨みあげる。

「あんたはどういった者よ。別に言わなくてもいいわ。さっさとここから出ていくこ・・・・・ぐっっ!?」

男の手が彼女の首を締め上げた。目にも止まらぬ速さで近づいたのだ。月が雲に隠れ暗くなったのも影響しているのだろう。

息が・・・・でき・・・な・・・・!?

意識が途切れそうになる。

「・・・・ちょっとちょっと。お兄さん。こんな所で若い御嬢さんに何してるのかね?」

男は声の方を即座に向く。その時一瞬力が緩む。

その一瞬を彼は見逃さなかった。手刀を男の手首に落とし彼女を抱え、そして回し蹴りをくらわす。

「・・・・・うーん。ちょっと浅かったかな?」

「・・・・・・・ゲホっ・・・ゴホゴホっ!」

月日はのど元を抑える。

男はよろめきながら体制を立て直し、そして舌打ちして姿を消した。

「ふー・・・・。大丈夫かー?だから女の子の一人夜道は危ないんだぞ」

彼は落ちた鞄を拾い上げる。

「・・・ありがとうございます。新海さん」

新海はおおと言って鞄を手渡した。

「で、なんだったの?あれ?この町の人間じゃあねえよなあ?」

彼は男の消えた方を見る。

「・・・・私にもわかりません。ただ、子供を探してるようです」

月日は息を整え、そして一度大きく息を吐く。

新海は首に巻いていたマフラーを彼女に首に巻きつけた。

「夜は冷えるからね。特に首元が寒そうだ。今日は巻いて帰りなさい。また今度返してくれたらいいから。で、その子供っていうのは?」

彼女はマフラーを掴み、お礼を言う。そして思い出すような仕草をした。

「ええ・・・・・と。・・・・確か・・・・、ひ・・かり。そうひかりという名の十ぐらいの子供と言ってました。他は何も」

彼は顎に手を当て思案する素振りをとる。

「ひかり・・・ね。そうか、わかった。・・・・・まあ、こんなことがあった後だ。今日は真っ直ぐ家に帰んな。・・・見稲見家の連中も騒ぎ出すだろうしな」

月日は苦々しげに顔を顰めた。

新海はそれに気づかないふりをして歩き出す。

その後に月日は続いた。

何事もなかったかのような静けさと弱弱しい光に照らされた二人の影がその場に残ったままだった。










欠けたものは他の何かで埋めなければならない。それがどんなものであったとしてもその人がその人らしくあろうとする為に必要なものならばそれは仕方のない事なのだ。・・・・たとえそれが世間では否定され、忌み嫌われ、許されないものであったとしても。人は自分に関係ないことであるくせに自分に起こったならば、と置き換えて物事の善し悪しを判断する。裏を返せばそれが本当に自分の身に降りかかることであるならば判断しないということだ。それはそうだろう。判断できるということは、余裕があるということで。そんな絶体絶命の状況で何を考えられるといえよう。緊張状態が続けば仮定で判断した物事の良し悪し、善悪など簡単にひっくり返る。それ以前に判断したことさえ頭の中から消えて思考は停止する。こんなことだって一般的に知られていることだ。何も新しい事じゃあない。

世界は思ったほど安全じゃあない。世間は厳しい。世間は甘くない。そんな言葉を耳がタコになるほど聞かされたはずだ。耳にしているはずだ。しかし人は深刻視しない。自分は大丈夫、関係ない、と根拠もない変な自信をもって、危機意識も持たず時間を生きている。

そういう人間がこの世界に何万と、何億と存在する。この世界はそんな無責任な無根拠な自信を持った人間たちが治めている。それは断じて正解ではない。

危機意識のない人間だけでこの世が成り立つはずがないのである。危機意識のない人間が君臨するのならば、そもそも『世の中甘くない』なんて言葉、どうして聞けよう。この世のごく一部の、危機意識を持ったわずかな人間がこの世を支えているのだ。馬鹿がどんなに多く集まったところで何にもならないのである。政治においても、音楽業界においても、芸術界においても、どの業界においても、である。

危機意識だけが人生を左右する。つまり境遇。この一点に。まれに、生まれ持った才能といったものもあるがそれはおいておこう。

それをどう生かすかで逸材が、偉人が誕生するのである。











月日はいつも通り学校に通った。それが何日か過ぎたころ。

「おお。お嬢ちゃん。今、学校の帰りか?」

彼女は数メートル離れた場所に新海の姿を認めた。今日は紺のジーンズに真紅のセーターという出で立ちだ。

ここは学校と家との中間地点。特に何かあるということもないただの住宅街だ。

「ええ。あれからしばらくの間、何処にも立ち寄らないよう言いつけられてしまいましたし」

彼女は制服姿でその上に茶色いカーディガンを羽織っている。

新海は見稲見の横について歩く。

「今日はお嬢ちゃんに用があってさ。・・・・見稲見家にも立ち寄るけどよ」

彼は手をさする。

月日は首を傾げる。

「・・・・家に用があるのでしたら、そこにいてくださればよかったのでは?」

「お嬢ちゃんにするにはあの『中』では出来ねえんだよ。お嬢ちゃんも知りてえだろうなと思ってこの辺をぶらぶらしてたわけ。・・・・・・・あの男のことなんだが」

月日はピクリと眉を動かした。それは一瞬のことであったが新海は見逃さなかった。

「・・・・調べた結果。あの男はお嬢ちゃんと似たタイプの人間だった。偽物の・・・。まあ、あれはお嬢ちゃんよりも歪んでいるっぽいがな」

新海は男の話をした。彼の名前、年齢、職業、人柄など。

それはこうだ。

名は井伊月甲(イイヅキコウ)。外界でのトップ企業の末息子。無口であまり感情を外に表さない性格。家とは『何か』の理由で絶縁され一人暮らし。そしてそれは四年前の話。それ以降行方不明になっているそうだ。彼がその間何をしていたのかは不明である。

「で、そのひかりっていうのがその間に会った子供で『穴を埋めるため』の存在ってわけ。で何らかの理由でガキが逃げ出したんだろう。探し回っても見つからず、この町に当りをつけた。この町の噂は子供じゃなくても知られてるからなあ。子供のための町。そのガキも身寄りのない孤児だったんだろうさ。でここにいるんじゃないかと踏んで、ここに来たと」

新海は煙草を取り出し、火をつける。

「・・・・・・明良にも確認したんですけど最近外部からの子供は預かってないんですよ」

月日は腕を組んで空を見上げる。

今にも雨が降りそうな天気だ。

新海は煙を吐く。それは天に立ち昇り消えていく。

「・・・・家にはどういったご用件でしょうか」

月日は何気ない様を装って尋ねた。

彼は肩をすくめ煙草を口から離す。

「大したことじゃねえよ。ちょっと変わった事件とかねえかなあってな」

新海はにししと笑う。

月日は呆れた風に目を眇める。

「・・・面白がってません?事件、事故はないほうがいいに決まってますよ。あったとしても笑えることじゃないです」

「ははは。でもこうも平和だとさ、退屈で仕方ねえんだわ。変わった出来事があってもいいと俺は思うわけよ」

新海は煙草を咥え直す。

もう見稲見家に到着した。

月日は門戸を押す。和創りの古い伝統ある屋敷のため年季が入り威厳がある。

新海は彼女のあとに続き中に入る。

玄関先には一人の若い女性が佇んでいた。そして慇懃に頭を下げる。

「お帰りなさいませ。お嬢様。そしてようこそ御出で下さいました。新海様」

彼女は二人を中に案内する。きびきびと動く姿は優秀な女中であることをにじみだしている。

「こちらの部屋でお待ちください」

女中はそう言い残し部屋を出る。

新海は女中に案内され客間に招かれた。質素な創りの部屋は安らぎを与えてくれる。華美な装飾は無く、優雅に整えられた活花が部屋に明るさを与え、地味さを感じさせない。

ちなみに月日は自分の部屋に引っ込んでいる。

「・・・・・・・ここは全く変わらねえなあ」

「それは御褒めに頂き光栄至極。といったところですかな?新海殿」

新海は襖のほうをちらりと見た。

そこには矍鑠とした老人が立っていた。上質な着物に大きめな羽織り。白髪と顔の皺は目立つものの老いを感じさせない鋭い眼光はらんらんとしている。

彼は窓辺に横座る新海の前に正座する。

「仰々しいんだよ。もっと気楽にしろ。同じ空間にいる俺が息詰まる」

新海は嫌そうに顔をあからさまに顰めた。

しかし彼は姿勢を崩そうとしない。背筋を伸ばした状態を維持する。

「これは元からのものでしてそう言われましても・・・。ご勘弁願いたい」

新海は胡乱な目をする。

「そうは言うがそれだと月日はラフだぞ?まあ、礼儀正しいが。それでも時と場合に合わせて切り替えてる」

老人は眉を潜める。

「・・・・あやつはまだまだ未熟者。あとで扱き直さねばなりませぬ。して、今日はどういったご用件で参られたのですか?」

新海は大きく息を吐き頭を振ってから老人に体ごと正面に向け面と向かう。そして口を開く。

「実はな・・・・・・・・・・」

窓の外からは雨が降り始めるのが見え、水滴が窓際に垂れかかっていた。

これは明日の朝まで止まないだろう。











「そうだ、お嬢ちゃん。明良にこれ、渡しといてくんねえか?明日にでもいいんだけどよ」

新海は大きな封筒を月日に渡す。

ここは見稲見家の玄関。二人以外の人影はない。

月日はそれを受け取る。

「随分と大きなものですね。何かの資料ですか?」

新海は煙草を取り出す。

「ここは禁煙ですので自重して下さい」

「・・・・・・ああ。わかった」

新海は煙草をポケットの中に戻す。

「ちょっと気になることがあってな。あいつの専門だからここにはそれに関するもんが入ってんだよ。見んなよ?」

「見ませんよ。失礼ですね。私はそんなに信用がないんですか?」

「信用してるさ。本当に信用してないならそもそも届け役を頼まないだろう」

彼の言い分も最もなのでそれ以上突っ込む事は無かった。

「今日は夜外に出んなよ。まあたあの不審者に会われても困るしな。それに今日は満月だから」

「?・・・・・満月だとダメなんですか?」

「昔から月が満ちるときは不吉なものが集まりやすいと云われてるのさ。一番ダメなのが満月の夜の丑三つ時。その時間帯はそういうものの力が発揮されやすいのさ。人もその気にあてられやすくなる。その時は犯罪も多いってデータもある」

「・・・・・・・・そうなんですか」

月日は納得したようなしてないような曖昧な表情を浮かべた。

新海は苦笑する。

「何もわかる必要はねえよ。ただの脅しだ。尤もらしいだろ?子供てえのは夜早く寝ねえとお化けに食われちまうぞっていうのと同じだ」

「・・・・・・・・そんな歳ではありませんよ。子ども扱いするのはやめてください」

「そうかあ?俺にとってはお前もまだまだ子供だがな」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

月日は嘆息する。

新海はポケットに手を突っ込んで歩き出す。

「じゃ、あの小僧によろしくな。もう陽も傾いてるしそっさと中に入んな。肌寒くなってんだからさ」

新海はマフラーに鼻から下を埋める。

彼女が彼に借りていたものだ。

着物にも、洋服にもそれは合っていた。デザインから市販物ではないことが分かる。どうやらオーダーメイドのようだった。しかし、新海がそれを作るとは想像ができない。誰かからの贈り物なのだろうか。そういう話を彼は全くしない。自分のことはあまり話さない。ずいぶん前からこの町にいることは知っているがどこに居を構えているのかも、家族がいるのかも知らない。わからない。空気のようにそこにいるのが当たり前で、風のように突然に現れ、そして去っていく。彼はそんな人だ。

「新海さんもあんまり無理をしないでくださいね」

月日の言葉に振り向くことなく片手をひらひらと振ってそれに応じる。

新海の姿は闇に同化するように消えていった。

月日は空を見上げる。

今宵の月は随分と大きい気がした。












「・・・・どこだ。どこにいる。・・・・・早く、早く見つけないと。そうしないと・・・・俺は・・・・」

暗い道。そんな声が誰もいない通りに木霊する。姿を現さず、声だけが響く。

「・・・・どこに・・・どこに・・いったのだ」

だんだんとその声は小さくなっていきやがては何もなかったように途絶え、風の音と鳥たちの声、草花の揺れる音だけが聞こえるのだった。











秋の運動会。それはこの町の一大イベントだ。子供たちの雄姿をこの町の住人はみんなこぞって拝見する。今年は小学校、中学校が共同して行い、同じグランドで競技を行う。高校はこの日は休みだった。

「小さい子はやっぱり、可愛いわねえ。大人と違って歩幅が小さいけど懸命に走ってるその姿は思わず抱きしめてしまいたい」

「・・・・・行き過ぎる愛はただの変質者になるから慎めよ。治安をつかさどる見稲見家のご息女が捕まったら本末転倒なんだから」

「明良に言われなくても分かってるわよ。だからこうして目の保養だけで我慢してるんじゃない」

「・・・・・・・・発言だけでも捕まりそうだけどな」

明良は隣に座る少女に眼を眇めて呟く。

月日はうっとりと子供たちを見つめ・・・眺めている。

・・・・・・・自分の知り合いが犯罪者ってシャレにもなんねえよ。

明良は溜め息を吐いた。

彼は仕事柄こういう行事にはたいてい参加している。よっぽどのことがない限り欠席しない。しかし、今回は新海の依頼で子供たちに注意を向けている。最近小さい子が狙われる事件が頻発しているのだ。軽いけがで済むものばかりだが精神状態が不安定で怯えが見られるのを見た身としては放っておくわけにもいかない。

新海も彼は彼で動いているようだが何をしているのかは不明だ。

「・・・・・・いいか、月日。不審な人物を見かけたらすぐに言ってくれ。こういう場は相手にとっては好都合だろうから」

「・・・・・・わかってるわよ。いくら探し人のためだからって他の子が被害受けるなんてあんまりだもの。今度こそ鉄槌を下してやるわ!」

「・・・・・殺すなよ?」

「・・・・・・・・・・・」

「おい!」

「やあねえ。冗談よ、冗談。半殺し程度よ」

月日は笑う。その眼は本気だ。

明良は額を抑え左右に首を振る。

頭が痛くなってきた。

しかし、運動会は滞りなく順調に進み終盤の上級生による組体操が始まった。

「・・・・あ。あの子がフィナーレを飾るそうよ。赤旗の下にいる男の子。前に尾月君がそう言ってたわ」

こんがりと焼けた肌に裏表がなさそうな屈託のない表情。たしかにスポーツ少年っぽい。

「・・・・・・・・・・あれ?新海さんじゃない?入場門あたりにいる人」

月日は指をさして言う。

ジーパンに白いシャツ。黒いジャケットを羽織った青年。

「・・・・なにかあるのか?行ってみるか」

二人は立ち上がり追いかける。

姿を見失わないように目はひたすらに彼の姿をとらえて。しかしそのため前を歩く人物に気づかずぶつかってしまった。

二人は急いでいたこととその人が深く帽子を被っていたため相手の顔も碌に見ることもなく謝罪をして走り去る。

「・・・・・・・・元気な子供たちだねえ」

その人物は帽子をかぶり直し黙って二人の後姿を見送った。

その人は銀のブレスレットをしていた。











運動会も終わり、会場が片付けられていく。子供たちは教室に赴き、結果を聞いていることだろう。

夕日がグランドを照らす。

一面に広がるオレンジの海はとても美しいものだった。

結局、あの後新海に会うことはなかった。見失ったのかもしれないし、他人のそら似だったのかもしれない。

十月ともなればもうすっかり陽が落ちるのも早くなった。

そう感じる。

「・・・・・・・・明良はこのあと事務所の方に戻るの?」

月日はテントを畳みながら尋ねる。

少年は額の汗をぬぐう。

「いや、町長に呼ばれてる。会議がある。まあその延長の付き合いの食事会もあるな」

「相変わらず、律儀なものね」

「そうでもないさ。これぐらい当然のことだろ。俺にこの町での仕事を紹介してもらった恩義もある」

「それは明良の努力の成果だと私は思うけどなあ」

明良は笑う。

月日は納得のいかない顔をする。不貞腐れた顔だ。

「結局、何の問題も起こらなかったわね」

月日は支え棒を収穫所に置く。これで最後、っと。

明良は顎に手を添えて唸る。

「・・・・・・・・・何もないことにこしたことはないけどな。何か起こると思っていた分、拍子抜けだ」

明良は苦笑する。

子供たちはもう帰っているだろう。片付けには大人、そして高校生が手伝いに来ている。

その数も減っていた。

あたりもすっかり暗くなっている。

「じゃあ、俺はこれから町長のところに行くけどお前はさっさと帰れよ?」

「あんたに言われなくてもそうしますよーだ」

二人とも互いに手を小さく振って別れた。

白い息がうっすらと見え、手も悴んできた。

「・・・・ああ、寒いわ。やっぱり寒いのは苦手」

月日は息を両手に吹きかける。

そして小さな公園に差し掛かったところで足を止める。

そこにいたのは見たこともない青年だった。

ぼんやりと遠くを見ているような、うつろな瞳。

こんな寒い中、白いシャツ、長ズボンという出で立ちだ。見ているこちらが寒々しい。

「ねえ、あなた。どこから来たのよ。とりあえず何処か暖のとれるところへ・・・」

「・・・・・・・あの時の娘か」

聞き覚えのある声だった。よく見れば彼の傍らにマントがある。

月日は構えた。前回はしくじったが今回は街灯の光も月の光も十分すぎるほど視界を照らしている。不意打ちでもない。

しかし男は全く仕掛けてくる様子がない。

ただベンチに座って遠い目をしている。

「・・・・・・あなた、何もしてこないの?」

月日は彼に問いかける。

彼は横目で彼女を一瞬視界にとらえるが、すぐに元に戻す。

月日は眉を寄せる。

「・・・・・もう警戒する必要はねえよ、お嬢ちゃん」

後ろから声が聞こえる。

振り返るとそこにあったのは煙草を咥えた新海の姿だった。

「・・・・どういうことですか、新海さん」

新海は彼女のもとまで歩み寄る。

彼はラフな出で立ちだった。白いシャツに長いズボン、それに羽織った黒いジャケット。

・・・・・・やっぱり見間違いじゃなかったんだ。

彼は煙草を咥え直す。

「もう目的を果たしたんだよ。いや、終わったってとこかい?」

彼は青年に呼びかけるように言う。

青年は弱弱しく苦笑し、頷く。

「・・・・・ええ。もう、終わりました」

あの日対峙した雰囲気がない。憑き物が落ちたような、別人を相手している時のような対面だった。

「・・・・調べさせてもらった。こういう町のもんでね、それに被害も少なからず起こったことだし」

新海は話し出す。

彼は家から勘当された日、正確にはそれから一週間が過ぎたあたり。秋の中ごろ、冬の間近。彼は少女に出逢ったらしい。そして二人で転々と町から町へと渡り歩いたそうだ。

「・・・お前の家から勘当された理由も知った。お前、分家の若者ひとり、殺したそうだな」

青年は苦笑する。

「ええ。でもあれは彼が悪いと思うのです。私はやりたくないと言ったのにいうことを聞かないから。だから不可抗力だったんです」

青年は右手を天に翳し目を細める。するとそこに一本の巨大な鎌が顕れた。

死神の鎌。その表現がぴったりだった。

「一族の中にたまに現れるらしいのです。特別な力を持った人間が。それは生まれた時には知れることで特に何といった制限のない。たまに興味本位で近づいてくるものは少なからずいたんです」

青年は鎌を消す。まるで手品を見ているようだ。

「・・・・・でも、やはり世間的にはよろしくないということで追放になったんです。反省しなさいと言われたんですが、その意味が全く分からなかった。反省すれば家への帰還も許してやろうと言われました。けど・・・」

新海は彼の言葉の続きをさらう。

「お前にとって家はそれ程帰りたい場所でも、必要なところでもなかった。反省の意味も分からない。で、そうこうしているうちにバラバラ殺人を起こしてしまった・・・と9人・・・・だったか?」

青年は苦笑する。

「・・・・・私は人を殺すつもりはなかったんです。この力を抑え込もうと必死でした。でも、気づいたときには赤い海の真ん中に立っている」

青年は俯く。

新海は煙草を捨てる。煙が空に立ち上る。

「・・・そしてあの子に会った」

青年はぽつりぽつりと話し出した。

「・・・・一か月で九人。どう頑張ってもこの力を止めることはできなかった。私は次第に人格を切り離すようになっていました。力を使っているときの『俺』と普段の『私』」

そんなある日、あの子に会った。あの子も不思議な力を持っていた。人の心を読む力。私は二つの人格を持っているとあの子は見抜いた。ひかりは自分の力のせいで両親を失い、また親戚連中にも見放されて孤独になったと言っていました。

「一緒に行動するようになりました。私は外交的ではなく、二重人格ですから。人と一緒なんてありませんでした。警察に突き出す人、逃げていく人、とにかく私を誰も理解しようとしてくれなかった。あの子は初めて私を〔見〕てくれた人だったんです。不思議と彼女といると殺人計数は収まっていました。そうして楽しい、人生で最も充実した日々を送ったと思います。でも、彼女はある日・・・・・・消えてしまった」

青年は寂しそうに悲しそうに笑う。

月日は暫くしてから口を開いた。

「・・・・・・・だから探してここまで。でもこの町よりももっと・・・」

「いや、この町が最後の頼みの綱だったんだ」

新海は口をはさむ。

「子供が消えたのは今からちょうど一年前。あちこち探したんだろう。人にも聞いて回った。だからすぐに当りをつける事ができた。ところで、この四年間、連続殺人事件ってのは起こっていたか?」

新海は声音を一転させ世間話をするように言った。

月日は訝しんだが真面目に考え、答える。

「・・・・・・・・殺人どころか大きな事件でさえ起こってい・ま・・せ・・・・うん?」

月日は引っ掛かりを覚えた。

新海は煙草を一本出した。そして火をつける。

「・・・ふー。そう、無いんだ。報道されるような、それこそ、バラバラ殺人なんてものは。・・・でも、おかしいだろ?三年はわかる。彼にとってのストッパーがそばにいたんだ。でも一年。その間、彼は単独だったんだぞ?なのに大きな事件は起きていない。この町で最後といったのは彼の中の殺人衝動のリミットだ。彼女の存在で抑えられていたものは彼女の捜索中も有効だったんだろう。しかしどこを探しても彼女は見つからない。次第に彼女の存在も薄れてくる・・・」

「でも!・・・・ここの他にも沢山・・・・・」

「いいんだよ。ここで最後なんだ」

青年は言う。

月日は青年を見る。

「・・・たった一年で世界中を探せるわけ、ないじゃない!!」

新海は煙を吐く。

「・・・・・それが出来るんだ。井伊月の力をもってすれば」

「・・・・・どういうことですか」

新海の言葉に月日は眉を寄せる。

新海は目を空へと向ける。

「彼は問題を起こさなかった。だから、彼の居場所を井伊月家の連中は探しだし、呼び戻した。つまりはそういうこった。流石の二文字に尽きるねえ。大手の財閥は」

新海は肩をすくめる。

青年は苦笑する。

「確かにそうですね。私も驚きました。・・・・・・・・・でも、だからこそ残酷だった。どこにも存在が確認されない。でも死体はない。だから生きてるんだと。生きてるはずなんだと。そしてここだけが確認されていないことを知った」

新海は目を細める。どこか憐れんだ様子だった。

月日も口を噛み、顔を顰める。何も言うことはできなかった。

「・・・・・・・・・・・・・結局、彼女はどこかに消えてしまった。跡形もなく、痕跡をも残すこともなく。もう手の尽くしようもない。もう縋りようがないんです」

彼は月を見上げ、薄らとほほ笑む。それは何もない伽藍洞のような目をしていた。












空は澄み渡り、肌を刺すような寒々しい気温が体を囲う。

月日は手に息を吐きかけ暖をとる。

首にマフラー、足はもこもこのソックス。コートを着込み、手袋をしている。まさに防寒具完全装備。

彼女はそれでも息を手に吐きかけている。時折摩擦して。

「よう、月日ちゃん。今から学校にはちょいと早いんじゃないかい?」

後ろから声がかかる。

彼女は振り返り会釈する。

「・・・・・・・新海さんこそ。こんな時間帯に会うなんて思いもしませんでしたよ」

彼は黒いジーパンに青い毛編みのセーターを着て首に例のマフラーを巻いている。

ポケットに手を突っ込み、首をすくめている。

「・・・・・・・・・いんや、俺は予測してたけどな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・そうですか」

二人はどちらからということもなく歩き出す。

歩きがてら世間話をしつつ、二人とも同じ方向に進む。

そして二人は足を止めた。

そこは町はずれの墓石場だった。平たく言えば、お墓だった。

「・・・・・やっぱり、引きずってたなあ」

「・・・・・・・・・・・・」

月日は手を合わせ、合掌する。

新海はその間黙っていた。

「・・・・・ちょっと整理がつかないだけです」

月日は目を開け言う。

新海は肩をすくめる。

「・・・・・俺らが考えたって無意味だろうさ。探していた子は実はもう死んでいた。ここに墓があるだけいいもんだろうよ」

二人の前にある墓石は小さく、簡単な造りで無名のものだった。この下にその子は眠っている。

あの後、新海は青年にここへと案内した。月日が言ったように暫くの間ここを訪れた子供はいなかった。

しかしそれは生きた状態で、だ。明良の所属は移民児統括部署受付係だ。ここでは移民してきた子の住所登録、また、迷子の子供の保護を主に行っている。つまり生きている子供限定、だ。

新海は前に月日に頼んだ明良への届け物の内容がそれだった。本局に行って死亡者リストを確認してほしいというものでその他諸々の関係した資料が入っていたのだ。

青年は墓の前で笑っていた。ほっとしたような、悲しそうな、曖昧な笑みを浮かべ、そして独白した。

「・・・・・・・私はここを確認した後、井伊月家に戻されるんです。外に出るものこれで最後なんです。自由に、気ままに歩けない。この力が外に漏れることが厄介だと」

青年は泣きそうに目を細める。

「・・・・・・そう、井伊月は判決したのか。事件を揉み消し、お前の存在も隠す。いなかったことにされる」

新海の言葉に苦笑で応じる。

「・・・・・・・・でもただ、閉じ込められて一生を終えるつもりはありませんよ。ひかりは私に言ったんです。明るい世界に力強く生きる私の姿が予想できると。私の隣にひかりはいませんが彼女の言葉を糧に生きていこうと思います。その頃にはこの力はコントロールできるようにします。・・・・・・・・・・ありがとうございます、扇さん。このご恩はいつか必ず返します」

青年はにっこりと笑って町の正面から出ていった。

月日は立ち上がり新海に向き直る。

「・・・・・・・・なんで事前に私に話してくれなかったんですか?あなたが言ったんですよ?あの人が私に似ていると」

新海は煙草を吹かす。

「・・・・・似ているからこそ話さなかったんだよ。自分のことのように置き換えて考えるだろ?それはただの迷惑でしかねえ。俺から言わせれば、な」

「・・・・・・・・・・・・」

月日は押し黙る。新海は決して嘘は言わない。物言いは厳しいが、それでもしっかり言ってくれる人物は珍しい。

彼は煙草を咥える。

「いいじゃねえか。あいつは納得したんだ。それでもあのお坊ちゃんがやってしまったことは放っておける問題じゃねえ。だが、それは井伊月が背負うもんだ。お前が出て行ってもそれこそ意味のねえことだろ。お前は部外者なんだからな。ここのルールがあるように、向こうのルールがある」

新海は煙草の煙を大きく吐き出す。

月日は神妙な顔をしている。暫くしてからゆっくりと頷き、目を閉じる。もう一度合掌して立ち上がった。

「・・・・・では私はもう学校に行ってきます。まだ理解しがたいものがありますが、それは時間をかけて考えていきたいと思います」

月日は苦笑する。

新海はそうかと言ってそして、にやっと意地悪気に笑う。

「まあ、お前にはストッパーがいることだし、案外心配はいらねえのかもしれねえがな。うまくいってるのかい?彼氏さんとは」

月日は真っ赤になる。ゆでたこのように。

新海は、はははーと笑い、出口に向かって歩き出す。

月日は顔を手で仰いで困ったように顔を顰める。冬だというのに一いっこうに熱がひく様子がない。

「・・・・・・はっはー。青春だねえ」

新海はふざけて言う。

月日は後ろから鞄を彼に向けて思いっきり投げた。

それは見事に後頭部に直撃した。






















「・・・・・・・・先の件では大変世話になった。これをお納めもらいたい」

黒いベールに黒い着物。全身黒の男であろう人物は寂れた館に腰かけており、物静かに封筒を差し出す。

「・・・・・・・あんたらがどう動こうと勝手だがね、あんまり俺を頼りにされると困るんだわ。これも今回限りとさせてもらうぞ」

青年は壁に寄りかかり嘆息する。彼の姿は逆光になっており見えない。声だけが響く。

「承知している。・・・・・・・・では他言無用で頼む」

男は立ち上がりそそくさと退散していった。

青年は腕を組み、窓の外に視線を向ける。青年は葵色の袴に黒の羽織を着ており長い黒髪が揺れる。

「・・・・・・・・・随分と手荒な行動に出たもんだ。それ程、切羽詰まってたのかねえ、井伊月の連中は」

男はちらりと目だけを封筒に向ける。

封筒には謝礼金と書いてあった。







謝礼金

此度は感謝の念を申し上げる。

我が井伊月の思惑通りに事が進み、見事、井伊月家次男、井伊月甲の身柄を確保。例の少女、常盤光、計画の進行上、障害、邪魔になる恐れがあると判断したため抹殺。死体はかの町、真居間町にて隠ぺいする。協力者、見稲見家当主、見稲見源五郎殿のお力添え、誠に感謝する。ここに謝礼金として五億もの金額を収納すると契約。他言無用でお願い申し上げる。尚、この件に関与したと思しき少女の件はそちらで処分していただきたい。よりよい関係を続けていくために、よろしく頼む。この紙は読み終えた際処分するよう・・・。

                               現当主 井伊月 要






「・・・・・・・・・・あの爺もやってくれるねえ。井伊月の当主様も。でもこのまま思惑通りに往くものと、本気で思っているのかねえ。そうであるなら随分とお目出度い頭をしていらっしゃる。・・・・・・・・・・俺の役目はこれにて終了。あとは適当に郵便物と混ぜておくとするか」

青年は立ち上がり封筒を綺麗に元の状態に戻し、開けた痕跡がない状態に戻し、懐に入れる。

青年は口の端を吊り上げ皮肉気に笑う。

「・・・・・・・・・・・・人の世とはほんとに面白い」

青年の髪が揺れる。その合間に覗き見られた緋色のピアスが陽の光に反射し、その輝きは赤々と燃える炎を連想させた。










月日はある人物と待ち合わせしていた。腕時計を確かめ、そわそわとしている。

彼女はまさに夢見る乙女の顔をしていた。

そう。見て分かるように彼女は恋人を待っているのだ。

彼女は珍しく一つに髪を結んでいた。オレンジ色のヘアゴムをして。

それは恋人が初めて贈ってくれたものだ。恋人の関係になるはるか前。彼女と彼が出逢った記念、思い出の品。

彼女が彼と出会ったことで人であろうと、人らしくあろうと努力するようになった。

彼女にとって光を与えた恩人であり、掛替えのない存在。彼の存在は大きい。月日のストッパー。それを失うことは考えられない、考えたくはない。

でも、考えなくてはいけないのだ。見稲見の人間として、この町を守る人間として。

でも、いまだけは・・・・・・・少し待ってもらおう。

彼は手を振ってやってきた。

月日は眩しそうに目を細め、悲しそうに笑った。

                                終


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