水の色
「水って何色だと思う?」
そう尋ねた少年は真っ直ぐに僕を見つめている
幼い、純粋さを確かに宿したその瞳に射抜かれた
「そのまま、水色だよ」
何故か見ていられなくて、視線をそらしてそう答える
どうやら望んだ色ではないようで少年は非難するように首を振った
「違う。分かっているんでしょ」
どこまでも純粋な心は時に残酷である
聞かれたくないことを、答えたくないことを僕に問う
「じゃあ知らないよ」
逃げるように少年に背を向ける
そのまま走り去ろうとした僕の袖を幼い手が掴んだ
「ちゃんと答えて。逃げないで」
振りほどけるはずなのに、どうしてか動かない
逃げ出してしまいたい、耳を塞いでしまいたい
「・・・黒いんだよ」
か細く紡いだ言葉は全てを諦めて空しく宙に消える
黒く黒く、濁流に飲み込まれて染め上げられた
「それも違う、知っているんだから」
ぎゅっ、と袖を強く握りしめた少年は力強く言った
ゆっくりと振り返った視界に入るのは変わらない瞳で
「じゃあ教えてくれよ」
耐えきれなくて責めるように吐き捨てる
少年は怯えることなく瞳を輝かせて、言った
「透明。白よりもきれいな色」
何にも染められていない色
何にも染められる純粋な色
「・・・僕の知ってる水はそんなに綺麗なものじゃないよ」
やっぱり知らない色だと自嘲気味に笑みを浮かべる
知っていたけれど、どこかで忘れてしまったから
「思い出して。絶対、覚えているから」
掴んでいた手を離して少年は自身の胸に手を当てる
目を閉じ静かに微笑むその姿は、ひどく眩しく見えた
「忘れている透明、か・・・」
少年に倣って僕も胸に手を当ててみる
手のひらから伝わる温もりが何故か心地良く感じた
「大丈夫、『水』はきれいに出来るから」
何度だって洗い流してあげるから
何度だって綺麗にしてあげるから
「・・・あぁ、そうか」
頬を濡らし落ちていくものに気付いた時、僕は微笑んでいた
人が流す涙はいつだって透明じゃないか
「今度はきれいな色に染めてね」
『心』という『水』は何色にもなれるんだから
例え歪に染まっても、綺麗に戻すことが出来る
「ありがとう・・・もう一度、やってみるよ」
少年の瞳を僕は真っ直ぐに見つめ返す
無邪気に笑ったその顔は、幼い頃の僕に似ていた