第四話 映らない鏡 後編
第四話 映らない鏡 後編
大きなその鏡は毎日その前を通り過ぎる者を映し出していた。毎日毎日、彼は休まず映し続けた。
『楽しそうだな。今日はいい事あったのかな。あ、あの子制服のボタンが取れかかってる。』
たまに声を掛けてみるけど、その声は相手には伝わらない。それでも彼は訴えかけた。
『別に聞こえていなくてもいいんだ・・・。』
「ねえ、私はどうしたらいいのかな・・・。」
それは放課後だった。その子は彼の前に立ち映し出される自分に問い掛けていた。彼はそんな彼女を唯見つめるだけだった。
その次の日にも彼女はやって来た。鏡に映る自分に決して返って来る事の無い言葉を問いかけ続けた。
「私はどうしたらいいの?私は・・・。」
彼女は病気。毎日来るうちに彼は彼女の悩みを知った。勿論どうしてあげる事も出来ない。でも彼は、彼女の姿を借りて彼女に言った。
『毎日を楽しく考えればいいじゃないか。僕はここから動けないけど、ここを通る人たちの事を考える事しか出来ないけど、それでも毎日が楽しいよ。』
彼の声が始めて伝わった瞬間だった。彼女は始めは驚いていたが、それはすぐに無くなった。それ以来、彼女は何だか明るくなった気がした。彼も自分の声が伝わる彼女との会話が楽しかった。
『今日はあの子来ないな・・・。』
その次の日も、又その次の日も彼女は来なかった。彼はその訳を直に理解できた。それ以来彼は通り行く者達を映し出せなくなった。その為、学校はその鏡を取り外し暗闇の中へと閉じ込めた。
『さみしい。さみしい。暗い。寒い。会いたい。会いたい・・・。』
もう彼の声の届く相手は居なかった。
「おい。もういいんじゃないか?」
明が教室から顔を出し辺りを見渡していた。
「よし。じゃあ行くぞ。」
「ん?でも鏡の世界だから、反対だぞ。だから、こっちだな。」
明とは逆の方向を指差した。それでも、彼らの中にはこの鏡の感情が絶えず流れていた。
「何事も無かったわね。ちょっと残念。」
「そんな事無いみたいだぜ。」
翼がみんなの足を止めた。暗闇から姿を現したのは明だった。
「こっちの俺はどうなんだろうな。」
翼を押しのけ、明が前に出てきた。
「おら〜ぶっとばし!」
明の拳が鏡の明に当たった。ぐふっと声にならない声を出し、鏡の明が宙を舞った。
「あ〜やっぱり。こっちのお前は激弱なんだな。」
翼と楓がくすくすと笑ったが、明はがっくり肩を落とした。
鏡の前に立ったがやはりその姿は映らなかった。又、あの校内放送が始った。
『無駄だよ。君達は出れないよ。ここで一生を過ごしてもらうよ。大丈夫、あっちの世界にはこっちの君達を送るから。』
そう言って彼は笑い始めた。
「もうやめて、もうやめてよ・・・。」
その声は草辺 実宮だった。
「君達のお友達ずいぶんとこの鏡と中良さそうだね。」
鏡に映った彼女を見ながら明が言った。女子生徒は不思議な顔をした。
「彼女のことは私達は知らないわ・・・。」
『君は死んだんじゃ・・・。』
「あの時のあなたは優しかった。でも、今のあなたは・・・。」
悲しそうな顔の彼女が鏡の中に映る。
『君は、僕の前でそんな顔をするのは始めてあった時以来だ。』
「でもあなたが変えてくれた。今だってそう。」
『僕は君の笑顔が見たかった。みんなの笑顔が好きだったから。でも今僕のしている事はみんなを悲しませてる・・・。みんなごめん・・・。』
気がつけばそこは元の世界なのだろうか、目の前には草辺 実宮が居た。
「ありがとう、ありがとう・・・。」
彼女は鏡と其処に居る全員にそう言って彼女は消えた。
『ごめんなさい・・・。』
そう鏡は言うとその不気味な光が消え、翼達の姿が其処にあった。
「ひゃはは。気にすんなよ。」
翼が笑いながら言った。
その鏡は昔の様に、いつもの場所いつもの様に其処を通る者を映していた。
「でも、もう一人の翼も見てみたかったな。」
「うん。一体どんなんだろうね?」
二人の話題はもう一人の翼に夢中だった。アニメは見ない。勉強大好き。数え切れないほどの可能性と考えられない彼を想像し彼らは笑った。くだらないっと翼が部室を出て向かったのは、あの鏡だった。
「俺は俺だしな。」
翼はそう言って鏡の前で笑った。
『確かに。』
っと鏡の中の翼も笑った。