7、リーズ村(7)
「あっれ?」
「ヨハンにエイダにシュリィじゃん!」
「へえ、珍しい」
唐突に寄越された三つの声に、ヨハンは傾げていた首を正して声のする方へ顔を向けた。
先程エイダが駆けてきた土手の上を、三人の子供がなにやら陽気に歩いている。
金髪寄りの明るい髪色に青い目をした男の子が腰に左手を当て、額の上で右手を翳すようにこちらを見ていた。
その隣の子供は両手をズボンのポッケに入れて立っている。
黒に近い焦げ茶の髪をしている。瞳は濃い青。
さらにその彼の左隣に佇む、黒に見えるほど濃い青の髪に、同系の瞳をした少年は片手を軽くこちらへ振っていた。
彼らの向こうに、日が高く昇っている。
三人とも背丈は似たり寄ったりの同い年。
8才の仲良し三人組だ。
大抵いつも三人連れ立って騒いでいる。
ヨハンは土手の下から見上げるようにして彼らの名を順に呼んだ。
「ビル、ダン、デール」
「よお、ヨハン」
ビルが屈託なく笑って、翳していた右手を「よっ」と挨拶がてらに上げる。
金糸に見えなくもない明るい髪が、太陽の光でチカリと反射した。
「三人でそんなとこで何してるんだ?」
首を傾げるダン。
ヨハンの勉強家ぶりは有名で、彼が一人で田舎の子供らしく外で遊んでいることは少ない。
彼が外で駆け回っている時と言えば、大抵は弟と妹の遊びに付き合ってやっている時だ。
加えてシュリィも、最近はムク爺の所へ通い詰めである。
その二人にエイダを交えたこの顔並びがここにいるのが珍しいのだろう。
ヨハンは肩を竦めた。
「特にこれといってなにかをしてるのでもない」
「それこそ珍しい」
そう言って、今度はデールが大袈裟に驚いてみせた。
反動で彼の髪が揺れる。
デールの髪は、一見すると黒に見えるが、よくよく見れば青い。
もちろん地毛だ。
シュリィは彼の髪を初めて見た時に、やはり異世界なのだとひとりで勝手に感心して何度何度も頷いた。
話によると、デールの髪もそう珍しいものではないらしい。
シュリィはまだお目にかかったことはないのだが、アビーよりも鮮烈な赤髪や、真紫の髪なんていう人も世間には少なくないというのだから驚きだ。
なかには、黄色やピンクといったど派手を地でいく血筋もあるという。
それを聞いた時、「自然界の摂理と保護色はどこ行った。仕事しろ」とついシュリィは思ったものだが、ぜひ見てみたいというのが正直な本音である。
「それで?ずいぶんと楽しそうだけど、今度はなにを企んでるんだい?」
ヨハンは先程の三人の浮かれた様子に言及した。
疑問形ではあるが、答えはおおよその見当がついている。
少しだけ、皮肉のつもりだった。
彼の言葉に、ビルとダンとデールは示し合わせたように顔を見合わせる。
するとすぐに何も言わずにただ、ニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
顔がそっくりというわけでもないのに、やたらと良く似た笑顔だ。
(・・・・またか)
ヨハンは諦めたように片手を額に当て首を横に振った。
悪い予感が当たった。
この三人の機嫌が良いときは、十中八九、よろしくないことが起きる前触れだ。
またか。
こう思ったのはなにも彼一人ではない。
呆れ返るヨハンの姿に彼の心情がよくわかるエイダとシュリィも彼の後ろで苦笑した。
何を隠そう、ビル、ダン、デール。
この三人組は村一番のイタズラ好きだ。
同い年の彼らは気も合うようで、三人集まって知恵を捻っては村のあちこちに悪戯を仕掛ける。
村で有名なやんちゃっぷりである。
なんでも「退屈でひまでひまでしかたのないど田舎リーズのためにビル、ダン、デールが一肌脱ぎましょう」を合言葉に自称「ちょっと愉快にしてあげ隊」なるものを結成しているらしい。
とはいっても、自称、であって、村ではもっぱら「お騒がせトリオ」だの「ヤンチャトリオ」だの「三馬鹿」だの名誉なんだか不名誉なんだかな名称のオンパレード。
村の大人たちで「あいつらをちょっと怒鳴り隊」が結成される勢いだ。
元気な子供の証拠。
とはいえ、何度か被害を受けた経験があるヨハンは密かに一度がつんと大人たちに叱られればいいと思っている。
「そいつはなあ」
ニヤニヤと楽しげに笑いながらもったいぶるダンに、デールも誇らしげに頷いて腕を組む。
「企業秘密ってやつだな!」
「企業秘密、ねえ」
胡散臭いといわんばかりに眉を寄せたヨハンに、今度はビルがふふんと自慢げに笑う。
「マーゴットばあさんのところでちょっとな」
「・・・マーゴットさん、お気の毒に」
ぽそりと呟いたエイダの言葉に、シュリィは思わず噴き出した。
少々騒がしすぎるのが玉に瑕だが、なんだかんだでエイダはこの三人組のイタズラをどこか楽しんでいる節がある。
「ちょっと愉快」なだけあって、自分の近辺に被害が及ばない限り、見ている分には結構面白い。
彼らにはよからぬことに限って良く働く知恵がある上に、この世界にはなんといっても前世でいうところの魔法がある。
そう。
この世界にはなんと魔法が存在するのだ。
それを知った時、シュリィが興奮したのは言うまでもない。
なにせ魔法だ。魔法。
心惹かれずにはいられない。
当然シュリィは根掘り葉掘り聞こうとしたのだが、大人たちはまだ早いと言って教えてはくれないし、自力で知ろうにもリーズには本がない。
全くないわけでもないのだが、魔法について詳しく教えてくれるような本が村にあると少なくともシュリィは聞いたことがないし、貴重な本を幼い子供においそれと大人が貸すはずもない。
子供たちに聞こうにも、さすが辺境、ど田舎。
原理よりも実地である。
魔法を使える子供は教えられてから頭よりも感覚で覚えた方が大きいらしい。
大した情報は得られなかったし、なにせ10にもならない子供に聞いてもその説明は要領を得ない。
ヨハンはまた別なのだろうが、勉強家故に魔法の危険性を承知しているのか大人同様3才のシュリィには笑って誤魔化すだけだった。
そういうわけで、二重の意味で彼らのイタズラはシュリィにも見物だった。
とはいえ子供のすること、魔法とはいえど、そう大規模なものでもない。
マーゴットさんには悪いが、本音を言えば確かにちょっと楽しみでもある。
「じゃ、俺たち忙しいからもう行くな」
ビルを先頭に再び歩き出そうとした三人に、ヨハンが思わずといった体で叫んだ。
「畑には手を出すなよ!」
止めても無駄だ。
聞く耳を持つようなやつらではないことはもう嫌というほど充分わかっているので今更やめさせる気は更々ないが、諫言くらいはしてもいいだろう。
一歩踏み出しかけていたビルが、くるりと振り返って叫び返す。
「わかってらあ!俺たちにだって流儀があるんだぜ!」
「・・・・・人の迷惑を考えるってのはその流儀にはないのか?」
「それこそ流儀に反するな」
「大した流儀だよ」
苦々しく言ったヨハンにビルがけらけらと底抜けに明るい声で笑った。
のびのびとした笑い声が麗らかな風が通る土手に響く。
「それではみなさん」
「おたのしみに!」
最後にダンとデールが同じように笑いながらそう叫んで「ちょっと愉快にしてあげ隊」は颯爽と小さくなっていった。
あと数十分もしないで、ちょっとした愉快がマーゴットさんに襲来するのだろう。
心の内でマーゴットさんへ合掌しながら彼らの後ろ姿を目で追っていたシュリィは、つんつん、と服の裾を引っ張られる感覚にエイダの方へ顔を戻した。
エイダがどこかわくわくとした顔をしている。そわそわとなんだか落ち着きもない。
「ねえ、シュリィ。」
シュリィには彼女の次の言葉がわかった。
(「行ってみない?」)
「行ってみない?」
案の定、そう小首を傾げた彼女に、やっぱり、とまたもやシュリィは噴き出す。
大人じみて見えるが、意外とエイダはこういうのが好きだ。
「うーん」
悩むように腕を組んでそう唸ってみせるシュリィだが、当然彼女も満更ではない。
ただ表面上悩んだ振りをする彼女に、エイダが焦れた様子でつんつんと再び服を引く。
「行きましょうよ、ね?」
普段どこかそうあるべきだというように大人っぽくある彼女が、素直に子供らしさを出すのがシュリィには可愛い。
だから、時々こういうときはわざとエイダに意地悪をする。
シュリィは、エイダが7才らしいことをする度にどこかほっとした。
ひたすら呻くだけのシュリィに、とうとうエイダが強引に彼女の手を取って駆けようとしたとき、
「エイダ!」
タイミングよく、エイダを呼ぶ声がした。