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6、リーズ村(6)

「あ、それ、僕も言われた」


ふと顔を上げてそう言ったヨハンに、シュリィはやっぱりと頷く。


「そうなんだ」


村の穏やかな昼下がりを、ゆるゆるとした風が撫でた。




先日のムク爺の話だった。


イズ=トゥーロ皇国を教えてもらったこと。

気を付けるように念を押されたこと。

心を強く持つように言われたこと。


それらをシュリィは彼に話したところだった。


リリーから村の子供たちと外で遊んでくるように言われたシュリィは大人しくそれに従い子供たちがいつも集まる場所へ足を向けた。


村を流れる小川の浅瀬、すぐ近く。

開けた土手に草の茂った所が村の子供たちの一番の集会所だ。


そこで見かけたヨハンの姿に、シュリィはこれ幸いと気になっていたそのことを話したのだった。


ヨハン。

10才の男の子だ。


黒い髪に、赤味がかった濃い紫の瞳。眼鏡をしている。

村の子一番の勉強家で、弟と妹がひとりずついる。

7才のカールと6才のエミーリエ。


長男だからか、村の子供たちのなかでも年上だからか、ヨハンはどこか大人じみて落ち着いている。

シュリィからすれば話しかけやすい子供だった。


「ムク爺は村の子供に必ずその話をするよ」


ふたりで土手に並んで座りながらヨハンは説明するようにそう言った。


「そうなの?」


「そうだよ。現に僕もカールもエミーも一度はムク爺の家で言われてる。一人でね、ムク爺の家に呼ばれてそう言われるんだ。」


「・・・ちょっと、こわいよね」


「そうだね。僕もびっくりしたよ。」


眉尻を下げてそう漏らしたシュリィに、ヨハンも笑って同意した。


確かにあの時のムク爺はどこか怖い。

静かすぎるのだ。

それだけに、小さな子供の胸に、あの言葉はやたらと色濃く残る。


それにしても、


「・・・ずいぶん、はやいなあ」


ヨハンの呟きにシュリィは首を傾げた。

そんな彼女にヨハンは何も言わずに首を振る。


ヨハンがムク爺に呼ばれたのは5才の時だった。


村の子供それぞれで呼ばれる年は違う。

恐らくその子ひとりひとりを見ていつ伝えるか決めるのだろう。


言葉が正しく伝わると判断されれば呼ばれる。

だいたい平均で6才ほど。


ヨハンは賢い子供だったから5才になってすぐの頃に呼ばれた。

アビーは確かまだ伝えられていないはずだ。

もう少し落ち着きが見えたら話すだろう。



シュリィは・・・・・3才。



ヨハンの知る限り、ぶっちぎりで早い。


ちらりとヨハンはシュリィを一瞥する。


彼にとってシュリィは不思議な子供だった。




確かに手がかからない。


弟と妹がいるから、シュリィがどれだけ大人しい子供であるかはよくわかる。

立つのも話し出すのも早かった。


けれどこうして顔を合わせる日々の中で、取り分け驚くほどに賢い、ということもない。


歩く姿はまだどこか覚束なくてひやひやさせられるときもあるし、話す内容もどこか大人びているとはいえ子供らしいものばかりだ。


彼の目から見て、シュリィは特に変わった所もない普通の子供だった。

しかし、


「シュリィ!」


唐突に上がった声に、呼ばれたシュリィと、隣にいたヨハンがつられて顔を上げる。


土手の上を、エイダが小走りでこちらへ走ってくる姿が見える。


彼女はその見事な金の髪を惜しげもなく揺らし、その勢いのままシュリィに抱きつくようにして足を止めた。

反動でシュリィの髪も揺れる。


「今日はお外で遊ぶの?」


「うん。今日はムク爺の所はお休み」


「そう。だったら私を呼んでくれたらいいのに」


よかったわ、ここに一番に来て。


そう言いながら、もう一度、きゅっとエイダはシュリィを抱きしめる。



・・・これなのだ。


ヨハンは軽く溜息をついた。




正直、ずっと不思議に思っていたのだ。


村の子供一番の才女と名高いエイダが、人一倍心を砕いている子供、シュリィ。


エイダはなにかと彼女に構いたがる。

これは、ほんとうはとても珍しいことだった。


エイダ。


彼女は賢い。


村の子供の中でも抜群に頭がいいヨハンは、エイダに自分と同じ匂いを感じている。


エイダは子供にしては頭が回る人種だ。

ある種どこかライバル染みた感情と同族の親しみのような信頼を彼はエイダに持っていた。


エイダは自分というものを理解して、それを扱う術をこの年で既に身に付けているようなところがある。


公平なのだ。


彼女は自分の特異性に気付いているようだった。


まず見目がいい。


人間、中身が大事。

それは確かだし、ヨハン自身そう思っているけれど、外見が印象に与える影響力が馬鹿にならないのはこの際否定をしない。


その点、エイダは文句なしに飛び抜けている。

見慣れた村民たちでさえ、いまだに彼女のふとした仕種に見惚れることが少なくない。


加えてエイダは聡明な少女だった。


自分の容姿の活かし方も心得ているし、それが周囲にどんな印象を与えるかも把握している。

恐ろしいことに、人の良い大人くらいであれば微笑み一つで押し黙らせることだって、彼女が本気にさえなればできる。


性格だって良い。

善良で、心優しく、誠実だ。


運動があまり得意ではないという欠点も良かった。

そのおかげで警戒せずに人は彼女に愛着が湧く。


その全てをひっくるめて、エイダは薄々自分の使い方を気づいていた。



だからこそ彼女は年が大きくなるにつれ、公平さを保つことをあえて自分に課しているようだった。


跳び抜けて恵まれた容姿、聡明で好ましい性格、加えてどこか気品がある。

人を寄せ付けるカリスマ性にこれらが影響を及ぼしてもなんらおかしくない。


彼女はこれからどんどん綺麗になるだろう。

更に美しい女性になる。


そうなれば、エイダに執着するような人間も出て来るかもしれない。


憧れの人。


そう言われるのに遜色ない素質をエイダは兼ね揃えている。

日本で言うところのアイドル、のようなものだ。


いずれは噂になり、それは街まで届き、求婚の話だっていくつも寄せられるはずだ。

熱狂的なファンだってできるかもしれない。


現にヨハンの妹エミーリエはエイダをお姫様のように慕っている。

村の人間も一様にエイダを可愛がっていた。


エイダのこの求心力は、あるいは彼女の生い立ちからくるものも大きいだろう。


エイダは村の子供だが、村で生まれた子供ではない。

彼女は2才の頃に村の近くで拾われた。

道にひとりで泣いているのを村の人間が見つけたのだ。


だからこの村に彼女を産んだ親はいない。


村長の家が彼女を本当の娘として可愛がって育てているし、村の人間は優しい者ばかりだ。

彼女をはぐれ者にしたりはしない。

村の子供として等しく愛している。


しかし、本人には無意識に思うところがあったのかもしれない。


村の子ではないから、村の皆から嫌われないように。


そんな、ほんとうは考えなくてもいいことを懸命に考えたのだろう。

どうすれば一番自分に良く働くのか、そういうものを生きる術として彼女はほとんど潜在的に吸収していったのだ。


人に好かれるよう自分を使うことに長けた彼女。


彼女が心を特別に傾ける者が出来たら、きっと周囲から反感が湧くだろう。


なにより彼女自身村の人間に平等に可愛がられたから、身に染みてその等しいということがいかに大切であるかを知っている。


だから彼女は意識して分け隔てない態度を心掛けた。


そのことに気付いた時は、ヨハンも素直に感心した。


なるほど、いい防衛手段だ。


今後の彼女の未来で、それはプラスに働くだろう。


言うほど簡単なことではない。

人間なのだ、公平さなんて曖昧なもので、どうしたって揺らいでしまう。

7才の子供の肩には重かろう。

それを、どうにかこうにかやってみようと試みる。将来に備えて練習しているのだ。

三つ年下の彼女が懸命になる姿は称賛に値するものだった。


それが、このシュリィを前にするとどうだろう。


面白いくらい呆気なく崩れてしまう。


それが良くないことであるというのがわからないエイダではない。

現にヨハンは既に二人、シュリィをあまり快く思っていない人間を知っている。


そのことにはエイダも憂いているような素振りを見せる。

つまり、そういう懸念もすっとばしてエイダはシュリィに構いたいのだ。

つい、構ってしまう。どうにもならない。それくらいシュリィと一緒にいたい。


ヨハンは不思議でならなかった。


良い意味で、誰にでも等しく接しようとする賢いエイダ。

その彼女が、自らの信念を投げ捨ててしまうほどの何かがこの子供にはたしてあるのだろうか、と。


加えてムク爺だ。

どうやら長老もシュリィを高く評価しているらしい。


ますますヨハンは首を捻った。


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