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村のこどものはなし(エイダ)

しばらく本編から逸れた話が続きます。ごめんなさい。

そのとき私は必死だった。






自分が両親、つまりこのリーズの村長と血の繋がった子供でないことは、ぼんやりではあったけれどずいぶん前から薄々気付いていたの。


村の誰もがそのことには触れなかったけれど、私はなんとなく気付いていた。


第一、顔も色素も私、二人とはちらりとも掠らない。

先祖返りかもしれない、とも思ったけれど、それは違うと、心のどこかでそんな声がしていた。



それが明確になったのはちょうどそのころだった。






どうしても眠れなかった夜、ベッドから起き出した私の耳に両親の声が聞こえた。

二人は悩んでいるようだった。

話していた内容は、そうね、



いつあの子に伝えるべきか

あの子の血の繋がった両親か親族をやはり探してあげるべきか



うん。だいたい、そんなところ。


二人の会話は始終私への思いやりに溢れていて、ええ、それが私には単純に嬉しかった。


けれどまさか、村の子ですらないとは考えたことがなかったの。

これは思っていた以上に私には衝撃的だった。


村の近くで、ベネットさんが泣いている幼い子供を見つけて村に連れてきたのを、子供のいなかった村長夫妻が引き取ってくれた。


それが、私。


だけど、残念ながら、私にその当時の記憶はない。


私が思い出せる一番古い記憶は、両親、つまり村長夫妻に手を引かれてリーズの夕暮れの中を家に帰る記憶。




その夜は物音を立てないように寝室に返って、ベッドの中に潜り込んだ。


そのときのベッドの感触は、今でも鮮明に覚えてる。





次の日、ばかみたいな話なんだけど、村ではしゃぎまわるみんなといつものように私も一緒になって駆け回りながら、けれどなんだかわたしだけひとりぼっちみたいな気がした。


みんなとはどこかくっきりと線を引いて隔てられているような気分。


今思えば本当に幼稚で馬鹿みたい。

でもね、なんていったらいいのかな。


私・・・そう。


私ね、私は、リーズが大好きだったの。


つまり、そういうことなの。





村の皆は優しかった。


きっと、私がいろいろ考えていることは杞憂で、全ては思っている以上に簡単に上手く回っていったりするものね。


そういう確信はあったのだけれど、どうしても私はその杞憂を捨てられなかった。


村の皆を信じていないのではないけれど、それとこれは全く別の問題だったの。

理屈では上手く説明ができそうにないわ。


なんていったらいいのかな。


なんだかね。



その時ばかりは、世界にただひとりぼっちのような気がした。





背後から足音が迫ってくる。


見えない何者かに後を付き纏われているように、私はいつもなにかが不安で不安で、


あらゆるものが、明確ではなく恐ろしかった。



ただ、私は、怖かった。


ひたすらに怖かったの。





だから、

あのとき、私は、訳もなく毎日が必死だった。






村で二年ぶりの赤ちゃんがこのリーズに生を受けたのは、そんな時のことだった。


村中がこぞって村の新しい子供の命を祝う。


もちろん私も。


だけど、うん。正直に言うわ。



笑顔の皆を見て、ほんとうは、さみしかった。


私が産まれた時、祝福してくれた人はいたのかもしれないけれど、それはこのリーズの皆じゃない。


私が生まれた時はこうじゃなかったんだ


そう思うと、やっぱり、とても、さみしかった。




優しいリリーさんが私は村の中でも特に好きだった。


リリーさんはいつも穏やかに笑う。


素敵な女性。


彼女に呼ばれたからには行かないわけにはいかない。


ほんとうは、わたし、生まれたばかりの、皆にこんなに祝福される赤ちゃんが妬ましくて、本音はね、あんまり行きたくなかったんだ。



光が溢れる部屋の、赤ちゃん専用の小さなベッドにその子はいた。



小さな赤ちゃん。


あんまり小さくて、ぷくぷくしてて、やわやわしてるから、私は怖くて近寄れなかった。


それを、リリーさんがそっと背を押して促す。

恐々と顔を覗いたら、赤ちゃんは真っ直ぐに私を見て、それから、ふにゃって、笑ってくれた。


なんだかね、おかしな話、わたし、胸が詰まったの。


黙り込んだ私に、リリーさんが手を伸ばしてみて、って言う。

私は躊躇ったけど、言われるままにおっかなびっくり人差し指を伸ばしてみた。


小さな、熱い程に温もりを持った手が、ふにゃりと、予想以上に強い力で私の指を握ってくる。


ただ、それだけのこと。


幼い子供の本能でこの子はしているだけのこと。


そう、それだけのこと。


それだけの、ことなのに、



ふやり、と私の指に、ふにゅふにゅとした手が触れた時、私の目がじんわりと熱くなった。


じわじわと目の縁から涙が滲み出る。


リリーさんが、「抱いてみる?」というから、戸惑いながら頷くと、あっさりと赤ちゃんを私の腕に預けてくれる。


抱き方を教えてもらいながら、すごく脆い存在を間違って傷つけてしまわないようにやっぱり私はびくびくしながら抱っこした。


ゆっくり抱いて、それでようやく腕の中の赤ちゃんの顔を見る。


赤ちゃんの不思議な色を混ぜ合わせたような瞳がじっと私を向いていた。

お母さんから引き離されてもちっとも泣く素振りを見せない。


それから、赤ちゃんは、私の目を見て、またふにゃふにゃって笑ってくれたの。



この子は、何度も何度も、笑ってくれる。



視界はだんだんぼんやりとしていったあと、それから次第にゆらゆらと揺れ始めた。

なにがなんだかわからずに、私は無性に泣きたくなった。



リリーさんが、「あら、おねえちゃんだって、わかったのかしら」と呟いて、「ほら、シュリィ、エイダおねえちゃんよ」と、彼女らしいのんびりした優しい声で赤ちゃんにそう言うから、私はとうとう嗚咽を漏らして泣き始めた。肩が震えた。


なにかが決壊したように、涙と嗚咽ばかりが呼んでもないのにやってくる。

ひっひっと、情けない声が、痙攣した肺から漏れた。


リリーさんが驚いて、けれど少しの後に、何も言わないで赤ちゃんごと私を抱きしめてくれたんだ。

赤ちゃんも、リリーさんも、とても温かい体温がした。


だから、私の涙は、全然、止まらなかった。




一番年下のアビーがこの村に生まれた時、私はだいたい2才くらいで、記憶はあやふやだし、私が拾われた時には既にアビーはこの村に生を受けた後だった。


だからとはいわないけれど、私はやっぱり、弱気になっていたんだと思う。


「村の子供はみんな兄弟。年が上の子はみんなのおにいちゃんでおねえちゃん」

そういう村の大人の言葉が、ようやくこの時になって身に染みてわかったような気がした。




「うー、うー」


赤ちゃんが私にそのぷくっとした手を伸ばす。

涙でべとべとになった頬にひたひたと触れてくる。


ぺたっとした感触に私は思わず笑った。


「心配してくれてるの?」


「うー、あーっ」


にぱっと、赤ちゃんが笑う。



木漏れ日みたいだ。



ほんとうに、心の底から、そう思った。


穏やかな午後の、静かな部屋に窓から零れる、木々の青々とした葉を透けて通ってくる優しい木漏れ日みたい。



眩しかった。



ふと思った。


いい、おねえちゃんになれるだろうか


ちゃんと、この村の一員に



大好きなこの村の一員に、なれるだろうか




赤ちゃんの顔を見る。

この子の目が、きらきらと輝いて見えた。


勝手な願望がそう見せたのかもしれないけれど、私が頑張るにはそれで十分。


だいじょうぶだと、言われた気がした。



だから、私はきっと、だいじょうぶ



ぼろぼろと涙を落としながら、それでも私は笑ってた。

自然と胸のずっと奥から湧き上がってきた笑顔だった。

赤ちゃんの小さなおでこに私も自分の額を寄せる。

海みたいな赤ちゃんの目を見て、私は静かに目を伏せた。




私は、きっと、だいじょうぶ











あ。

それから、言うのをうっかり忘れていたけれど、


その赤ちゃんの名前は、シュリィ。



誰かを見れば必ず笑ってくれる小さな赤ちゃん。





リーズ村の、シュリィ




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