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17、リーズ村(17)

待たせていた自分の騎獣の首を一撫でしたところで、ジークムントはふと手渡された小さな花のことを思い出した。






「まって!」


呼び止められた男たちは、その子供の高い声に足を止めた。


制止されるとは思っていなかったのだろう、振り返ったその顔には引き止められたことを驚く色がちらちらと見え隠れする。


とてとて、少しだけ開いた距離を子供の足が歩み寄った。

当然のことながら歩幅が小さい。


子供が自分の目の前に立って、ジークムントはその顔を覗くように自然と身を屈める。


子供の睫毛が上下する。


音もなくその幼い手が自分に伸びて、そこにある三輪の花に彼は気付いた。


(・・・キューの花、か)


平安を祈る花だ。


すっと伸びた細い茎を持たれた花は、その重たい頭をゆらゆらと不安定に揺らしている。

白い花弁が日の下で瑞々しい。


言葉を発する前に、問うように子供の目を見ると、怯えた様子もなくその子は口元にほのかな笑みを浮かべた。


何故だかその微笑がどこか子供らしからぬもののような印象を三人の男に与える。

そのせいか、その瞳は思慮深い色を湛えているようにも見えた。


柔らかな風が吹く。

細い髪が数本、子供の頬をなぞっては元の位置に戻った。



「ごぶうんを」



子供の声には独特の響きがある。


その声が発した意外な言葉は、思いのほか、男たちの胸に染みた。



ご武運を



(まさか、こんな子供に言われるとはな・・・)


ジークムントは微苦笑をその頬に乗せた。

よもやこの辺境で、頑是ない子供に身を案じられるとは。


差し出された花に手を伸ばす。


男の無骨な手と、子供の頼りない手が交差する。


「ありがとう」


言うと、途端に子供の顔にあどけない笑顔が咲いた。







そういえば花を三本預かったままであったのに気付く。

きっちり三本だったから、三人に、ということなのだろう。

渡せば、ライナスもロイスも心得たように黙って受け取る。


「安寧願う花、ですか」


手に取ったキューの花を見ながらぽそりと零れたロイスの呟きにライナスは苦笑した。


「耳が痛いな」


「僕らとは無縁の言葉だからねえ」


飄々と肩を竦めてみせた後、不意に何かを思い出したのかロイスは歩いてきた道、

あの子供がまだいるであろう方向へと顔を向けた。


細い道の脇に緑の雑草が茂っている。


「そういえばあの子、笑ってたね」


「いつ」


「ほら、あのご老人のお宅で団長と目が合ったときだよ」


彼の指摘にライナスは自分の顔が見る見るうちに呆れたといわんばかりのものへ変わるのを止めることができなかった。


ロイスの観察眼は折り紙つきだ。


同僚としてそれは頼もしくもあるが、時に彼の性格上その特技は厄介極まりない。

ほんと勘弁してほしい。いや、まじで。


過去のロイスの所業を少なからず目の当たりにしてきたライナスの胸には何やら苦いものが込み上げてくる。


「おまえは、ほんとうによく見てるよな」


わずかばかりの皮肉も言いたくなるというものだ。


それにロイスはにこやかに応じた。


「なんだか含みのある言い方だね」


一見、人畜無害そのものの笑みに不穏なものが混じり始める。

ライナスはすかさず表情を改めた。


「・・・含んでないぞ、なにも」


ロイスの片眉が器用に持ち上がるのを見て、なんとか弁明すべく、ライナスは再度口を開きかける。


そんな二人の応酬を止めさせたのは上司であるジークムント、ではなく。

ライナスの手にあるキューの花に、人間二人のやりとりを知ってか知らずか、我関せず、ついと顔を寄せた彼の騎獣だった。


頭を下げ、なにやら熱心に鼻を近づけ匂いを嗅いでいる。


気付いたライナスは固まった表情筋を解して、その首を撫でてやった。


「食べるなよ、アルド。贈り物だ」


主の言葉に騎獣のアルドが了承しているといわんばかりに一度鳴く。

しかし依然と顔は寄せたままで、どうもこの花に興味を示しているようだった。


「あの子の移り香でもするのかな」


首を傾げるロイスに、ライナスも頷く。なるほど。


「おまえ、熱心に見つめられてたからなあ」


首が転げ落ちるんじゃないかと思うほど、騎獣を熱い眼差しで凝視していた子供の姿は記憶に新しい。

珍しくこの魔獣がたじたじとしていたのは見物だった。


からかわれたと感じたのかアルドがふんと花から顔を背ける。


正直者め。


ライナスは苦笑した。



珍しいといえば、と前置きをして、


「団長に花を渡されるというのも変な感じですねえ」


受け取った花を片手で手持ち無沙汰にくるくる弄びながらそう軽口を叩くロイス。

確かに。

まさか部下に花を手渡すことになるとは思わなかった。妙な光景だ。


「なんなら頭にでも飾っておけ」


かつて酒の席か何かの罰ゲームでロイスが女装をやらされ、しばらく不機嫌であったのを知っていたジークムントは当時のことを思い出してそう言った。


ロイスの手が、花を回すのを止める。


ただでさえ男臭くないロイスは入団した当初、それはそれはかわいらしい容姿をしていた。


今でこそ数多の女性ファンがいるしなやかな筋力を持つ立派な美青年だが、少年時代はよく美少女と間違われたものだ。


それをネタに周囲から、からかわれたり馬鹿にされたりすることは言うまでもなく、多かった。


そんな輩に小指の爪の先ほどの容赦もなく彼が報復を成功させたのも久しいとはいえ、少なからず、彼なりに根に持っていたり気にするところがあるらしい。


ロイスがにわかに柔和な笑みを浮かべる。


目が笑ってねえよ、とライナスは思わず半歩後ずさった。


「いいんですか?そのまま、団長に貰っちゃったーって言って回りますよ?」


「お前な・・・・・」


心底嫌そうな顔を浮かべるジークムントの傍ら、ロイスが髪に花を飾って、砦のむさ苦しい集団の中を笑顔で闊歩する姿を想像してしまったライナスも彼に負けず劣らずげっそりとした表情を浮かべる。気味が悪いことこの上ない。さらに加えてなにか空恐ろしい。


ふたりの表情に満足したのか、くすくすと悪戯が成功した子供のように笑うロイスからライナスは密かに目を逸らした。こいつなら、やりかねない。


逸らした視線の先にアルドが関心を示していたキューの花が映りこんで、ライナスはふっとあることを思い起こした。


(・・・それにしても、)


「それにしても、あのご老人の最後の言葉は、どういう意味でしょうね」


ふざけたことを言いながら、ライナスが考えていたことを同僚もしっかり思い返していたらしい。


真面目な声音へと変え、同じ疑問をジークムントへ投じたロイスに、ライナスもまた口を閉じたまま上官へと目を向ける。


二人の部下に視線を投げられたジークムントはわずかに眉間にしわを寄せた。







一礼した彼らに、椅子の上ながらもムク爺は頭を下げ返礼し、それから気まぐれのようにジークムントへ告げた。


「先程ああは申し上げましたが、」


ジークムントが無言で老人に目をやる。


ムク爺はどこか楽しげに言った。


「村長が不在でなくとも、あの子は恐らくまっすぐこちらへ来たでしょう」


どういう意味かと視線だけで問うたジークムントに気付いているだろうに、ムク爺は何も答えない。

ただにこりとどうにも読み取れない笑みを浮かべると、老人は締めくくった。


「お気をつけて」







あの時の古老の言葉は、ジークムントだけではない。

ロイスとライナスの耳にも入っていた。


老人がそれを意図したかどうか、定かではないが、しかしその瞳の奥にはほんの微少ではあるが、期待のような何かが包み含まれていたと思う。


「・・・あの村では、恐らくあのご老公が指導者に近い存在なんだろう」


「ご老公、ですか。確かに、威厳のある貴人のような趣の方でしたね」


「結局村長から長老へと伝わるのならば、真っ先にその長老へ伝えて長老自身から村長へ話がいった方が効率がいい場合もある。・・・つまり、そういうことなんだろう」


どこかぶっきらぼうにそう結論付けたジークムントにライナスが目を見開く。


「・・・まさか、村長が不在であったから長老の下へ来たのではなく、あの子自らそう判断して来た、と?」


「少なくとも、あのご老人はそう考えているんだろう」


「確かに賢そうな子でしたけど・・・。まだ年端のいかない子供でしょう。買い被りすぎでは?」


一方、ロイスは驚いた様子もなくいつもと変わらぬ表情でそう言う。


ジークムントもそれに異論はない。


「だろうな。朦朧したようには見えんが」


「やっぱりかわいいんでしょうね」


しみじみとライナスが呟く。

まあ、そういうことなのだろう。


内心で同意しながら、ジークムントは最後にその老人の家がある方をわずかばかり振り返ると、あとは何も言わず、これで仕舞いといわんばかりにさっと騎獣に跨った。


それを合図に、部下の二人も口を閉じて従う。


ジークムントの騎獣が一度足を上下させた。


待ちくたびれたらしい。


子供を乗せてから、ずいぶんゆっくりと歩かせていた。

騎獣の彼らからすれば、物足りなくてしょうがなかったのだろう。


案の定、村を抜ければ、子供を乗せていた時とは比較にならないほどの速度で騎獣たちは駆けた。


あとは会話をすることもなく、本隊が待つ砦をただ黙々と目指す。

恐ろしい速さで小さくなっていくその村の姿を、肩越しに見返すなんてことはもちろんしない。


そうやって彼らはリーズの村を後にした。







その子供と再び相見え、浅からぬ縁で繋がっていくことになろうとは、この時、三人のうち誰もが想像すらしなかったのである。




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