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11、リーズ村(11)

まだかなり幼い子供が草原からひょっこり現れて、三人はそれぞれ差はあれどやはり多少は動揺した。


警戒態勢に入っていた分、妙な気抜けとその対象が子供であったという気恥ずかしさが混じり合う。


一番に近づいたロイスが和やかに声をかけるが、子供はいかにも警戒しているようでその瞳に不審気な様子を隠しもしない。

数歩、ロイスから離れる素振りを見せた。


珍しい。


ライナスはひょいと眉を上げる。



ロイスの見た目は女、子供の受けがいい。

彼が微笑んでなお子供が怯えたままでいるのはあまり多くはない出来事だ。


物珍しいその光景に、ライナスは馬から下りた。


(よほどの人見知りか?)


それでなくとも、知らない男が三人も自分を見下ろしているのである。

まだ小さな子供だ。

怖がられても仕方がないのかもしれない。


よくよく、視線を向けてみる。



子供は女の子のようだった。


薄い桃色の簡素なワンピースが風にひらりと揺れている。

緑のなか様々な色が入り乱れる草原に、やたらとその淡い色は馴染んで見えた。


柔らかな茶色の髪に、微かに青味がかった深い緑の、黒に近い曖昧な色合いの瞳。


茶は一般的な髪色であるし、個人差はあれど混じり気のある瞳も大衆的で、どちらも広く見かけることの多い色だ。


顔立ちも一際整っているわけでもなく、崩れているわけでもなく。



どこにでもいそうな、ごくごく普通の子供である。



小さな子供が両手に花を抱えて草原に立つ姿はどこか牧歌的だった。


馬から下りた足をそのままそちらへ向けるが、子供はライナスに気付く様子がない。

彼が子供の傍らに立った時、子供はジークムントをまじまじと見ていた。

観察するようにじっと目を向けている。


我知らず、ライナスは苦笑した。


(これは、・・・怖くて固まっちゃった、か?)



ジークムントは眼光鋭い男だった。


とはいえ、目つきが悪いわけでもなければ意図的に睨んでいるわけでもない。

有体に言ってしまえば、そう。



「なんか怖い」男、なのである。



無愛想でも仏頂面でもないのだが、何かが怖い。


近寄りがたい空気があり、何とはなしに漂うどこか圧倒されるような威厳が凡人を軽々とは寄せ付けない。


ライナスやロイスはそれがジークムントという人間のそれまでの経歴が圧縮された一遍だと知っているから今となってはちょっとやそっとでは動じないが、幼い子供にはきつかろう。


騎士団に入ったばかりの頃、ジークムントに視線を向けられたとき、思わず固まってしまった自分を思い出す。

かわいそうに、とライナスはひとり、同情に近いものを子供に感じた。


そのときふと、子供の視線がこちらに向く。


それでようやく自分に気付いた子供が、いつのまにか身近に人間がいたことに驚いたのだろう、自分に大きく目を見開くのを見ながらライナスは目線を重ねるように膝を折った。




「やだな、そんな怖い顔するから怯えちゃってるじゃないですか。」


「悪かったな。地顔だ。」


ロイスとジークムントのいつもと変わらない他愛ないやりとりが耳に入る。

それを溜息一つで聞き流し、ライナスはなるべく優しく聞こえる様な声音を作って子供に声をかけた。


「リーズの子、かな?俺たちリーズの村長に会いに来たんだけど・・・」


しばらくライナスを凝視していた子供は何を思ったのか一度小さく身震いをする。


(あー・・・。怯えさせたか?)


幼い子供だ。

その子がちらりとではあるが恐れのような何かを表情に浮かべる姿を見ると、なんだかひどく悪いことをしたような気がしてしまう。

自然と眉が下がるライナスに、子供は途端にどこか申し訳なさそうな顔をした。


そのままきゅっと草花を抱えた両手を胸元で握り合わせて、一度目蓋を軽く伏せる。

子供特有の頬の丸みに一房の髪が垂れた。


さわさわさわさわと、草の中を風が走る軽やかな音がする。


子供はそれからすぐに顔を上げ、再びライナスの顔を正面から見つめ返し小首を可愛らしく傾けた。


「おにいさんたち、だあれ?」


たどたどしい発音で、やはり子供独特の高い声がした。


振り返ったライナスに、ジークムントは無言で頷き、その落ち着いた渋味のある声を響かせる。


「王室騎士団の者だ。少し、この村をまとめている者と話がしたい。」


子供は「おうしつきしだん、」と舌足らずに呆然と繰り返した。


ライナスとジークムントが思わず微妙な笑みを浮かべる。


天下の王室騎士団もあどけない子供が言うとどこか頼りなく和やかだ。

つい気が緩みそうになる。


そんな二人を視界の隅に、ロイスが穏和な様子で声をかけた。


「お嬢さん、誰か大人か、そうでなくてもお友達とかと一緒ではないの?」


子供はふるふると首を横に振る。


「一人で来たのか?」


更にライナスが問うと今度は一気に眉を下げて弱ったような顔をする。

その様子にライナスはもう一度、ひょい、と片眉を上げた。





実際シュリィは困っていた。


普段なら一人で出歩いたりはしないのだ。

当たり前である。

シュリィは少なくとも体は正真正銘三才児なのだ。

おいそれと外へ大人が出してくれるはずがない。


だから今日は忙しい母の目を盗んで一人で来た。

知られれば怒られるのは間違いない。


普段とても穏やかな母は怒るとそれはそれは怖い。

シュリィはもちろん愛妻家の父親も揃って頭が上がらない。


我が家の天気の命運は、その大部分を母が握っている。

冬将軍、いや氷河期の到来などになっては堪らない。


シュリィは懇願した。


「ないしょにしてください」


うん?と首を傾げるロイスに更に言い募る。


「おかあさんにひみつできちゃったの」


思わずライナスは小さく噴出した。


突然必死な顔をするから何かと思えば。

なんとまあ、子供らしいお願いだ。


(・・・・いや、まあ、なんていうか)


健全、というか。

平和そうでなによりだ。


この子の村はきっといい村に違いない。


そう思って、ちらりと村の方を見遣ったライナスは、そこではっと本来の目的を思い出した。


口元に浮かんでいた笑みを切り替えるようにさっと消して、直属の上司であるジークムントを振り返り視線を交わす。


思いがけずこの小さな子供の登場に和んでしまった。

我々は任務の途中なのである。

落ち着いてばかりはいられない。


さて、この子供にばかり構っているわけにもいかないのだが、どうみてもこの子供、一人で出歩くには幼すぎる。

いくら村が間近とはいえ、それにしても一人にさせるにはまだまだ小さい。

放っておくのは気が引ける。


というのは、ライナスもジークムントも同じであった。


頷いた上司に、ライナスは了解して再び子供の顔を覗く。


子供はきょとんとした顔でライナスを見た。

真っ直ぐとしたいい瞳をしている。


「村長の家は知ってるかい?」


当然この幼い子供に本気で案内してもらおうとは思っていない。

それを口実に親の元か、少なくとも大人のいる所へ連れて行く算段である。


一方シュリィは内心で首を傾げた。


こんな子供に案内を頼むのだろうか。


シュリィにはちゃんと村長の家まで案内できる自信がもちろんあるが、何しろ外見は歩くのもたどたどしい幼児である。


それからちらりと村の入り口の方を一瞥して、ああ、と得心がいった。


幼児だから、だろう。


村から草原は見える。

大人の脚では数分もかからず着くが、三才児を一人で村から出して人のいない所に放置しておくのは確かに危なっかしい。


(騎士道に反するってやつかしら)


シュリィは大人しく首肯して静かに口を開いた。


「おつれします」






子供の言葉に、おや、と意外に思ったのは男三人だ。


この子供、その小さな外見に似合わずなかなか利発そうな喋りをする。


知ってるか、と問われて、連れて行く、と答えたということは少なくとも言葉を額面通りに受け取らず、意味を推し量るということを知っているらしい。


年の割にはしっかりと話すし、体が小さいだけで見た目よりも実際はもっと大きい年なのかもしれない。


ロイスはライナスの隣に同じように膝をついて子供の顔を見た。


「お嬢さんの足ではここから村までは辛いだろう?抱き上げるお許しを貰えないかな?」


いつも通りの微笑を乗せた顔を、子供はじっと見つめてくる。


端正な顔立ちをしているロイスは、幼いころから見られることに慣れていた。

仕事柄、人の注目を浴びることも多い。


しかしいつも初対面の女、子供から貰う視線とはどこか違う物も感じるような気がする。

ロイスは笑みを崩さないまま密かに子供を観察しながら、内心でひとり首をひねった。




一方シュリィはその綺麗な顔を眺めながら慄いていた。


生まれてこの方「お嬢さん」なんてめったに呼ばれたことはないし、日本では通常の一般的生活を送っていればこんなにあからさまにフェミニズムを前面に出されることはほとんどないといっても過言ではない。


しかも初めて生で見た紳士的な対応とこのセリフ。

ここは現代日本人として寒いとかくさいとかこいつだいじょうぶか?とかそういうことを冷たい視線で言うのが使命とも自分では思うのだが、なかなかどうしてロイスがするとなめらかに見えてしまうどころかなんとも目に映える。


ドン引きしてもいい場面で、思わず自然に流されて彼に見入っている自分にシュリィは気付いた。


これでは見惚れる人間も少なくないはずだ。


この男、穏やかな顔をしておいて難しいことを飄々と己の魅力と化している。


容姿に似合うのはもちろん、物腰柔らかに嫌味も違和感もなくやってのけてしまうその手腕、意図的かそうでないかは知らないが、どちらにせよよくよく考えれば恐るべきものである。


(さり気なく女の敵だ・・・っ!)


ほのかに、しかし確実にどこか漂うその雰囲気に、シュリィは出会ったことのない脅威を感じた。


抱えられることに抵抗はない。

この三年間で慣らされたと言ってもいい。

内情はともかく、実際に自分は三才児なのだ。


しかし何故だろう。


とにかくこの男性に大人しく抱っこされるのは、野宮朱里の28年間が妙に頑なに拒絶するのだ。

理屈じゃない。

なけなしのなんだかわからないプライドである。


だが、来るときにも思ったが、三才の足には村からここまでは思っていたよりも負担があった。

楽をできるなら少しでも楽をしたい、とも思う。


なにせ精神的には立派な三十路。


日本にいたころは、近所の悪がき共に「おばちゃん」と呼ばれても、いちいち大なり小なりショックを受けていた時期を乗り越えて、そろそろ鼻で笑って流せる技術を身に付けつつあった。


無精者といわれようが、省けるものは省きたい。省エネは大事。



悶々とした後シュリィは踏ん切りをつけて手を伸ばした。




突然小さな手に服の裾を掴まれたライナスが、ぱちぱちと瞬きをした。


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