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ホラー短編

It's a zombieful world

作者: まあぷる

ゾンビなんてものは映画や小説の中に出てくる架空のモンスターだって、つい最近まで俺も思ってたさ。 

 いつものようにコンビニに夜食を買いに行った。満月が怖いくらい大きく輝いていて、つい空を見上げながら歩いてたら、何だかもやっとした霧のようなものが目の前にあるのに気が付いた。こんな夜中に霧なんて出るのかなあと思いながら先に進む。じっとりとした湿気が身体中に纏わりついて、嫌だなと思った次の瞬間には不快感は嘘のように消え失せていた。

 いつものコンビニに入ると、店内には数人の客がいた。珍しく親子連れもいる。新製品のカップラーメンとお茶のペットボトルを持ってレジに並ぶ。小さな女の子を連れた女性が俺の前にいる。

「ママ、あれ買って」

 子供が指差したのは、レジ脇のケースの中に並ぶ丸いコロッケのようなもの。その横には太いソーセージが並んでいる。

「いいわよ。コロッケ一個、お願いします」

 店員がトングでそれを取り、小さな紙の袋に入れる。

「今食べるー」

「しょうがないわねえ。零さないようにね」

 お金を払った母親が袋を受け取り、子供に渡す。女の子がコロッケに齧り付くと、ぷちっと音がして赤い粘った液体が口から溢れ出てきた。よく見ると赤っぽい紐みたいなものがコロッケから伸びていて紙の外にぶら下がってるのが見える。うえっ、気持ちが悪い。

「お客様、お会計ですか?」

 レジに目を向けると、満面に笑みを浮かべた店員が俺を凝視していた。慌てて横に視線を逸らす。さっきのケースが視界に入った途端、ぞっとした。コロッケの衣が薄くて中身が透けて見える。それは目玉そっくりに思えた。その横にあるのは細切れにされた腸みたいなソーセージ。下の段には今にも鼓動を始めそうな心臓っぽいものが並んでいる。気持ちが悪いほどリアルだ。なんなんだこれ? ああ……あれか、ハロウィンが近いからジョークでこんな商品を売ってるのか。アメリカのこんな感じのお菓子の写真をネットで見たことがあるけど、いくらなんでも悪趣味過ぎるだろう。

「お取りしましょうか?」

「い、いや、いいです。でもこれ、本物みたいで、ちょっと気持ち悪いですね」

 途端に店員の顔から笑顔が消え失せた。俺、何かまずいことを言ったんだろうか。

「いや、本物ですよ。今朝、人体から取り出したばかりです。うちはまがい物なんか置いてませんよ」

 これってジョークなのか?

「あ、そうなんですか……すみません」

「いえいえ。うちの商品はゾンビの健康を考えて、オーガニックな餌を与えた人間を使ってますから評判がいいんですよ」

「あはは。いや、俺はゾンビじゃないんで遠慮しときますよ」

 軽く受け流したつもりだった。

「え? お客さん、ゾンビじゃないんですか?」

「そう。俺、人間だから」

彼の目がまるで肉の塊を見つけた腹ペコの犬みたいに輝いた。何故かは判らないが、俺の本能がここにいたらやばいと警告してくる。

「あの、俺、急いでるんで会計してください」

「ああ、すみません」

 店員は俺を見つめたまま、ラーメンとお茶をビニール袋に入れた。震える手で代金を放り出すように置くと袋を掴んで急いで店の外に出る。振り向いてみると、客が皆、俺の後を追うようにぞろぞろと出てきていた。何だか物凄く怖くなって俺は全力で走り出した。数分後、立ち止って後ろを振り返ると誰もいない。心臓が破裂しそうだ。なんだこれ、なんだこれ。まさか、あいつら全部……ゾンビなのか? 


 いや……いや。落ち着け。俺って馬鹿じゃないのか? ゾンビなんて実際にいるわけがない。そうだよ。たまたま店を出るタイミングが一緒だったってだけだ。店員の演技が上手すぎてビビっちまった、畜生。おまけにどうやら道に迷ったらしい。自分が何処にいるのか皆目見当がつかない。住宅街はしんと静まり返っている。落ち着いて周りを見渡すと遥か向こうに大きなマンションが見える。そうか、あっちへ行けば駅へ出る。とにかく行ってみよう。しばらく歩くと見なれた通りに出た。よかった。駅前通りはいつもと同じだ。大勢の人間がうろうろと歩きまわっている以外は。おかしいなとは思うけど、さっきのコンビニほどじゃない。家に帰りたいけど、何となく戻るのは嫌だ。そうだ。今夜は終夜営業のバーガーショップにでも寄って夜を明かそう。俺はMの文字の看板が明るく光る店に入ると、カウンターの上方にあるメニューを見上げた。

『秋の新製品 月見マンバーガー』

 ああ、もう秋のメニューが……って、マンバーガーってなんだ。よくみると他のメニューも全部マンバーガーになっている。いつの間に商品名が変更されたのだろうか。まあ、いいか。とにかく今は休もう。

 俺はマンバーガーとかいうのをひとつとアイスコーヒーを頼み、トレーを持って席に着いた。

 ちょうど真後ろの席に若いカップルが座っていて、話し声が聞こえてくる。

「ここの肉ってみんな養殖だよね?」

「ああ、もう野生の人間なんてめったにお目にかかれないよ。俺も一度は食ってみたいなあ」

「あたしも~。出来たら生きのいい奴の腸が食べたい」

「俺は肝臓かなあ」

 何だか会話がホラーすぎるが、ホラー映画でも見てきたんだろうか。

「マンバーガーひとつと、フライドハンドひとつください」

「左右どちらになさいますか?」

「右で」

 注文の声が響いてくる。しかしフライドハンドって。ここもハロウィンの特別メニューなのか。

 今夜は何もかもが悪趣味だ。とにかく腹を満たそうとマンバーガーなるものに齧り付く。なかなか美味いけれど、ビーフとは違うようだ。何の肉だろう。そう思った時、こりっと固いものが歯に触れた。掌に吐き出してみる。これ……爪だ。爪のついた細い指の先だ。一気に吐き気が襲ってきて、トイレに駆け込む。これはもう間違いなんかじゃない。こいつら……人間を食ってるんだ!

 ゾンビ。生ける屍。そういえば、ゲームセンターでよくゾンビ・ゲームをやって銃を撃ちまくったっけ。でも、今の俺には武器も何もない。奴らに気付かれないように店を出て、何処かに隠れなくちゃいけない。

席に戻りトレーを持って、そっと出口に向かう。ラーメンを忘れたがもうどうでもいい。慌てずゴミを捨てて店を出る。誰も気付いてないようだ。外には普通に車が行き来しているし、見た目には元の世界となんら変わってはいない。少しほっとして歩き始めた途端、後ろから腕を掴まれた。

「お客さん、おつりを忘れてますよ」

 振り向いた瞬間、何かが頬を掠めた。慌てて頬を押さえると、鋭い痛みと共に血が噴き出してきた。

「な……あんた、何を!」

 そこに立っていたのは先ほどのコンビニの店員だった。俺の顔を食い入るように見つめながら、ぺろりとナイフについた血を舐める。

「やっぱり人間でしたね、お客さん」

 店員は包丁を構えて、俺に襲いかかってきた。必死で突き出した拳が偶然にも敵の顎を捕え、店員はその場に尻もちをつき、包丁を取り落とした。俺は急いでそれを拾い、立ちあがってなおも襲ってくる店員に向かってやたらに振り回した。ギャッという声に我に帰ると店員の腕から血が流れている。墨のようにどす黒い血が。

 俺は踵を返して走り出した。とにかくここから離れなくては。走りながら振り返って見ると、大勢のゾンビが追って来ていた。路地に逃げ込み、混乱する頭の中で考えた。この世界に来たのはあの変な霧を抜けたからだ。ということは、あの霧を探せば元の世界に戻れるかもしれない。だが、もうすぐそこまでゾンビの群れは来ている。神様、俺を助けてください。あいつらに食われるのなんて絶対に嫌だ!

 もうこれ以上は走れないと諦めかけたその時、道の向こうに真っ白な霧が見えた。しめた! あれに飛び込めば……。

 だが、俺はいきなり何かに躓いて霧の手前で激しく転んでしまった。どうにか顔をあげ、振り返ると小学3年生くらいの男の子が道路に足を突き出していた。

「やった! いっただっきま~す」

 おい、ずいぶん行儀がいいじゃないか。いい子だな。すでに抵抗する気力は消え失せていた。大きく口を開け、子供が俺の太ももに噛みつく。その途端、俺の後ろでゾンビどもが落胆の声をあげた。

「まったく、なんで噛みつくんだよ!」

「せっかくの天然ものなのに、もう食えねえじゃねえか」

 子供が俺から無理やり引き剥がされた瞬間、最後の力を振り絞って霧の中へと飛び込んだ。


「ありがとうございました!」

 真夜中、客を送り出して商品のチェックをする。今月新発売の串刺し目玉団子は売れ行きが好調だ。ようやくここの暮らしにも慣れてきた。住めば都って本当だな。

 あの時、結局俺は霧の中に飛び込めなかった。壁のように硬くなった霧に跳ね返されてしまったんだ。呆然と座り込んでいたら、誰かが傍に近付いてきた。例のコンビニの店員だった。

「残念だったね。もうその霧は抜けられないよ。それは人間しか通れないんだ」

 そう、その時点で俺はもうゾンビになっていたんだ。霧はすでに消えかけていた。悔しくて情けなくて、涙が出てきた。

「まったく、しょうがないな。とりあえず、俺の家に来な。こっちの世界のこと、いろいろ教えてやるよ」

 というわけで、俺は彼が店長を務めるこの店でバイトしている。

「あの時、あの男の子がうっかり噛みついてなきゃ、お前はとっくに俺達の腹の中だったよな」

 生きた人間を食べるには、刃物で捌かないといけないらしい。噛みついたら仲間が増えるだけだそうだ。

「でもお前はいい奴だし、今ではあの子に感謝したいくらいだよ」

 人のいい店長はいつもそう言って笑う。正直、それを聞くたび、ちょっと複雑な気持ちになるんだけどね。

 ドアが開き、最近気になってる女の子が入ってきた。今度、思い切ってデートに誘ってみようか。俺はここぞとばかりにとびきりの笑顔で声を張り上げた。

「いらっしゃいませ~!」

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