一日
二二二二年に来て早三週間。八月のうだるような暑さはまだ終わる兆しがない。何も起きない平和な清水市。町を巡回中の真。隆弘も巡回しているが、ここ三日は一人で巡回している。真も私服だった。生活安全課に制服はないらしい。課長を除いて。
真のフォンが鳴った。真が答えると、相手は無言のまま通信を切る。彼がいた時代の『無言電話』だった。彼がもたらした情報で殺人事件が解決したからだった。同僚のたちの悪い僻み根性だった。
昼になり、いつもの蕎麦屋、喜兵衛で掛け蕎麦を食べる。そろそろ栄養のバランスが気になってきたが、昼食の掛け蕎麦はどうしてもやめられない。隣ではやはり隆弘が掛け蕎麦を食べている。隆弘は「謎の中毒性がある。」とか、訳の分からないことを言っていたが、一番正しい形容かも知れない。
そして、夕方になり退屈な巡回が終わる。と思いきや、今日は夜の巡回が割り当たっていた。次の日は完全オフという役得もあるから、と思いたいところ。しかし、労働基準法はどうなってしまったのか、夜の巡回はなんと翌朝八時まである。それにこのところ夜巡|(夜の巡回)がほかの人に比べて極端に多い気がする。それを、何とも思わないのか、誰かに工作されているのか、高田課長は何も言わない。
夜八時。昼間の暑さを忘れ涼むことができる。夏の夜巡の唯一の楽しみだ。公園では十四、五歳の男女七、八人が花火で楽しんでいた。本来は禁止されているがこれだけで逮捕する気にはなれない。いつも目こぼしている。
深夜零時。まだあと八時間。先ほどの人たちはすでに居なくなっている。閑静な住宅街。明かりの消えた商店街。まだ寝静まらない飲み屋街。
「お疲れ様です。」
「あ、お疲れ様です。いつもあなたですね?」
すれ違った何の課かわからない男の制服の警官に声をかける。
「そう言われる、あなたもじゃないですか?」
「いえ。私は住民課の夜巡係ですので勤務時間は夜なのですよ。」
へぇー。そういう人たちがいるのか。
「でも、あなたは違いますよね?」
「はい…。生活安全課ですが、このところ四日に一度ですよ…。」
大げさな話ではない。これが事実だ。
「それは大変ですね。…無駄話はこれくらいにしておきましょうか。」
「そうですね。では…。」
フォンが鳴った。
「はい。」
「…。」
これで通信は切れる。例の無言通信。相手はもうわかっている。彼を僻む同僚だ。
確かこの人、今日はオフだ。わざわざ嫌がらせのためにご苦労なことだ。
眠気を噛み殺してあと三時間。真夏の朝日は東から照り付け、空を青く染める。こんな時に事件でも起こったら厄介なことこの上ない。幸い、事件は起こらなかった。
午前八時。生活安全課デスクルーム。同時に出発した生活安全課の人たちは、酒臭さをまとい戻ってきた。彼は報告書を高田課長のデスクに置いて行った。本来、わざわざ課長室まで行く必要はなく、データを送信してしまえばよかったが、この日は課長以外に見られたくない情報があったのでそうした。
「お疲れ様でした。」
課長のフォンにデータを送信した同僚たちはみんな帰って行った。
真も隆弘の家に帰った。相変わらず狭いあの家に。
「ただ今戻りましたー。ZZZ」
彼はワンルームの中央で眠りについた。