宮城真
翌日。応接室。
「昨日はすいませんでした。」
真は突然課長に謝って、課長を驚かせた。もちろん、意図せずに。この機械が簡単に直ることを忘れていた。
「何のことだ?フォンなら心配はいらないよ。安藤から聞かなかったか?」
「あ…。」
思い出して突然自分の大げささに気づいた。
後ろからノックの音が聞こえる。
「安藤です。リペアデータお持ちしました。」
「入りなさい。宮城はそこで。」
ドアが開くと、そこには隆弘がいた。真は若干疑問に思った。なぜ、外回りしていないのか、と。
「安藤ので、どれくらいだ?」
高田課長が訪ねた。
「ざっと二、三分ですね。」
隆弘が答えると、マイクロSDカードほどのチップをフォンに挿入した。フォンから画面が展開され、文字が浮かび上がる。
リペアデータ同期中。
リペア完了。
扱っているデータの量はかなり多そうなのに、データの修復に五分と待たない。二百十年の間の科学の進歩に心底感心した。
「見たか、真?」
唖然とする彼の顔を見て、隆弘はしたり顔で言った。
「早いですね…。」
たかがこれだけのことに焦った自分が馬鹿だった。
「昨日の話だが、ここで働く気はないか?」
ここで?警察か?
「課長、真はデータを…。」
何故か隆弘は言葉を詰まらせた。
「俺、フォンも持ってないですし…。」
「フォンなら支給される。使い方も教える。…むしろお願いしたい。頼む…!」
頼まれて嫌とは言えないな。それに、安藤さんが言葉を詰まらせた理由も知りたいし。第一、行く当てもないし。
「わかりました。こちらこそ、お願いします。」
真は承諾した。
「真…。」
隆弘は心配そうな声を上げる。それに比べて高田課長の声は弾んでいた。
「本当か?よかった…。今の生活安全課には君が必要だからな。」
他に居ないわけではないだろうが、人の頼みを蹴ることは真には難しいことだった。
清水署のデスクルーム。とはいっても、パソコンがないこの時代ではただの休憩所。驚いたことにすでに真のデスクが用意してあった。理由を聞くと、「データは速いからな。」と隆弘は言った。
「これが、警察専用カスタムのフォン。通称、ポリスフォンだ。このうちから、どちらか選べ。見た目の問題だ。感覚で選んでいい。」
真の前にリストバンドと腕時計が差し出された。どちらも何も変哲もなく見える。これが空中に映像を投影し、データのやり取りをするとは思えない。しかし、それこそがフォンだった。
彼は、腕時計型のフォンを手に取って左手首につけた。
「よし。それは何があっても外すな。次は…、使い方か。左手をかざして投影させるように指示しろ。言わなくていい。そう思うだけだ。」
なんと!脳波で制御するのか…。大した進歩だ。
真の驚嘆した顔を見て隆弘は薄ら笑みを浮かべた。真は左手を少し上げて映せ、と心の中で言った。すると、真の手元で青白い板のようなものが広がった。そこに文字が浮かび上がる。
「触れてください。」
真は右手で左手首のフォンに触れた。その様子を見ていた隆弘は笑い転げた。笑い声が人の少ないデスクルームに響き渡る。真は自分の間違いに気づき慌てて修正する。右手で画面を触れようとしたが、右手は空を切る。そして、隆弘はまた笑う。
そうか、左か。
左手で画面に触れる。そして次の画面に移る。
「ああ、やっとそこまで行ったか。ホント、腹筋崩壊するっての。あはあはは」
まだ笑っている。
「こっちは真面目なんですけど…。」
「とりあえず次。お前の場合、ここで同時にデータも作る。」
と、隆弘が言った。
なんだ。ここで作成できるのか。
「データは留年したとき、就職したとき、結婚したとき、死んだときに更新する。お前は就職したときにゼロから一気に更新する形になる。」
真は画面の指示に従いデータを作成しながら言う。
「もしかして、データがないのってそこまで重大な問題ではなかったのでは?」
「まあな。でも、相手はデータを持っていることを前提に話をしていくし、正直言ってカードやデータを持ってない人と会うのは人生に一度あるかないか。」
隆弘は真に顔を近づけて小声で言った。
「それに、データを持ってない奴にロクな奴はいない。暴力団かチンピラだ。」
なるほど。見方によっては大問題だな。
データの確認をしてください。姓、宮城、名、真。性別、男。生年月日、一九九四年五月六日…。しまった!これでは、彼は二百二十八歳だ。
「ん?あははははは」
隆弘がまた笑い転げる。真は隆弘の壺の浅さに心底ウンザリした。
急いで修正した。
姓、宮城、名、真。性別、男。生年月日、二二〇四年五月六日。職業、警察官。所属、清水警察署生活安全課。等級、一般。
「これで問題ないですか?」
「ああ。あはは」
まだ笑っていた。一体いつまで笑い続けるのだろうか。死ぬまで同じことで笑い続けるのだろうか。真には知る由もなかった。
真はデータを確定した。無事、データも作られた。そして、カードも無事手に入った。