二二二二年
真は消波ブロックの中で身悶えた。激しい頭痛と貧血、さらには脱力感があった。
「えっと…。…そうだ、釣りをしようと思って…だったか?」
彼は立つことさえ叶わない状態で、混乱した頭を整理した。釣竿は上にあることを思い出して、痛みをこらえながら消波ブロックをよじ登る。防波堤の上について、彼は目を疑った。
「…!どうなってるんだ?」
竿も餌もない。盗まれたのか。ある物は風化したコンクリートと、今にも崩れそうな廃屋。釣具屋だったその建物から出てきたはずなのに、その建物は廃れていた。
真は防波堤から降りてあたりを見回した。もう、痛みを忘れるほど混乱した。
さっきまであった海沿いの栄えた港町が、荒廃して人の子の気配さえ感じないほど静かな、殺風景な廃墟の集合体になっていた。
真は一歩踏み出すと、何か固いものを踏みつけた。赤いアルミ缶だった。何の飲み物かもわからないほど塗装ははがれていた。ただ、赤い缶。
もう一歩踏み出すと、壊れた時計が投げ捨てられていた。もうすでに時を刻むことを忘れてしまっているようだ。修理することさえできないだろう。
アスファルトで固められた道路は管理のかの字をなく陥没して、あるいは、割れてとても車が走ることは出来なくなっていた。
分かるとすれば、どうやらかなり時間がたったことくらい。
空を見上げると暗雲が立ち込めた。真は近くの釣具屋だった廃墟に入った。
この釣具屋の主人は死んだか引き払ったかもういなかった。かといって、誰か別の人が店を経営している様子はなく、廃墟の中は落書きひとつなくもぬけのからだった。床に座ろうと床の埃をどかしてその場に座った。
混乱してもどうしようもないと自分に言い聞かせ心を鎮めると、頭の痛みが蘇った。が、さっきより少しゆるい。時間が痛みを鎮めるならと思い、彼は眠りについた。
朝日が昇る。廃墟を明るく照らす。小鳥のさえずりが聞こえる。彼は目を覚ます。頭痛はすっかり消えていた。彼はとりあえず、あるはずのない家に帰ることにした。道は変わっていないようで家だった場所に着くのには苦労しなかった。
「…!これは…。」
家はないことは予想していたが、まさか灰になっているとは思わなかった。見渡す限り灰だらけだった。どうやら、町中を巻き込む火事があったようだ。それも、かなり前に。
真は隣町まで歩いて行った。距離はおよそ十キロ。時間にすると二時間。激しい空腹感が疲れた彼を容赦なく襲う。
彼が隣町に着くころには東にあった太陽がちょうどてっぺんに来ていた。ジリジリと照りつける日差しは彼から体力だけでなく、水分も奪い取っていた。
「ちょっと、いいですか?」
ある男が彼に話しかける。男は私服警官なのか、少々ルーズな恰好しながらも警察手帳を真に見せる。
「なんでしょうか?」
真は聞き返す。すると警察官は質問する。
「このあたりで起こった殺人事件のことですが何かご存知でしょうか?」
「いえ、何も。私も今しがたここに来ましたから何も分りません。お役にたてずすいません。」
真はそう言った。
警察官は顔の右手を斜め下で開く。そこから、なにやら画面のようなものが浮かび上がる。そして、その画面に指を触れさせていく。すると、その画面に文字が打ち込まれていく。何かの書類を作っているようだ。どうやら今の聞き取り調査のことについての物のようだ。
「はい。じゃあ、そこから動かないでください。」
警察官は右手を真に向ける。画面が赤くなる。
『警告:住民情報に一致するものがありません』
そう、表示された。真から見ると逆向きに表示されていた。
「…!一度、署までご同行願います。」
真は警察署に行くことになった。もしかすると、この空腹を満たすかつ丼か何かがあるかも知れない。今は、そっちの方が彼にとって重要だった。