っとその前に
「なっ。フォンが起動しねぇ…。」
真は今さらのように思ったが、隆弘は知らなかった。それを知らないのは隆弘だけだった。先に踏み込んでいった隆弘は踵を返して戻ってくる。フォンが起動しなければ、メモを取ることさえできないからだった。
「どうする…?」
「どうしよう…。」
「雑貨屋行きましょう。」
真は提案した。彼はそこまで言えば理解できると思ったが、そうはいかなかったことに愕然とした。
「は?雑貨屋行って何するんだ?」
訳の分からないことを聞いたかのように反応する隆弘だった。
「え?スケッチブックと鉛筆を…。」
自分の言っていることに自信がなくなって、尻切れトンボになる。すると梓は軽く言った。
「行ってみようよ。ここにポート置いてさ。」
ポートとは転送用のポートのことだ。一度そこに置くとあとから自由に行き来できる。ただし、ポートを置けるのは誰かの私有地ではない場所、あるいはポートの設置を許可された場所だ。
「そうですね。では…。」
「俺も行くぞ。面白そうだし。」
面白くないけど…。
「じゃあ、あたしも。」
結果、全員で引き返すとになった。
三人で雑貨屋に入ると通路が狭い。小物を買うのにこんな人数は要らないが来てしまった以上、追い払うわけにはいかない。
「ねえ、宮城君。仕事以外で敬語はやめてね。あと、『梓さん』も」
突然そんなことを言われた真は戸惑った。ロクに女子と話したことがない彼にとっては半ば無理なことだった。
「わ…分かった。でも、なんで急に?」
「ん?何となく。」
何となくって、おい…。じゃ、いっそアンパンって呼ぼうかな…。
「なあ、まだ見つからないの?」
焦れた隆弘は言った。明らかに苛立った声だった。一方、梓は違うところでいろいろなものを見て歩いていた。
「あの、安藤さん。さっき俺が『鉛筆』と言ったとき何の事か分かりました?」
真が目にしたものは鉛筆や消しゴムではなく、データチップなどメカニックなものだった。彼は隆弘に聞いた。その答えを聞いてため息をついた。
「いや、まったく。そうゆうチップがあるのかと思ってた。」
「すみません。詰みました。」
彼は深刻な表情に変わっていく。
「え?どういうこと?」
隆弘のいら立ちは消え次は別なものに変わっていた。
「『字』って、書く物ですか?打ち込むものですか?」
彼は質問を変えて、自分のことを話さないようにこの時代の情報を聞き出した。
「え?何言ってんだ?書くと打つはイコールだろ…。」
これではっきり見えた。おそらくこの時代の人たちは書くと言う行為をしない。すべてをフォンに打ち込む。そうやって暮らしてきた。
隆弘は怪訝な表情を真に向ける。できるだけ話したくないが、話さなければならないことを悟った。もうすでに高田課長は知っているが、隆弘に話は行っていないようだ。
その時、フォンが鳴った。相手は高田課長だ。
「はい。宮城です。」
「おお、調子はどうだ?」
そうだ、これだ。高田課長なら何とかできるかもしれない。
「すいません。問題が発生しました。中でフォンが起動しません。」
「なぜそれを連絡しない!こちらとしてはそれは一大事だ。今すぐ戻ってこい。」
「はい。すいません。」
通信は切れた。高田課長を怒らせる結果になってしまったが、これは絶望的な展開ではなさそうだ。
「すいませんでした。」
真たちは体が直角になるまで頭を下げた。高田課長はトマトのように真っ赤な顔をしている。もう彼の怒りは頂点に達しているらしい。今考えると、メモ帳や鉛筆より先にこれを言うべきだったと深く反省している。
「以後、問題が起こった時には速やかに連絡するように。」
「はい。」
彼はただ平謝りだ。そこに隆弘が口を出した。
「俺の責任です。俺がそのような指導をしっかり行わなかったからです。」
隆弘は真を弁護した。それは真を余計心苦しくした。
「はあ。とりあえずこれを持っていきなさい。宮城なら使いこなせるだろう。」
課長のデスクに置いてあったのは、メモ帳とシャープペンだった。真は自分を責めた。
なんでもっと早く気付かなかったんだろう。




