FILE2:同乗者
乗り込んできたのは、20代前半くらいに見える女性だった。
振り返る私と目を合わせぬ用に、伏し目がちに後部中間の、私の後ろに位置する席に座った。
『あの…』運転手は返事もしない。
先程のり会わせた女性に、話しかけるタイミングとしては今しかないだろう。
私は一秒にも満たない時間とまどったが、すぐに席を立った。
私の行動に彼女は気が付いているだろう。
それでもあえて目を伏せている。
数歩の距離をゆっくりと歩いた。
彼女に対し最初にどういう言葉で接触するべきかを考えながら。
思考の途中で彼女のとなりの席にたどり着いてしまった。
よくみると微かに震えているようだ。
斜め右下に顔を向けた彼女の表情をうかがい知ることはできない。
私の口から浅慮な言葉が漏れだす。
『お一人ですか?』
自分で考えても何ともバカバカしい。
一人に決まっているじゃないかと思いつつも、彼女が頷き、視界の端に私が写るように、首をうつ向き気味に回すのを見て話を続けた。
『どうやら迷ったようなんですよ。
』ワザと軽い口調で笑いかけてみた。
が、彼女は反応を示さない。
『それで、このバスどこへ行くか教えてもらえませんか?運転手に聞いても教えてくれなくて…』そこまで聞いて彼女がこちらに顔を向けた。
パチリとした目と整った眉、綺麗な鼻筋、その端正な顔立ちは明らかにそれとわかる驚いた表情をしていた。
『あなた、蟻さんじゃないの?わたしはナンシー。
』壊れた人形を相手に話しているのではないかと、我を疑った。
わたしは今まで蟻に似ている等とは言われたことがない。
それに少なくとも私には、この女性は日本人に見える。どう考えても不可解な言動と、彼女の端正な顔立ちが、余計そう思わせた。
『と、言いますと?』
せっかく話始めた彼女が話をやめてしまわぬように、その真意を探ろうとした。
しかし彼女は継続の可能性を打ち消すように呟いた。
『ほんとにちがうんですね。』
消え入るような声は、バスのエンジン音の合間をぬって聞こえてくる。
彼女は、不意に浮かべた残念そうな表情のままもう一度うつ向いた。一瞬の沈黙が重い。
沈黙を破ったのは、彼女の衝撃的な一言だった。
『自殺サイトって聞いたことありますか?』
うつ向いたまま、無表情に呟いた。
それが私に向けられた言葉だと気が付くのに、少しの間が開いた。