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仮生  作者: 桂 円雀
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FILE1:回送

私は今、バスに乗っている。

どれくらい乗っているのか解らない。

窓の外には見たことのない景色。

心細くもあるが、無限に続くようなこの時間が、私には苦痛ではない。

私がこのバスに乗ることになったのは、おそらく数時間前、いつもと変わらぬ帰り道の途中だった。

午前一時、連日の残業の疲れを引きずりながら、やっとのことで書類仕事を済まし帰路についた。

土曜の夜の街の喧騒さえも、和らいだ感のあるこの時間に、ただ今夜くるまる毛布だけを目指す自分に、強い惨めさを感じずにはいられなかった。

目覚めてから眠るまで、いったいどれ程の人間的な感情が持てたのだろう?気が付くと、毎朝通勤に使うバス停の前にいた。

ここ数年間なんら変わりないこの場所に嫌悪はしても、感傷などは一切わかない。

時計をみると午前二時。

車など三十分も前から見ていない。

突然、ヘッドライトが目をくらました。

眩しくて目を細めたが、不意な不快感の対象を突き止めようと、光源の上に正体を探した。


そこにあるのは、『回送』と書かれた輝く札と、乗客を乗せていないために真っ暗になったバスの運転席だった。



<停まったら、のってしまおう。


>なかば自棄気味に、まるでバスを待っていたかのようにそこに立ってみる。


当然ながら、無情にもバスは目の前を通りすぎた。

バスのテールランプに一瞬目をやり、他人に気どられぬようにポケットの中で強く握り締めた拳を、ゆっくりと解きほぐそうとした。

その時はじめて、てのひらの汗と、握り締めた拳が緊張で硬直していたことに気が付いた。

時間が立てばもどるだろう、そう思い、拳をそのままに振り返り歩き出した。

鋭いブレーキ音とスプリングがきしむ音を聞くまで、まだ三歩程度しか歩いていなかった。

『なんだ?』振り向くのと呟くのはほぼ同時だった。

その瞬間、解けかけた拳の硬直が先程よりも短時間で拳を固めるのを感じることができた。

バスが停まっていたのだ。

室内燈が間延びした点滅を始め、完全に点灯する。

続いてバスの側面中央にある両開きのドアが、エアスプリングのエアー音と共に開いた。

茫然と、というのはこのことだろうと、疲れのせいで冷静な自分に苦笑しながら、乗る事への抵抗よりも日頃の虚無感に対する答えが欲しいと言う欲求に押され、バスへと足を踏み出した。

バスの入り口に立つと、聞き覚えのある女性の声が乗車券とバスカードの使用方法を機械的に説明するのが耳にはいる。

普段はバスカードだが、飛び出した乗車券の頭を摘んで引っ張り出した。

なにも書かれていない。

もう一枚取った。

それにもなにも書かれてはいなかった。

運転手以外誰もいない車内を見渡し、あえて気にとめないようにして乗り込んだ。

よく見慣れた市営の路線バスにそっくりだった。

というよりそのものだろう。

こんな時間に市営バスが回送?知っている限り、最終便は十時くらいのはず。

こんな時間まで、どこで何をしていたのだろう?運転席のすぐ後ろの座席に腰掛け、少し身をのりだした。

『あのぉ、、すいません?』運転手は、はい?と、いかにも驚いた返事をした。

しらじらしいと感じるのは、私の考えすぎだろうか?『これ、どこへ行くんですか?』運転手はまたしらじらしく驚いて見せた。

「お客さん、しらずに乗ったんですか?」

『知らないって何を?』私はいささか不安になりつつも、その運転手の青い顔を、鏡越しに見つめた。

一瞬目があう。

が、運転手は押し黙った。問ただそうと身をのりだした時、バスは停車した。

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