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ルートニック。
それが中年のオジサンの名前だ。
アルとルートニックの2人は、すっかり地形が変わってしまった泥の大地を歩いていた。
どこもかも泥の大地。
「ヒドイものだ。
このあたりには、小麦畑が広がっていたのに。
ここには、緑の森があって……
これではもう家畜も全滅だな」
大地を歩きながら、ルートニックはさまざまに呟く。
「ねえ、おじさん。僕のお母さんたちは大丈夫だよね」
アルの言葉に、ルートニックは一瞬黙りこんでしまった。歩いている間に、アルの身に何があったの聞いていたのだ。
家にいて、突然何かに襲われるようにして、気を失った。
おそらくは、家にいたところで、反乱した河の流れが襲ってきた。逃げる暇どころか、自分の身に何が起こったのかさえ、理解する暇もなかったのだろう。
そのように、ルートニックは考えた。
―――しかし、そうなるとこの子が流されてきたのは、河のさらに上流。
たどり着いたとしても、家族はおそらく……
ルートニックの胸中に思っていることは、少年のアルにはまだ分からない。それでも、顔を見ただけで不安な表情をしている。
「大丈夫だ。心配しなくても君の家族は無事だよ」
そう、気休めの言葉を少年にかけてやりたくも思うが、だが現実を思えばどうしてもルートニックには、そのような言葉を口にすることはできない。
「とにかく、君のいる家にまで行ってみよう」
「……うん」
アルは小さく頷くだけだけだった。
「あの山は、僕がいる家から見える山だよ。でも、村が……」
アルの知っている場所にまで2人はたどり着いた。
だが、そこから見えるであろう村の景色は、そこに存在しなかった。
濁流と化した川が、山間の谷を覆い尽くしている。洪水を起こした大雨はすでに終わっているが、いまだに勢いを完全に失っていない。その濁流だけが、ゴウゴウと激しい音を立て続けている。
もはや、そこに広がるのは、アルの知っている光景ではなかった。
「そんな、どうして……」
ポツンとつぶやき、アルはふらふらと前に歩いていこうとする。
「危ない、これ以上は進めないぞ!」
とっさに、ルートニックがアルの体を押さえる。
「やだ。やだよ。やだやだやだ」
だが、アルはルートニックに抗して暴れる。
子供の力とはいえ、その力は理性を失っていた。大人のルートニックも力づくで、おさえないと今にも逃げられそうだ。
「いやだ。離せ、離してよ!
母さん!父さん!
皆!
みんながいるんだ!」
「ダメだ。今あそこに行けば、君まで死ぬぞ!」
―――ビクンッ
死ぬという言葉に、アルの体が痙攣する。
「そんな……嘘だよね。死んだなんて」
「……」
しまった。言うべきでない言葉を口にしたことに、ルートニックは後ろめたい思いになる。
「そんなはずないよね。だって、母さんも父さんも、それにそれに……うううっ、うええぇぇ」
地面に突っ伏して、アルは泣き始めた。
泊まることのない涙が、流れ続ける。
泣きじゃくり、鼻水を流し、それでも止まることのない悲しみに覆い尽くされる。
「だがな、君が助かっただけでも、奇跡だよ。
村の姿がないってことは、すべて水に飲み込まれたってことだ。
そう、君の家族や、知っている人たちは全員、もうこの世にはいない……」
とまることのない悲しみの少年の傍で、ルートニックは苦い思いを持ちつつ、その場に腰を降ろした。