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「ラーベラム。
ねえ、ラーベラム。
どこにいるんだよ。隠れてないで出てきてよ。
どこに行ったの」
淡い光と共に、体を失ったラーベラムの姿はどこにもなくなっていた。
まるで、夢で見た幻が消えてしまうかのように、彼女の姿は失われてしまった。
ただ、彼女がただの幻ではなく、存在していたことを表すかのように、少年の手に、淡く光る粉が残っている。
「ラーベラム」
いなくなってしまった彼女の名を、少年は叫びながら呼び続けた。
それでも、彼女はいなくなっていた。
どこにも……
「グスッ、グスッ」
大粒の涙と、鼻水を流しながら、アルは森を抜けていた。
だが、そこに広がるのは、ひどく破壊された世界だった。
少年のアルには思いもつかない……いや、大人であってもこのようなことは思いもしない。
巨大な河の氾濫が、辺り一帯を飲み込んでしまった。
辺境ののどかな地方が、今では荒れ狂う身がによって徹底的にすべて破壊されてしまった。川の流れが運んできた土砂によって、大地は泥に覆われ、草木の姿はどこにも見えない。
反乱の名残で、そこかしこに巨大な水の池ができていて、破壊された世界の姿だけがそこに広がっていた。
「ううっ、うわわわーーん」
心さびしさに、目の前の光景。
もはや、アルにはその場で泣くことしかできなかった。
「これはひどいな。河の氾濫とは聞いていたが、まさかこれほどとは」
そんなアルの傍で、声がした。
未だに涙をこらえることもかなわないアルは、そのままの姿で声のした方を見た。
「坊や、大丈夫……」
声をかけたのは中年のおじさんだった。
だが、その言葉が途中で途切れる。
洪水の被害の光景に、心奪われた以上に、大人の目が大きく見開かれる。
「黄金の色の瞳!?」
「ううっ」
大人の言葉の意味が分からない。それにまだアルは涙さえも止められない状態だ。
「まさか、黄金樹の瞳じゃないよな!?」
「オジサン、何を言ってるの!」
大人の言う意味が全然分からない。
黄金樹の物語は、アルも聞いたことがある。
昔、この国を作った偉い王様の瞳を、黄金樹の瞳という。誰だって知っている話だ。
だが、それと大人が今口にしている言葉の意味が、アルには全く理解できなかった。
「まさか驚いたぞ。伝説と思っていたが、本当にいたんだな。黄金樹の瞳を持つ人間が!」
驚く大人。だが、それに反して、アルはますます不思議に思う。
―――なんだろう。言ってることが全然分からない。
疑念を抱くアルに、しかし大人は突然アルの体をつかんだ。
「君、名前はなんて言うんだ」
「いた、痛いよオジサン」
「ああ、すまない。強く握りすぎたようだな」
アルの小さな悲鳴に、しかしそれでもオジサンがつかむ手の力は、少しも弱まらない。
「きみは何者だ。
どうしてその瞳を。
まさか伝説と思っていたが」
興奮していて、次々にオジサンは言葉を口にする。
言ってる本人でさえ、もはや言葉の意味はわかっていないだろう。それほどに、このオジサンは、興奮していた。
まるで、目の前に伝説を見ているかのような、孤独興奮している様に。
「ねえ、痛いよ。手を離して!」
「……あっ、ああ。分かった」
アルの言葉に、ようやくオジサンは反応した。それまで握っていた手を離してくれた。
「ありがとう。でも僕もういくね」
「行くって、どこに?」
「お母さんとお父さんを探さないといけないんだ」
そう、口にするアル。
「探す?もしかして、君はこの洪水の被害にあったのか?」
「よく分からないんだ。気がついたら、ラーベラムって変な人に助けられたの……でも、ラーベラムは死んじゃった」
アルはそういって、握りしめていた両手を見る。そこには光となったラーベラムが、唯一残した淡く光る粉が、まだ握られている。
「死んだ……そうか、この洪水だからな」
そんなアルノ姿に、オジサンも同情する。ただし、ラーベラムを、彼は人間だと思ったらしい。
「……早く、お母さんたちを探さないと」
「そうか、ならば私も協力しよう。是非とも、君のことを知りたいからな」
「ありがとう。オジサン」
手伝ってくれることを申し出たおじさんに、アルは感謝した。