22 帝都
22 帝都
「……」
アルは目の前にある光景が信じられないといった様子で、黙り込んでいた。
口をぽかんと大きく開けて、それさえも忘れてしまっているようだ。
どこまでも長く続く城壁。そしてその向こうには、広大な貴族たちの館が続く。
そして、それらすべてを凌駕する、圧倒的な存在感を放つ、宮廷の姿。
通称『青の天蓋』と呼ばれる巨大な城は、その名にふさわしく、天井のすべてが青のラピスラズリで作られている。
この天井だけに、実に国家予算の三年分が浪費されている。
帝国の三代皇帝の時代の瀟洒と浪費の果てに作られた、豪勢きわまる定常だ。
行商のアントンは、そんな青の天蓋の姿をマジマジと見て、一体あれを売ればいくらになるんだとブツブツ呟いている。
一方、お金と言えば、お菓子を買うことぐらいしか知らないのはアル。
そんなアルではあるが、帝都の光景を目の当たりにして、もはやここが別世界のように思えた。
「すっーーーーごーーーい!」
と、ようやく完成の声を上げる。
「そうだな、俺がいたときよりも全然大きくなっている」
と、ラーベラムも関心の声を上げた。
「ここにいた?」
「いや、ただの言葉のあやさ。
帝都を遠くから見たことがあるが、こんなに近くで見るとさすがにでかいな」
ルートニックの疑念の質問に、ラーベラムは適当にごまかして答えた。
(まあ、俺がこの街を作ったなんて言っても、誰も信じないだろうがな)
と、心の中でラーベラムはひとりごちる。
彼の過去には、さまざまな歴史があるのだ。
「いいか、アル。
珍しがるのはいいが、周りばかり見てて、迷子になるなよ」
ルートニックが注意する。
帝都に出入りできる身分にある、ルートニックにとっては、帝都の景色はそこまでの感銘を呼び起こすものではないのだろう。
かわりに、帝都は初めてであるアルとアントンのことを心配する。特に、少年のアルが迷子になっては一大事だ。
ただ、ラーベラムに関しては、「……まあ、この男は大丈夫だろう」。と、根拠のない確信がルートニックにはあった。
そんなルートニックに案内されて、一行は帝都の中でも城壁の近くにある館に案内された。
いや、館ではなく、マンションだった。
「ここに俺の部屋がある」
「部屋?
ルートニック、このお屋敷に住んでるんじゃないの?」
と、アルはマンション全体をルートニックが住んでいる館だと勘違いする。
「バカ言え。
俺は帝都に住んでいるが、家は下っ端官僚用の部屋だぞ」
「やっぱり、ルートニックって貧乏なんだ」
「ち、違う!」
小さな部屋で暮らしているだけだ」
「オッサン、それを貧乏って言うんだろう」
アルとラーベラムに言われて、ルートニックは押し黙ってしまった。
「ええい!
俺だって好きでこんなところに住んでるんじゃない!
俺だってな、もっと大きくて庭のある家にだな……」
「ま、今の歳でこんなところに住んでるなら、将来は望み薄だな」
―――グサッ!
ものすごく痛いところをつかれて、ルートニックは気づついてしまった。
「フ、フフ、だが見てろよ。
俺だっていつか貴族の屋敷みたいにでかい館を勝ってだな……」
「ルートニックさん、あなたの給料でそんなことができるんですか?」
「……」
行商のアントンは、さすがに経済の点では抜け目がない。
ルートニックは巡察士という身分にだが、これは皇帝に直属する身分であっても、給料は薄給だった。
「……」
結局、とどめを刺されてしまったルートニックは、それ以上なにも言わなかった。