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「いつッ、ウッ!」
牢屋に放り込まれてしまったラーベラムは、兵士たちに殴られた顔を押えながら、悲鳴を上げた。
アルとはルートニックによって引き離され、1人牢の中にいる。
「あーあ、俺としたことがこんなへまをやらかすなんてね……
だが、なかなか楽しかったな。
こんなに大暴れするのは、何十年ぶりかな?」
そう言い、昔の自分を懐古する。
この男のラーベラムの姿になる前は、女の姿をしていた。その時の性格は、今のラーベラムとは180度反対と言ってよく、清楚で清らか。普段は大人しく、物静かにしている女性だった。
そして美声の歌姫として知られていた。
間違っても、喧嘩なんてしたことがない。
「うん、あれは稀に見る美女だったぞ。
さすがは俺だ」
と、自我自賛。
「ただ、その前は老婆だったからな」
さらに前のラーベラムになると、70過ぎの老婆だった。
ラーベラムは、人間との契約を結ぶ度に、自分の姿と人格が変わってしてしまう。昔の記憶は引き継がれるものの、性格が変わってしまうと、昔の人格とは、やることなすことが全く別物になってしまう。
そして、老婆だったころのラーベラムは、80過ぎの老人と契約を結んでいた。
どっちも高齢者で、毎日「腰が痛い、膝が痛い」と言いながら、互いに介抱しながら生活する有様だ。
当然、喧嘩どころの話ではない。
こけただけで、膝の骨が折れたことがあるから、歩くだけで命がけだった。
「ま、そんなこともあったな」
と、さすがに老婆の頃の自分を、称賛する気にはなれないラーベラムだった。
―――ガチャッ
っと、ラーベラムが過去のことを振り返っていると、牢屋のドアが開かれた。
「お前に話がある」
「話ねえ」
牢の檻ごしに、ルートニックがラーベラムと対峙した。
「もしかして、聞きたいのはアルのことか?」
「そうだ。
あの少年の左目は、黄金色の瞳をしていた。
あんな色をした人間は俺は今までに聞いたことはない。
……ただ伝説の話に出てくる、大帝以外にはな」
「……」
ルートニックは意味ありげに問いかけてくる。
だが、それに対してラーベラムは黙ったまま続きを待つ。
「私はあの少年の瞳の正体が知りたく、家族の元を訪ねたが、残念ながら、先日の大洪水でアルの村は壊滅状態だった。
おそらくは、彼の家族は……」
「そうか……」
と、そこで初めてラーベラムは、暗い色の表情を見せた。
(……本当に、アルの兄なのか?)
ラーベラムの様子が暗くなるのを見て、ルートニックは心の中でそう思う。
もしもアルと関係がなければ、ラーベラムがこのように暗くなるはずはない。関係のない人間を失ったならば、こうまで暗い表情をするはずがないからだ。
そして、ラーベラムをアルの兄だと、まだ信じていないルートニックは、この話を切り出しても、ラーベラムが普通にやり過ごすだけだと思っていた。
だから、彼には、ラーベラムがアルの兄であるように思えてきたのだ。
「それは残念だ。
あの村も、家族もいなくなってしまったのか……」
ラーベラムは、そう言って暗く残念がる。
「……お前、本当にアルの兄なのか?」
「ルートニック、だから何度も言ってるだろう。俺はアルの正真正銘の兄だぞ」
本当のことではないのだが、あくまでも兄と言い張るラーベラム。
「いいだろう。
では、お前を兄と考えてやるが、なぜおまえはあの村にいなかった?」
「疑ってるのかい?
てことは、まだアルは木を取り戻してないのか?」
「ああ。
それより、俺の質問に答えてもらおう」
「……あの時は、たまたま仕事で村を留守にしていただけだ。
俺、こう見えても、この前まで街を回って、行商しながら芸を見せて回ってたんだ」
芸を見せていた……女性だったころのラーベラムは、契約者と共に歌姫として、各地を旅しながら生活をしていたから嘘ではないのだ。
「それに行商の仲間で、アントンって男が今この街にいるんだ。
俺はそいつの話に乗って、この街まで来ていたんだ。
そしたら、偶然街にいたアルを見つけたわけ」
「偶然……ねぇ」
「そう、偶然」
にこりと笑ってみせるラーベラム。まるで、僕は善人です、この笑顔を見ればわかるでしょうと、言いたげだ。
「いつっ!」
ただし、彼ご自慢の美貌も、現在は腫れあがった顔のせいで、全く意味をなさない。
それどころか、笑った拍子に傷が痛む。
「ただの行商が……兵士に手を出した揚句に、乱闘ねぇ」
「ハハハ、つい手が出ちまって。
だって、あいつらときたら、いきなり俺の大事なアルに手を出そうとしたんだぜ。
そういえば、アルを探すように命令したのは、あんた何だってな?
あんた、何者だ?」
「……私は巡察士だ」
「巡察士?
巡察士って言えば、帝国の各地を秘密裏に調べて回って、各地の役人の不正や悪行を皇帝陛下に報告する、巡察士のことかい?」
「……」
「マジッ、てことはあんた、皇帝陛下の直属なのか!」
「……やけに、巡察士について詳しいな」
「ああ、だって昔の俺がつく……」
「た」という言葉を、ラーベラムは慌てて飲み込む。
(いけねえ、どうも、今回の俺は口と体が正直すぎるな)
と、心の中で反省するラーベラム。
「まさか、巡察士の制度を作ったなんて言うつもりか?」
「アハハ、まさかバカ言うなよ。
巡察士の制度って言えば建国時代に作られた制度だぜ。
そんな時代に、俺が生きてるわけないだろう
ワハハハハ……」
(そうだぜ、今の姿の俺は、生きてないぞ。
もっとも、あの頃は別の姿をして生きてはいたがな……)
と、ラーベラムの心の声だ。
そんな慌てて取り繕うラーベラムの姿を、ルートニックは胡散臭げに見る。
「でも、あんたが巡察士だってんなら納得できた。
道理で、この街の兵士たちに命令できるわけだ。
でも、どうせだったら、兵士にアルを丁重に連れてくるように命令しておけよ」
「私は、そう命令していた。
少なくとも、私の目のにいる君が暴れなければな」
「あちゃー、もしかして、俺っていらないことをしたわけ」
「そうなるな」
反省の色を見せるラーベラム。
あの時余計なことをしなかったら、アルはあんな目にあわずにすんだわけだ。そう思えば、なんだかアルに申し訳ない気もする。
ついでに、自分がボコボコにされることもなかったが、その辺は、何十年振りかに『ヤンチャ』をすることができたので、特に気にしていなかったりする。
―――ギーー
と、話し込んでいたところで、再び牢屋のドアが開いた。
「ねぇ、ルートニック、ラーベラム」
ドアから出てきたのは、アルだった。