表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金樹の瞳  作者: エディ
2/27

プロローグ:激流

プロローグ:激流



―――ドカーーーーッ!!!


 少年には、その音が何を意味するのか、まるで理解できなかった。

 いや、それ以前に理解する時間すらも与えられなかった。


 少年がその音を聞いた瞬間、彼は自分が息をすることもできないまま、強力な力の中に押し流されてしまった。

 たった今まで、家族と共にいたのに、その光景がまるで嘘か幻であったかのように、消え去った。

(助けて!……母さん……父さん)

 少年は無意識にそれだけを思った。


 だが、少年の意識は次の瞬間には消え去っていた。

 抗うことのできない、強力な力に、ただ少年は何もできないまま飲み込まれていった。




 それから、どれだけの時が立ったのか分からない。

 少年は再び意識を取り戻していた。だが、頭も体もひどく重くて、クラクラする。目を開けることだっておぼつかない。

 微かに開いた瞼の間から、暖かな光が差し込んだ。

―――パチパチ、パキンッ

(焚火?)

 まだはっきりとしない意識の中で、少年はぼんやりと思う。

「……ううっ……」

 何かを言おう。そう思って、口を開こうとしたが、口から出たのは声にもならない、うめき声だった。

 自分の体がひどく重い。こんなのは初めてだ。

「気が付きましたか?」

 突然、少年に語りかける声がした。

「君は、っ!!!」

 訪ねようとして、だか少年は思わず体中から襲ってくる悲鳴に声を上げた。

 痛い、それも今までに感じたことのない痛みが、体のそこかしこから声を上げてくる。

 息が口から漏れる。

「いけません、まだ動いてはダメです」

 語りかける声にそう言われる。

 少年は力なく、その声に従うしかなかった。どうやっても、体に力が入らない。それよりも、今は体を動かすとすごい痛みが襲ってくる。でも、動かなければ、痛みは襲ってこなかった。

「ルールーラー」

 そんな少年の傍で、歌声が聞こえてきた。そして、少年の額に暖かな体温を感じる。

「おっ、おかあ……さん」

「動かないで、今のあなたはまだ動けませんよ」

 体から上がる痛みもこらえて、少年はおぼつかない声で、その人の名を呼んだ。しかし、以外にも少年に帰ってきたのは、母の声ではなかった。それでも、なんだか気持よくて、安心できる声。

 それは本当にお母さんが近くにいてくれるように思えた。

 少年はその優しさに抱かれて、再び意識を失った。だが、今度は暗闇の飲み込まれるように意識を失ったのではなかった。

 少年が気をしなかった後も、穏やかな歌声は周囲を満たし続けていた。




―――チュンチュン

「ここは……どこ?」

 小鳥の声と太陽の暖かな光。少年が再び意識を取り戻した時、そこは知らない場所だった。

 木々に囲まれた、小さな広場だ。こんな場所を少年は知らない。

 ただ、昨日は体を動かすことさえできなかったのに、今は体が自然に動いた。

 しかし、少年はそのことを不思議に思わなかった。それよりも、知らない場所に自分がいることに、不安を感じる。

「お母さん、どこ、どこにいるの!」

 少年が不安になって声を上げる。

「おかあさーん!」

 再びの声も、しかし森の木々に反射して、こだまするだけ。

 周囲には、誰もいない。

 自分1人だけ、知らない場所にいる恐怖が少年の心に襲いかかってくる。

「うっ、ううっ」

 すぐさま少年の不安は限界に、目から大きな涙になってこぼれおちる。

「ううっ、おがーざーん」

 声が声になっていないが、それでも母を求め、少年はなくことをやめられない。

「まあ、気が付きましたか?」

 と、少年が不安に耐えられなくなっていたところに、声がした。

 少年が振り向くと、そこには1人の女性が立っていた。少年が期待する、母親の姿ではなかった。

 だが、少年にはそれよりも、その女性から目を離すことができなくなってしまった。

 銀色の流星の尾を束ねたかのような、銀色の長い髪の女性。どこか不思議な雰囲気を漂わせ、付きを思わせる美麗な顔だち。髪と同じ色をした瞳が、不安に駆られる少年を見つめていた。

「よかった、もう体は大丈夫みたいですね」

 ―――キュッ

 安堵する女性。その女性の服を、少年は両手で力いっぱいつかんだ。

「大丈夫ですよ。私はどこにも行きませんから」

「本当?」

 人がいてくれた喜び。そして、再びいなくなってしまうのではという不安が、少年にこのような行動を取らせる。

「大丈夫ですよ。それよりも、お腹すきません?

 よかったら、これを食べてくださいね」

 そういって、女性は両手に抱えている果物を少年に差し出した。

「いらない」

「そうですか……」

「お水!」

「はいはい、水筒のお水ですよ」

 少年の要求に、女性は笑顔で答えてくれた。

 女性が差し出した水筒を、少年はすぐさま奪い取るようにして取る。そして、急いで水を飲みだした。

 喉が渇いていた。

 ひどく、乾いて苦しい。

「落ち着いてください。あんまり急に飲むと」

「ゴホゴホっ」

「……言うのが遅かったみたいですね」

 あまりに慌てて、水を飲もうとするものだから、それに体が追い付けずにむせかえる。

 しかし、再び少年は水を飲み、そして女性が手にしていた果物も、おお慌てて、食べ始めた。

 その間、女性はただ穏やかに少年の言うことを聞いている。

「でも、よかったです。三日間も意識が戻らなかったから、さすがに私もダメかと思いました」

「僕、そんなに寝てたの」

「ええ」

 女性の言葉に、少年が驚く。例え、少年は朝寝坊をすることがあっても、そんなに寝ていることはない。

 そのことを口に出して言うと、女性はクスクスと笑った。

「まあ、では大変な朝寝坊でしたね」

「うん、こんなに朝寝坊をしたのは初めてだ」

「アハハッ」

 少年の言い方が面白かったのか、女性はその後しばらく笑い続けた。笑いが止まらなくなって、ついには笑いを止めようと必死になる。

「ひどいなー、そこまで笑うことないじゃない」

「ごめんなさい。クスクス、でも面白い坊やですね」

「坊やじゃないやい。アルフォードって名前がちゃんとあるんだ!」

「そうですか、アルフォード……アルでいいですね。そう呼んだ方が可愛いですし」

「可愛いじゃないやい!」

「はいはい、かっこいいですね、アル」

「うん、そうだろう」

 女性の言葉に、少年は気持ちをよくする。

 さっきまでの不安はもうどこかに行っていた。なぜか、彼女といると、少年アルフォードの心は、ひどく落ち着くのだ。

 まるでお母さんと一緒にいるかのように。

「しかし、アル。驚きましたよ。私が歩いていると、激流に呑まれたあなたの姿が見えたのです」

「ゲキリュウ?」

「川が氾濫したのです」

「ハンラン?」

 女性の言葉に、あるが不思議そうに繰り返す。言葉の選択がまずいと思ったらしい。すぐに彼女は、子供にでもわかる言葉で話すことにした。

「川の水がたくさん流れたのです。その水のせいで、町や村がいくつも流されたんです」

「そんなことがあるの?」

「はい……」

 アルは、その流れに流されたのですね。

 そう、女性は心の中で付け加える。子供に対して言うべき言葉に思えなかったのだ。

 そしてあの流れの中から、アルを助け出したのも彼女だ。

「でも、よかったです。アルが無事でいてくれて」

「うん、よく分からなかったけど。僕を助けてくれたんだよね。ありがとう、おばさん」

 よくは理解できてないだろうが、それでも自分を助けてくれたのが、彼女であることはアルも分かったらしい。それに、彼が気を失う瞬間に聞こえていたのは、彼女の声だった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

「オ、オバ、オバなんですって!」

 それまで穏やかだった彼女の表情が、急激に剣呑になる。

「だから、ありがとうオバ……ムグッ」

「いいです、それ以上何も言わないで」

「ムグムグッ!」

 彼女はアルの口を手で押さえ、無理やりしゃべれなくさせた。

「いいですか、今度から私のことはこう呼んでください。美人のお姉さんって」

「やだ、おばさん、じゃん」

「!」

 子供の正直すぎる言葉に、おばさん……ではない、彼女はことばを失った。

「どうしてでしょうね。どうして、子供ってこんなに残酷なのでしょう」

 陰の入った様子で、彼女は思わず呟く。

 そんな彼女の姿に、さすがにアルも、少しためらいを覚える。

「じゃあ、おばさんと、お姉さんはやめましょう。私のことはラーベラムって呼んでください」

「ラーベラム?それが名前なの」

「はい、私の名前はラーベラムです」

「変な名前」

「!」

 再びショックを受ける、女性……ラーベラム。

「ふうっ。子供って、どうしてこんなに可愛いんでしょうね」

「イダダダ、ラーベリャミャ、手をはしぇ」

 笑顔になって、しかし表情とは完全に裏腹に、ラーベラムは少年の正直すぎる口をつねった。おかげで、アルの言葉がおかしくなっている。

「本当は、美人の素敵なラーベラムお姉さんって呼んでくれたら、私も嬉しいんですが」

 心の願望を素直に表現するラーベラムだったが、しかしアルは白い目をしていた。

「ブーブー、ラーベラム変だぞ」

「まあ、私に向かって、そんなことをいう子はあなたが初めてです!」

「やーい、変なラーベラム」

「ムキー、だから私は美人で……」

「ラーベラムって、本当に変なの」

「……」

 変な者扱いされ、ラーベラムはすっかり気落ちしてしまった。

「ああ、命の恩人の私に向かってこんな扱いをするなんて……」

 ラーベラムがクヨクヨすると、さすがにこれはやりすぎだとアルも思ったらしい。

「あんまり落ち込むなよ。ラーベラムが変だからって、僕は全然気にしないからな」

 アルはそういうが、フォローにならないフォローだ。

「へ、変……」

 すっかりいじけてしまう、ラーベラム。


 だが、そんな会話をしている時だった、アルはラーベラムの足がおかしいことに気づいた。

「ねぇ、ラーベラム。足が光ってる」

 さっきまでの様子はどこへやら、アルは不思議そうにラーベラムの足を指差した。

「ああ、これですね。どうやら私も長くなさそうですね」

「長くない?」

「はい、人間で言う、死ぬってことです」

「死ぬって?まさか、ラーベラムは死んじゃうの!」

 突然の死という言葉に、少年が動揺する。

「……はい、せっかくアルに出会えたのですが、どうやら私はもうダメみたいです」

「そんな、死んじゃだめだよ、ラーベラム!」

「すみません。私もアルともっと一緒にいたいんですが、これ以上は持ちそうにないですね」

 そう話す間にも、ラーベラムの足が消えていく。彼女の体から淡い光がはじけるたびに、徐々にラーベラムの姿が消えていく。

 こんな光景をアルは一度も見たことはない。村で人が死んだときには、みんな眠ったようになって動かない。その光景は見たことがあるが、これはアルの知っている死とは、まるで違う死に方だ。

「いやだよ。ラーベラム死なないで。消えちゃヤダよ」

「……」

 少年の言葉に、ラーベラムの顔が物悲しそうになる。

「……では、あなたは私と共に生きてみますか?」

 ラーベラムは不思議な様子でたずねる。表に出してはならない感情が、いまにも溢れそうだが、それでも決してあらわにしない感情。

「ラーベラムが生きれるんだったら、僕何でもするよ」

「ですが、私と共に生きるということは、簡単なことでは……」

「そんなことはいいから、ラーベラム生きてよ。死んじゃだめだ」

 アルが大粒の涙をボロボロとこぼしながら、必死になってラーベラムを両手でつかむ。今にも消えてしまいそうなラーベラムを、消えないでくれと必死につなぎとめようと、力を振り絞る。

 不思議と、少年に力強くつかまれた部分だけ、ラーベラムの姿ははっきりとしている。しかし、それ以外の部分は、淡い光と共に、いまにも消えてしまいそうだ。


(今回で、終わりにするつもりでした。

 ですが、まだ脈が残っていたみたいですね)


 ラーベラムは、心の中でつぶやいた。

 それから彼女は、自らの体の境界が、急速に失われていくのを感じた。

 もう、ラーベラムは、ラーベラムとしての意識を持たない。

 急速に体の境界を失っていく彼女は、消え去った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ