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「アントン、お前は今日の宿でも探してろ」
それだけ言って、笑い転げるアントンを放り出して、ラーベラムはアルを連れて歩き始めた。
「ねえ、いいの。あのおじさんまだ笑い続けてるけど」
「ワハハハハ」
アントンの止まらない笑いが続いている。地面に向かって、拳をバシバシと叩き続けているから、完全につぼに入ってしまったのだ。
「いいか、アル。
あいつはここにはいない。
いいな、そう思え!」
「えっ、でも無視したら可哀そうだよ」
「お前って、いい奴だな。
でも、いい奴だったら、俺の頼みを聞いてくれ」
「ええっ、ヤダ!」
「チィッ」
あっさりアルに拒絶されて、ラーベラムは舌打ちした。
「ところでアル。少し言いか」
「何?」
ラーベラムの手が、アルの左目の上を通り過ぎた。
「なんでもない」
「変な、ラーベラム。
ねえ、本当にオジサンはラーベラムなんだよね?」
アルの言うラーベラム。そして、淡い光となって消えてしまった、ラーベラムのことだ。
「ああ安心しろ。
俺は間違いなく、あのラーベラムだぞ。
いや、正確にはだったと言うべきだな」
「だった?」
「……小さいが、お前は俺の契約者だ。
だから、お前にだけこの秘密を教えてやる
でも、絶対に誰にも言うなよ」
「うん、分かった」
「本当に、誓えるな?」
「僕、男だよ。
男同士の秘密は絶対にしゃべっちゃ行けないんだよ」
―――フッ
アルが胸にドンと手を当てる様子を見て、ラーベラムは笑った。
「昔、そんな風にして誓った男がいるよ。
グラガレスっていう、髭面のオッサンがな」
そう口にする、ラーベラム。
青い眼が、どこか遠い昔を見つめるようで、青年の彼にはひどく似つかわしくない憂愁の色を帯びている。
「グラガレス……それって、確かこの国を作った人の名前だよね」
「おっ、アルは小さいのに、よく知っているな」
「うん、僕のお父さんが教えてくれたよ」
「そうか」
アルを褒めるラーベラム。
その表情は純粋に嬉しさを表していて、アントンの知るあのふてぶてしいラーベラムと、とても同一人物の表情に見えなかった。
「いいか、アル。
俺は人間じゃない」
「オバサンのラーベラムもそう言ってたよ」
「……」
「……違った、お姉さんって言わないといけないんだった」
「よろしい」
男の姿をしたラーベラムだが、些細なことを気にしているようだ。
だが、すぐにそんな様子も改める。
「いいか、俺は人間ではない。
前のラーベラムだった時もね人間じゃなかった。
俺はな、生きていくためには人間と契約を交わさないといけないんだ」
「ケイヤク?」
「そう、契約。
人間と約束をする。
そうしないと、俺は……ラーベラムという精霊は生きることができない宿命を持っているんだ」
「ラーベラムは、約束をしないと生きていけないセイレイなんだ。
だから、お姉さんだったラーベラムは消えてしんじゃったんだね」
「いや、ちゃんとあのラーべラムは生きている。
ただしな、ラーベラムは人間と契約を結ぶと、その時から、姿と人格がが変わるようになっているんだ」
「よく、分からないよ?」
「今はいいさ。
もう少し大人になれば、俺の言う意味が少しは分かるようになるだろう。
ただ、俺はこの前のラーベラムの、生まれ変わりみたいなものなのさ。
もちろん、お前のことはちゃんと覚えている。
そして、今まで生き続けてきたラーベラムの記憶全てを覚えている」
そう言いラーベラムの視線は、深い憂愁の色を深くしていく。
「いいか、アル。
ひとつだけ守ってくれ。
お前は、死ぬな。
お前が死ねば、契約者を失った俺も、死んでしまうからな」
「わかった。
僕、ラーベラムの言うことはよく分からないけど。
でも、約束なら、ちゃんと守るから」
そう言い、アルはラーベラムの顔を見た。
ラーベラムも小さなアルの顔を見る。
その瞳には、まるで女性の頃のラーベラムのような色が宿っていた。女性の、母のような穏やかで、暖かな瞳をしたラーベラムが、そこにはいた。