13
13
山賊に襲われていた時、ラーベラムに助けられた行商の名前をアントンと言う。
彼の命は、ラーベラムに助けられたことで助かった。
だが、その後の彼の運命は大きく変わってしまった。
少なくとも、当人はそのように思っていた。
なにしろ、ラーベラムは帝都を目指すと言いながら、一番初めにたどり着いた町で、一番いい服を選び、その代金をアントンに無理やり出させた。
次に帝都に向かうために、ユフラス大河を行く大型船に乗ったのだが、その船賃もアントンが出したのだ。
ラーベラムは、一等の船室を要求したが、そんな金は、アントンにはない。
「なんだと、この俺にただの庶民と同じ部屋で、寝ろだと!
絶対に許さん!」
そう意気込んだラーベラムは、船の乗組員に突っかかり、乱闘騒ぎまで引き起こした。
腕っ節の強いラーベラムであるが、船中の乗組員相手に、勝てるはずもなく、行き場がなくなって、ついに船から飛び降りて逃げ出す有様だった。
その時、アントンはこの厄介すぎる青年から逃げ出したかったのだが、時陽院の1人がアントンをラーベラムの連れ人だということを覚えていた。
いきり立つ船員たちに囲まれ、
「この乱闘騒ぎの責任をとれ。
弁償してもらうからな。
……何、金がないだと!
だったら、役所に付きだしてやる!」
いきり立つ船員たちから逃げるために、アントンも仕方なく、ラーベラムと同じく、船から飛び降りるしかなかった。
だが、これでラーベラムとはお別れだ。
川に飛び込んだ後は、ラーベラムと離れ離れになったのだ。
―――これで一安心。
そう思ったものの、次にたどり着いた街で、平然とラーベラムがお茶を飲んでいた。
何やら妙齢の美女相手に、楽しく話し込んでいたのだが、その彼が目ざとくもアントンの姿を認めたのだ。
お茶を楽しんでいたラーベラムは、コイコイと指で合図してくる。
だが、アントンは急いで逃げだすことにした。
「この男に関わっては、ダメだ。
もういやだ。
絶対に関わらない。
あんないかれた男はごめんだ!」
心の中で絶叫し、アントンは逃げたのだ。
幸い、ラーベラムはアントンが逃げ出した後も、美女とのお茶をのんびりと続けていた。
これで全て終わった。
めでたしめでたし……
「よっ」
次の街にたどり着くよりも早く、ラーベラムは街道上でアントンに追いついていた。しかも、あとから追ってきたであろうラーベラムの方が、涼しい顔をして、アントンがやってくるのをのんびりと待っていたのだ。
「どうして、お前が俺より先にいるんだ!?」
「それが、さっきの女性が場所で隣町まで行くってもんだから、途中まで同行させてもらってね」
「……」
にこりと微笑するラーベラムの顔は、なんともすがすがしそうだった。とても気持ちのいい顔をする、この男の顔は、そこだけ見れば天使の笑みだ。
確実に、真黒な尻尾が生えている、邪悪な天使の笑顔だが……。
その後、捕まってしまったアントンはラーベラムの言われるがままに、帝都近隣の街にまで旅を続けた。
「この街はよく知っているんだ。なんたって、昔の俺が作り始めた街だからな」
ラーベラムはそう言った。
「何を言ってる。
この街はリューシャン帝国の建国の時代に作られた街だ。
今から300年以上も昔の、『俺』って、一体どういう意味だ?
でも、こいつは見た目がまともでも、頭はおかしいから、これぐらいの言動はちっともおかしい部類に入らないぞ」
ラーベラムと旅する間に、すっかり鳴らされてしまったアントンは、そのように心の中で思った。
もちろん、口に出してこんなことを言うわけはないが。
だが、自称この街を作った男は、簡単に迷ってしまった。
「おかしいな。
ここはどこだ?
この俺の勘が間違っているのか?」
勘と言ってるところで、もう絶望的だった。
「……なあ、アントン。
お前ならこの街の道、知ってるよな」
ついに諦めたラーベラムは、あっさりと同行者のアントンに、道案内を頼んだ。
「俺はこの街に来たことがないんだ。
そんなの分かるわけないだろう」
「へっ?
それは困ったな」
今までふてぶてしい様子を崩さなかったラーベラムが、このとき初めて間抜けな顔をした。
「しかたない。
じゃあ俺の勘を、頼りにするか」
人に道を聞きもせずに、その後アントンとラーベラムの2人は、散々道に迷った挙句、どことも知れない袋小路に迷い込んでいた。
「おっ、ようやく探し物みっけ!」
と、それまでただの迷子と思っていたラーベラムが、そんなことを口にした。
突然走りだすラーベラム。
「おい、どこに行くんだ!」
走り出すラーベラムの後をアントンは追う。建物が乱立する道のため、すぐにラーベラムの姿を見失ってしまった。
「ハアッ、本当に自分勝手なやつだ。
なんて困った奴なんだ」
そうため息を口にしたアントン。
「だが、もしかしてこれは逃げるチャンスか?」
だが、ラーベラムが勝手に走っていなくなったのだから、これ幸いにアントンは逃げ出すことにした。
とはいえ、街の複雑に入り組んだ袋小路の中にいるために、簡単に抜け出すことができない。
小路のところどころには、まずしい貧民が群れていたり、明らかに犯罪と関わりのある人間たちの姿がある。
ラーベラムの財布代わりにされたせいで、ほとんどすっからかんの財布しか持っていない、アントンだったがねそれでも全財産を取られては困る。
犯罪者にしても、金のない貧民にしても、どっちかに襲われては困る。
アントンは小心者なのだ。
その結果、袋小路の道を、さらに人がいない場所だけを選んで進んだ。その結果、アントンは見てしまった。
刃物を振り回している男を、簡単にのしてしまったラーベラムの姿を。
「おい、俺は逃げてたのに、どうしてこうなるんだ……」
己の不運を呪うアントン。
そんなアントンに、こっちにこいと指で仕草をするラーベラム。
「トホホ、しかももう見つかってるし」
泣きたくなるアントンだった。