前奏
前書き
―――この物語が何であるか?
それは、書いている私にもわからない。
実を言うと、私は彼らが進む姿を書いているだけに過ぎないからだ。
その先に待ち構えるであろう、困難も喜びも、希望も絶望も……あるいは、そのようなものが果たして出てくるのかもわからない。
なぜならば、物語を紡ぐ人間さえもが、この物語の先にある話を知らないのだから。
ただひとつ願うことがあるとすれば、紡がれいく彼らの先に、わずかなりとも希望の光があらんことを。
(読書前に 作者よりのメッセージ)
前奏
東西数千キロにわたって広がる、広大な大陸リューシャン。
この大陸には四つの大国が存在する。
西から順に、
かって共和制国家として存在し、今は帝政となったロマーナ帝国。
首都近郊に百万の常備軍を持つと豪語する、軍事大国リューシャン。
術界の国と呼ばれ、三千年の時をただ一つの王朝が納めるエンシェントガーナ。
そして広大な領土から産する豊かな物産によって、大陸随一の経済力を誇る華国。
これらが、この大陸に存在する大国の名だ。
この中の一つ、リューシャン帝国の建国には、次のような話があった。
建国の大帝グラガレス・リューシャンは、黄金の瞳をしていた。それは人間の瞳ではない。千里の彼方を見通し、人々の心の中をガラスの如く見通す瞳。
その瞳の前ではすべての存在が、隠れることがかなわず、大帝はすべての者を見通すことができた。
その力を持って、大帝が率いる軍勢は諸国の軍隊をことごとく退け、数多くの国々を征服することで強大な国家を打ち立てた。
それが大陸に君臨する四大国のひとつ、リューシャン帝国だ。
そんな大帝の瞳を、人々は畏敬と憧れ、そして恐怖をもってこう呼ぶ。
『黄金樹の瞳』
あるいは『黄金の双眼』と。
黄金樹とは、知恵の木の実とも言われ、その実を食べたものは、すべての知識を得るとされる。すべての物事を見通す大帝の瞳は、まさに黄金樹そのものと言って過言でなかった。
とはいえ、大帝にとて決して抗うことのできないものがある。
大帝の死。
歳を得たものに訪れる老いと死が、大帝にも等しく訪れたのだ。
大帝の死後、再び黄金樹の瞳を持ったものは現れなかった。
そのため時間の変遷とともに、黄金樹の瞳は、伝説の時代のこととして、人々の間で語り継がれていくだけとなった。
人々はこの伝説を聞き、黄金樹の瞳の力に、焦がれる者もいた。とはいえ、伝説の力に焦がれることはあっても、そのような瞳が再び人の世に現れるなどと誰が思うであろう。
もはや、誰もが伝説であり、ただのおとぎ話としか思わない程度に、時が流れているのだから。