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転生先で誘拐されましたが、どうにかなるものです。家族っていいよね。

作者: NONAME
掲載日:2026/09/05

幼子を描いてみたかったけど、難しすぎて転生させてしまった。

楽しんでいただけたら何よりです。



……ここはどこだ?


目を覚ました瞬間。


俺は、知らない森の中にいた。


湿った土。苔むした石。

見上げれば、見たこともないほど大きな木々。


そして、


「……て、ちっちゃ」


目の前にある自分の手は、どう見ても幼児のものだった。


ぷにぷに。指は短い。

服は上等そうなのに泥だらけで、靴は片方なくなっている。


「…………なるほど」


妙に冷静だった。

前世の俺は二十一歳。

大学三年生。趣味はソロキャンプ。

そして何より、異世界もの小説が大好きなオタク。

キャンプ場で焚き火を眺めながらウェブ小説を読むのが至福の時間だったくらいには。


知らない森。幼児の体。それなのに成人した自分の記憶。

となれば、答えは一つ。


「転生……か?」


でも、少し違った。

頭の中にはもう一つ、別の記憶があった。

この体の持ち主――リュカとしての記憶。

大きなお屋敷。

優しく抱きしめてくれる女の人。

高い高いをしてくれる男の人。

二人のお兄ちゃん。


そして、怖い記憶。


馬車。

悲鳴。

剣の音。


知らない男たちに袋を被せられて暗くて怖くて、


『おかあしゃまぁ!』


『とうしゃまぁ!』


『にいしゃまぁ!』


『たすけちぇ!』


どれだけ泣いても誰も来なかった。

そのあと、何日も荷馬車に揺られて。

知らない街で。


「もう面倒だな。ここに置いていくぞ」


そう言われて、森に置き去りにされた。

小さなリュカは人が怖くて遠くに見える街から逃げるように歩いて森へ入ってそして疲れきってしまった。

そこで、前世の俺の記憶が戻ったらしい。

転生というより前世の人格と今世の記憶が混ざったような、不思議な感覚だった。

でもどちらも自分。それだけは自然に分かった。


「まあ……」


異世界もの大好き大学生としてまずやるべきことは分かっている。


「水の確保。それから安全な場所」


キャンプの基本だ。

水。

雨風をしのげる場所。

食料。

火。


よし、立ち上がる。


ぐらっ。


「うわっ」


べしゃ。


転んだ。


「…………」


地面がものすごく近い。

そうだった。今の俺、たしか三歳。

前世ではテントも一人で張れた。

薪も割った。

ロープワークだって得意だった。

でも今、身長九十センチあるかどうか。


「ハードモードしゅぎる……」


言った瞬間。自分の声に違和感。

舌がうまく回らない。


「しゅぎる……?」


もう一回。


「すぎる」


言えた。でもちょっと怪しい。

幼児の口ってこんな感じなのか。

なんて考えていたら。

急に胸がぎゅっと痛くなった。


森。

暗い。

知らない場所。

一人。

頭では分かっている。


落ち着け。

森は好きだった。

野営もしたことがある。

でも体が怖がっている。


「……おかあ、しゃま」


勝手に口から出た。

涙。

ぽろ。


ちょっと待て。

俺、泣くの?

前世二十一歳だぞ。


「うぇ……」


駄目だ。

止まらない。

寂しい。

怖い。


「おかあしゃまぁ……」


とうとう。

その場にしゃがみ込んで。

声を上げて泣いた。


(いや待って。俺の精神年齢どうなってるんだ)


頭の片隅ではそう思う。

でもそれ以上に今世のリュカの感情が強かった。


ひとりはいやだ。





どれくらい泣いたのか。


がさっと藪が揺れた。


「……」


ぴたりと泣き止む。

野生動物か?いや、ここは異世界。

つまり魔物の可能性もある。

異世界ものの序盤にありきたりの森。

幼児となれば。


スライムか。

ゴブリンか。

狼か。


「しゅらいむでお願いしましゅ……」


がさっ。


出てきた。

狼だった。

しかもでかい。


黒い毛。

赤い目。

牙。


額には小さな角まである。絶対普通の狼じゃない。魔物だ。

狼に出会ったら背中を見せない。走らない。前世の知識はある。でも今は三歳。


「むりじゃん……」


狼が低く唸る。


ぐるるる。


怖い。逃げたい。でも足が動かない。


その時、ふと狼の腹が目に入った。痩せている。


「……おなか、しゅいてる?」


ポケットを探ると固いパン。

誘拐犯から最後にもらったもの。

俺だってお腹が空いている。

でも、オオカミも空いているようだ。


「……たべる?」


パンを差し出す。狼が唸る。


「ぼく、もうおなかいっぱいだから」


ぐううううう。


俺の腹が盛大に鳴る。


「……」


狼が俺を見る。


「ちょっとだけ、しゅいてるけど」


パンを半分に割る。


「はんぶんこ」


狼の前へ置く。自分も残りを齧る。

固い。でも空きっ腹にはおいしい。

狼もゆっくり近づいて食べはじめる。


「おいちい?」


言ってから喋り方が完全に幼児なことにちょっとしょぼん。


狼が近づく。


ぺろ。


頬を舐められた。


「わっ」


もう一度。


ぺろ。


「くしゅぐったい」


笑ってしまう。怖かったはずなのに今はなんとなく平気。


「わんわん、よしよし」


頭を撫でると、俺を包むように座りぺろぺろと顔を舐めてくる。


第一難関クリア。

これからどうしようかとちょっとざらついた狼の腹を撫でていた。



「動くな」


いきなりの低い声に心臓が飛び出る寸前。


「ひっ!」


振り向くと老人だった。

白髪。

白い髭。

大きな体。

古い外套。

弓。

剣。


ものすごく怖い顔。

俺は固まった。


「その魔狼から離れるんだ」


「……まりょう?」


「静かに。こっちにこい」


老人が弓を構える。

俺は狼を見る。

魔狼は俺を守るように前に立つ。


「でも」


頭を撫でながら


「いいこらよ?」


魔狼がくぅんと俺の手を舐める

老人の眉がぴくりと動いた。


「……なぜ懐いている」


「ぱん、はんぶんこちたの」


「……」


長い沈黙。


「お前」


「はい」


「親は」


胸がきゅっとする


「……わかんにゃい」


「名前は」


「りゅか」


「家名はあるのか?」


「わかんにゃい……」


老人は俺をじっと見た。

リュカとしてはだいぶ怖いという感情。

でも目は思ったほど怖くないと思った。


「腹は」


ぐううう。


お腹が勝手に返事をした。


老人がため息をつく。


「ついて来い」


「どこいくにょ?」


「飯を食わせる」


「……ごはん?」


「ああ」


目がぱあっと輝いた。


「いく!わんわんもいっしょ!いい?」


老人がまたため息をつきながら頷く。


老人についていこうとトテトテと歩いていくと転びそうになる。


すると魔狼は首元を噛むとひょいっと背中に乗せてくれた。


こいつ…なんていいやつなんだ…


暖かい背中の温もりになんだか目が重たくなっていく。

このまま寝たら落ちないだろうか、そんなことを思ったことは覚えている。





老人の家は森の奥にある小さな石造りの家だった。


煙突。

薪。

井戸。

小さな畑。


前世の俺なら「最高だー!」といいながら喜んだだろう。理想の山小屋だ。

ただし現在の俺は誘拐されて森で拾われた三歳児。


狼の背で寝てしまった俺を大きな木箱の中に寝かせて、老人はご飯の用意をしてくれていたようだ。

美味しそうな香りに目が覚めた。


天井が見える。ここは家の中だと認識する。


「起きたら、こっちに座れ」


椅子を指さされ、トコトコと向かったが高くて登れない。


「……」


老人を見る。老人も俺を見る。


「のれにゃいの…グスッ」


老人は無言で抱き上げてくれた。


「わっ!」


反射的に首にぎゅっと抱きついた。


椅子に降ろされる。


「ありがとなの」


「礼は言えるのか」


「おかあしゃまがかんしゃはちゃんとつたえなしゃいって!リュカはちゃんといえましゅ!」


老人は立ち上がると湯気のたったお皿をもってきてくれた。


この匂いはシチュー!


「わぁ…!」


じゃがいも。肉。にんじん。きのこ。キラキラ輝いて見える。


「食え」


「いいの?」


「ああ」


「ぜんぶ?」


「ああ」


「ほんとに?」


「早く食え」


「いただきましゅ!」


一口。


「おいちぃ!」


温かくて涙が出た。

老人がぎょっとする。


「どうした?まずいか」


フルフルと首を振る。


「ではなぜ泣く」


「おいちいから……」


それからは食べるのに夢中だった。

あっという間に空になる。


「もう一杯食べるか」


「たべりゅ!」


お腹いっぱいで幸せだ。


「ごちそうしゃまでちた」


老人が皿を片付ける。


「俺はガルドだ」


「がるどおじいちゃん」


「おじいちゃんではない」


「がるどじいちゃん」


「違う」


「じーちゃん?」


「……好きにしろ」


勝った。


じーちゃんは外にいる魔狼にも肉とじゃがいもをあげていた。


よかった、あいつもお腹いっぱいだ。






その夜、ベッドは一つ。


「お前が使え」


「じーちゃんは?」


「床」


「だめらよ!こし、いたくなりゅ」


「ならん」


「おじいちゃんだもん」


「……」


「とりあえず寝ろ」


布団は温かい。でも眠れない。

暗いところで目を閉じると誘拐された時の袋を思い出す。


「……」


胸がざわざわし始める。全然眠くならない。


「じーちゃん」


「なんだ」


「いる?」


「ああ」


沈黙。


「どっかいかない?」


「行かん」


「ほんと?」


「ああ」


「ぜったい?」


「ああ」


目を閉じてしばらくしては同じ質問を繰り返す俺。


ガルドじーちゃんはため息をつきながら、ベッドに入ってきた。


「ここにいる。早く寝ろ」


じーちゃんの温もりにようやく安心できたのか眠くなってくる。


「おやすみ、がるどじーちゃん」


大きな手が頭を撫でてくれた。





翌朝。


目を覚ますと隣には誰もいない。


「……じーちゃん?」


返事もない。

胸がぎゅっとした。


(落ち着け。外だ。薪とか井戸とか)


理性はそう言う。


でもそうもいかない三歳児。


「じーちゃぁん!」


扉が勢いよく開く。


「……どうした」


ガルドじーちゃんは薪抱えてた。


「!」


ベッドから飛び出て走り抱きつく。


「じーちゃん!」


「……」


「いなくなったとおもったぁ!」


「薪を取っていただけだ」


「いってよぉ!」


「寝ていた」


「おこちて!」


(おい俺)


完全に三歳児のしゃべり。


でもガルドじーちゃんは怒らなかった。


頭をぽんぽんして


「次から言う」


「……うん」


嬉しい。ものすごく嬉しい。





朝ごはんを食べた後、

ガルドじーちゃんは俺を近くの村へ連れて行った。


森から一時間以上かかる村だという。

俺の足で歩けるのか?と思いつつ、後をついていく。


「じーちゃん」


「なんだ」


「あち、ちゅかれた」


「まだ半分だ」


「むり」


「歩け」


「あるけない」


「……」


ガルドじーちゃんは背中を向ける。


「乗れ」


「いいの?」


「早くしろ」


「やったぁ、おんぶだぁ」


高い。そして温かい。


「じーちゃん」


「なんだ」


「ぼく、おもい?」


「軽い」


「ほんと?」


「鹿より軽い」


「しかとくらべないで」


「なぜだ」


「ぼく、にんげん」


「知っている」


いつの間にか背中で寝てしまった。





村に着いた。小さいが、とても賑やかだった。

しばらく歩くとたくさんの視線を感じる。


「ガルド?」


「その子どうしたの?」


「隠し子か!?」


「馬鹿! 孫だろ!」


いい匂いがする。これはパンだ!


丸い顔のおばちゃんが見える。


視線が合うと


「まあ!」


走ってきた。


「可愛い子だねぇ!」


頬をむにむにとされる。


「お名前は?」


「りゅかでしゅ!三歳でしゅ!」


指を三本立てて見せる。


「まあまあまあ!」


ガルドじーちゃんの背中からおばちゃんに抱きかわった。


「んまー!こんなに軽くて!!ガルド、ちゃんと食べさせてるの!?」


「昨日森で拾った」


「拾った!?」


一気に大騒ぎとなった。

役場らしきところで、迷子届を出す。

近隣での情報を探してもらう。

誘拐などの記録はなし。

村長さんもきて

「しばらく預かるしかないな。ちょっと遠いが街に行けば教会の孤児院がある。そこに―」


孤児院と聞こえて、俺はガルドじーちゃんの服をぎゅっと掴んだ。


「……や」


頭では孤児院に行った方が安全かもしれないと分かる。


「やだ」


「リュカ」


「じーちゃんといりゅ」


ガルドじーちゃんが眉間に皺を寄せながら考える。


俺は頭では追いつかない感情が出てきて、それでも泣いたらいけないと思いながらガルドじーちゃんを見つめていた。

外から見れば目に涙を溜めてうるうるの三歳児。


「ガルド…」


一緒に来てくれたパン屋のおばちゃん。


「わかった。私が預かる」


「いいのか?」


「手続きしろ」


村長さんはちょっと狼狽えながら


「お前が子どもを見れるのか?」


「飯は作れる」


「そ、そういう問題ではないのだが、、」


俺はガルドじーちゃんを見上げて


「いいの?」


「身元が分かるまでだ」


「ずっと?」


「分かるまで」


「ずっと?」


「……わからん」


「やったぁ!」


村長が笑う。


「もう孫だな」


「違う」


「じーちゃん!」


「……」





それから二年が経ち、俺は五歳になった。

正確な誕生日は分からない。

だからガルドじーちゃんに拾われた日が俺の誕生日になった。

村への道のりも覚えた。


「リュカ!」


パン屋のおばちゃんに声をかけられる。


「今日は何食べたい?」


「はちみちゅぱん!」


「はいはい」


鍛冶屋の前を通れば


「リュカ、木剣できたぞ」


「ほんと!?」


「ただしガルドがいる時だけだ」


「はーい!」


猟師のお兄さんに会うと


「森で一人になるなよ」


「わかってりゅ」


「本当か?」


「……たぶん」


「駄目だろ」


おばあちゃんたちには完全にガルドんとこの孫として認識されてる。


「じーちゃんは森でおしごと!」


ガルドじーちゃんのことを聞かれれば普通に答える。


いや待って。俺も完全に孫のつもりになってるな…


まぁ、もういいか笑





前世はキャンプ好きだった。

今世は森暮らし。かなり楽しい。


ガルドじーちゃんは、薬草、獣、森のことを教えてくれる。

俺も前世知識をちょっこっと披露する。


「じーちゃん、こうむしゅぶと、ほどけにくいよ」


縄を結んでみせる。


「どこで覚えた」


「んー、わかんにゃい」


「……」


怪しい目をされるが、五歳児にはわかりません。


次は火起こし。


「まず、ほしょい枝を――」


するとガルドじーちゃんが指をぱちんと鳴らす。


火がボッとつく。


「……」


「どうした」


「まほう、ずりゅい」


「何がだ」


(そりゃそうだよ。異世界だもん)


文明が違うもんな。





ある日の水汲み。


桶が重い。


「水魔法とか、ちゅかえないかな」


手を出す。


「おみじゅ」


ぽよん。水球がでた。


「……」


俺。


「…………」


ガルドじーちゃん。


「…………」


「でた」


「もう一度」


「おみじゅ」


水。


「ひ」


ぽっと火がでた。


「かじぇ」


そよそよとガルドじーちゃんの髭がゆれる。


「かじぇっ!」


さっきよりも強く言ってみる。


バサっと髭がじーちゃんの顔にあたる。


「ごめんしゃい」


「次」


「んとー、つち?」


手のひらを向けた地面がボコっと盛り上がる。


「ひかり」


ピカッと指先が光る


「やみ」


影がぐにゃぐにゃする。


ガルドじーちゃんが黙る。


「じーちゃん?」


「魔力測定する」


そういうと俺を担いで村に向かった。


村に唯一ある教会。そこには魔力測定石というものがある。

石は三個あり、一つずつ触っていくのだ。

普通の人は透明。

魔法使いに特性があると青→紫→金→黒に光る。

金や黒は上級貴族、王族にしか特性が出ない。

一つ目は微々たる魔力でも多少あれば光る。

二つ目は下級貴族の魔力で光る。

三つ目は上級貴族の魔力で光る。



一つ目を触る。すると石は強い白い光を放つ。


「……」


神官が固まる。ガルドじーちゃんが固まる。


「きれぇだねぇ」


俺は自分で光らせた色に目を輝かせてた。


二つ目。


さっきよりも強い白い光を放つ。


三つ目。


今度は白く光った後に七色に光り始める石。


神官は顎が外れそうなくらい口をあけていた。しばらくすると自分の手で石を触る。

すると石は紫色に光った。


「壊れてはいない……」


頭を抱える神官。


「見なかったことに」


「ガルドっ、それは…!」


「リュカ行くぞ」


俺の手を掴んで教会を出る。

じーちゃんに何か言いたそうな神官に手を振っておいた。


「リュカ、人前で魔法を使うな」


「なんで?」


「面倒になる」


その説明は前世異世界オタクにはものすごく納得。


うーん、これがチートか。





実は、もう一つ変な能力もあって、俺は魔物や動物の気持ちが分かるようになっていた。


声そのものじゃない。

でも、痛い。怖い。嬉しい。お腹すいた。

などの感情が流れ込んでくるのだ。

これには少し困った。


森の中角兎がいる。


「おいでー」


近づくとお腹空いているっぽい。


「はい、きのみ」


もぐもぐ。


「かわいいねぇ」


ガルドじーちゃんは遠い目した。


「なぜ逃げん」


「ぼく、いいこだから?」


「そういう問題ではない」


最初の魔狼は時々やってくる。


俺はくろと名付けた。


「くろー!」


尻尾をぶんぶんと振りながら走ってくる。


「おなかしゅいた?」


俺に体を擦り付けてくる。大きい体でそれをするから俺はいつも尻餅をつく。


「きゃはは、くすぐっちゃいよー」


ガルドじーちゃんはまた遠い目をしていた。


「魔狼が犬になった」


クロはじーちゃんに腹を見せる。撫でろというように。


「……」


「かわいいねー」


「……否定はせん」


じーちゃんの大きい手でお腹を撫でられるくろは満更でもない感じで尻尾を振っていた。




とある日、森の方から聞こえた。


『いたい』


俺は家の横の畑で立ち止まる。


「……?」


『いたい』


声が遠い。

今日はガルドじーちゃんは村に行っている。俺は留守番。

これは森の奥から聞こえてる?


ひとりでは森の奥には行くな。


じーちゃんとの約束だった。

でもずっと聞こえる。


『たすけて』


胸が痛い。


(駄目だぞ俺)


前世は二十一歳。でも今の俺は五歳児。

そして一人。何があるかわからない。危険。

でも弱々しくなっていくその声に居ても立っても居られない。


「ちょっとだけ」


いつものお出かけセットのカバンを肩にかけて


「くろー!」


くろをよんだ。森の中へ歩いていくとどこからかくろが来てくれた。


「くろ、僕のことのっけてくれる?」


くろの背に乗りながら声のする方を指示しながら向かう。


だいぶ森の奥に来てしまった。



「あっ!くろ、あそこだよ!」


見つけた。銀の毛玉が見えた。


「……わんこ?」


小さな狼。くろとは違う、銀白色。

額には青い紋様がある。

足に鉄の罠がかかっている。

血が出ている。


『こわい』


「だいじょーぶだよ」


くろから降りて近づく。


牙を出して唸る。


「こわいよね」


ちょっと離れたところに座る。


「ぼくも、ひとりのとき、こわかった」


ゆっくり手を伸ばす。


「でも、じーちゃんきてくれたの。だからぼくも、たしゅける」


鉄の罠を触ると魔力を込める。


「われろ」


ぱきんと割れた。


「……」


(やっぱり俺、チートじゃね?)


「よかったぁ!」


くろがまわりをうろうろしている。


「いたいよね、ちょっとさわってい?」


上目遣いで俺を見上げるが敵意はもう見えない。


傷に手を当てて


「いたいのいたいのとんでけー!」


パァッと光ると


傷がみるみる閉じていく。


子狼は痛くなった足と俺を交互に見て、おそるおそる立ち上がる。


ぺろ。


「くしゅぐったい」


抱っこしてみる。五歳児の俺でギリギリ持ち上げられるまだ小さい狼。もふもふしている。


(やばい!なんだこの手触りは!)


前世は大型犬を多頭飼いするのが夢だった。


「くろ、この子もくろくらいおおきくなるかな?」


「くぅーん」


ちょっと困った顔をしたくろがいた。

抱っこしながらくろの背に乗っけてもらって家に向かう。



「リュカ!」


「ひゃっ!」


前方から怖い顔をしたガルドじーちゃんが走ってきた。


「一人で奥へ来るなと言っただろう!」


「ごめんなしゃい!」


「ばかものがっ」


じーちゃんがすごい怒ってる。


「でもこのこがいたいって、ないてたの


子狼を見せる。


ガルドじーちゃんが固まる。


「わんこ、ないてた」


「違う、フェンリルだ」


フェンリル。


異世界もので鉄板のやつだ。


「まじ?」


「まじ?」


「あっ」


失言。


フルフルと頭を振る。

伝説級魔獣とされてるフェンリル。成体なら一頭で騎士団壊滅すると言われてる。


俺の腕の中でスピスピ寝てる。もふもふの子。


「わんこ、かっていい?」


「駄目だ」


「……」


子フェンリルが起きて、じーちゃんと俺を交互に見て、俺の服をぎゅっとした。

俺は涙目でじーちゃんを見た。


「あしけがしてたの。だめ?」


「……治るまでだ。名前はつけるな」


「わかった!」


「絶対に名前はつけるな」


「うん!」


家に着いて、十分後。


「ちろ!おいでー」


ヘッヘッヘッと俺に寄ってくる子フェンリル。


かわええー。



「リュカ」


「ん、なあに?」


「名前」


「ちろだよ?」


「……シロではないのか」


「ちろなの!」


「……」


発音がまだ難しくて、シロが言いにくい。

でも本人、いや、本狼が尻尾をぶんぶんしながら


「ちろ!」


「わふ!」


と返事をする。


ガルドじーちゃんは空を見た。


「名前をつけるなと言ったんだが…」





数日後、ちろの傷は完全に治った。

畑を走り回る幼児と子狼。


「森へ戻れ」


ガルドじーちゃんがちろに言う。


チロは俺の後ろに隠れる。


「じーちゃん、ちろがここにいたいって」


必殺、五歳児のうるうる上目遣い。


「……好きにしろ」


「やったぁ!じーちゃんだいすき!」





それから一ヶ月後。


今度は木の上から


「ぴゃ」


ポスっと俺の頭の上に何か落ちてきた。


「いたっ」


艶やかな色の体に金色の尾。翼が折れてる。


「とりしゃん?」


『いたい』


「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


治癒を願う。


「いたいのいたいの、とんでけー」


バサバサと翼を確かめると手の中から俺の肩にうつる。


「おうちかえれりゅ?」


『リュカ』


「ぼく?」


『いっしょ』


「いっちょ?」


コクコクと頷く。


「じゃあ、ぴぴしゃんだ」


夕方、ガルドじーちゃんが帰宅すると俺の頭の上を見て固まった。


「じーちゃん、おかえり!」


「……リュカ」


「なあに?」


「その鳥はなんだ」


「ぴぴ!」


「名前は聞いていない」


「とりしゃん」


「精霊鳥だ」


「せいれーちょー?」


「百年に一度見られるかどうか」


「へえー、ぴぴしゃん。せーれーちょーなの?」


ぴぴは木の実をパクっと食べた。


「かわいいでしょ。」


ガルドじーちゃんは考えるのをやめた。


「そう、だな」


俺の頭をポンポンとすると、荷物を片付けに家の奥へと行った。





村では秘密が増える。


パン屋のおばちゃんがちろを見て


「まあ! かわいい!」


鍛冶屋のおじちゃんがちろを見て


「……これ、犬か?」


「聞くな」


ガルドじーちゃんが言う。


ぴぴが俺の頭に止まる。


「鳥も珍しくないか?」


「聞くな」


村長さんに出会うと俺を見て


「リュカ」


「なあに?」


「お前、将来大物になるな」


「おっきくなりゅ!」


「そういう意味じゃないんだがな、、たくさん食べろよ」


「うん!じーちゃんみたいになるの!」


村人のみんなが秘密を守る。


「リュカはこの村の子だからな」


と言われた。



幸せだった。


前世では異世界に来たら魔法を使って、魔物をテイムして冒険したいと思ってた。

今、全部が叶ってる。

朝、ガルドじーちゃんが作るスープを食べて、昼に村に遊びに行ってパン屋のおばちゃんがくれるパンを頬張りながらみんなに挨拶して、夕方、くろやちろ、ぴぴと遊んで、夜は暖炉でガルドじーちゃんとお話するそんな一日が嬉しくて大好きだ。


「じーちゃん」


「なんだ」


「ぼく、ここしゅき」


「そうか」


「ずっといていい?」


ガルドじーちゃんは静かに薪を入れる。


「好きにしろ」


俺はもう知ってる。


それは


「いいぞ」


って意味だ。


「えへへ」





その頃。

遠くフェアクロフト公爵のエドガー・フェアクロフトは王都から巨大魔獣討伐隊を率いていた。

八メートルのギガントボア。

村を二つ襲撃し、死者・負傷者が多数出た。

公爵は歴史ある武人の家系。当代ももちろん強い。

でも彼には現在消えない傷に苦しんでいる。

末息子リュカリエールが二年前に誘拐され、そのまま行方知らずとなっている。

妻は毎年誕生日にケーキを焼く。

兄二人もそのままになっている弟の部屋にプレゼントを置く。

犯人である盗賊は捕まえた。


『途中の街に捨ててやったよ』


情報はそれだけで国中探した。

隣国にも伝手を頼り探した。それでも見つからない。だが、諦めてはいない。

今回の討伐地は王国西端。

偶然にも今まで捜索の情報がなかなか集まらなかった場所。





森の中、ガルドの家。


じーちゃんが怖い顔してる。


「今日は外へ出るな」


「なんで?」


「森に大物の魔物がでた」


ちろが唸る。ぴぴの羽も逆立つ。


「じーちゃん、いくの?」


「ああ」


「ぼくもいく」


「駄目だ」


「でも」


じーちゃんはしゃがんで俺の目を見る。


「私は戻る」


「……ほんと?」


「ああ」


「やくしょく?」


「ああ」


俺を小指出す。


「ゆびきりして」


じーちゃんは小指を絡める。


「これでいいか」


「うん、くろもつれてって」


ガルドじーちゃんはくろを連れて、森の奥に歩いて行った。





一時間。二時間。俺は待つ。


「……」


ちろが突然立つ。


『ガルド』


「じーちゃん?じーちゃんがどうしたの?」


『いたい』


胸がドクンとした。


「いかなきゃ」


頭で、待てと大人を呼べと村に行けと。

分かってる。でも。今世の俺はもう走ってた。


「じーちゃん!」


いつのまにか俺を乗せれるほどに大きくなったちろの背中に乗せてもらって、じーちゃんを探しに出た。




森が壊れている。木が倒れ、地面が抉れている。


「みちがなくなってる…」


ガルドじーちゃんとよく通る森の道は破茶滅茶になっていた。


「じーちゃん…ちろ、いそいでさがそう」





巨大な猪がいた。くろと対峙している。


「……でっか」


異世界を舐めてた。八メートル。完全に怪獣だ。


ガルドじーちゃんは木にもたれて、頭や腕から血を流してる。


「じーちゃん!」


「リュカ!?来たらあかん!」


ギガントボアが俺を見た。

赤い目が光ったと思ったら突進してきた。


冷静に無理。死ぬ。

今世の俺。


でもガルドじーちゃんが血を流してる。息も辛そうだった。


「じーちゃんは」


ぎゅっと目を瞑り泣きながら叫んだ。


「ぼくの、かぞくだもん!」


その瞬間、ちろと俺の周りに銀色の光の幕ができ、突進してくるギガントボアを弾いた。


「へっ?」


ギガントボアも何が起こったんだと困惑してる。


「ちろ!」


『リュカいくよ!』


「ピィィィ!」


ぴぴが空から鳴きながらギガントボアに突っ込む。まるで弾丸のように。


グオオオオオオオオ!!と雄叫びをあげながら、ギガントボアがよろめく。


森の中からたくさんの光がちろと俺の周りに集まってくる。


「せーれーしゃん?」


無数の精霊たちが力をくれる。


『リュカ』


『たすける』


『森の子』


『泣かないで』


俺はちろにギュッと抱きついて


「おねがい」


溢れる魔力を注ぐ。


「ちろ、やっつけて!」


木の根が地面から百、いや千と伸びてきて

ギガントボアに絡みつく。


「ブオオオオ!」


巨体を締め付ける木の根。


「じーちゃんをいじめちゃ、だめぇぇ!!」


叫ぶと同時にちろがギガントボアに向けて放った閃光は肩を貫通する。


グオオオオオオオオ!!


馬の音がする。


「いたぞ!」


騎士団が来た。





先頭には黒髪の男の人。


「臆するな!攻撃を開始!怪我人を退避させろ!」


馬から降りて団員に指示を出す。


「じーちゃん!じーちゃん!」


ちろから降りて、じーちゃんに駆け寄る。


「リュカ…大丈夫だ」


「じーちゃん!うわーん」


俺はじーちゃんに泣きながらじーちゃんに抱きついた。


ちろの唸る声がした。

見ると先ほどの黒髪の男の人が近づいてきていた。俺を見て固まる。


「君は…」


泣きそうな顔をしながら声をかけてきた。


「君の名前は?」


「……りゅか」


男の息が止まる。


「何歳だ」


「ごしゃい」


震えながら言う。


「右肩に、月の形の痣がないか」


俺は分からない。


ガルドじーちゃんを見た。


じーちゃんが言う。


「ある」


男はそばまでくると膝をつく。


「リュカ」


「……?」


「私だ」


手を伸ばす。


「父だよ」


一瞬の静まり。


「……とーしゃま?」


記憶を辿る。

大きな手。高い高い。笑い声。


『リュカ、大きくなるんだぞ。とうさまを超えるんだ』


同じ声。この人。父親だ。

誘拐された俺を探してた。

頭で全部整理できる。

なのに、小さなリュカはずっと聞きたかった。


「ぼくのこと……」


声が震える。


「しゅてたんじゃ、なかった?」


男は即言う。


「違う!」


「だってむかえにきてくれなかった」


「違う!」


「……」


「ずっと探していた!」


「……」


「母さまも!」


「……」


「兄たちも!」


男は泣きながら訴えた。


「一日だって、お前を忘れたことはない!」


俺は涙をぽろぽろと流しながら


「ほんと?」


「ああ!」


「ぼく、いらないこじゃなかった?」


「そんなわけがない」


俺を抱きしめる。


「お前はいらない子なんかじゃない。私の大切な息子だ」


「うぇぇ……!」


「とーしゃまぁぁ!」


父は強くでも優しく抱きしめてくれた


「リュカ……!」





「そうだ、じーちゃん!」


ガルドじーちゃんが怪我したままだ。


「いたい?」


「大丈夫だ」


「うしょだ」


「……」


「いたいのいたいの、とんでけ!」


パァッと光ると傷が閉じていく。


「あとあと、うんと、きれいきれいになーれ」


傷の周りの土汚れがなくなる。

くろやちろ、ぴぴも俺とじーちゃんのそばにやってくる。


騎士たちが唖然とする。


「なんだ今のは?」


「呪文なしか?」


「治癒魔法?」


「あれはフェンリル?」


「え?精霊鳥?本物か?」


「魔狼って懐くの?」


父は呆然と俺を見ていた。


ガルドじーちゃんがいう。


「面倒になると言っただろう」


「あ…ごめんなしゃい」





「リュカ」


父は手を差し出すと言った。


「家へ帰ろう」


母。


会いたい。


兄。


会いたい。


でも胸が、ぎゅっとする。


ガルドじーちゃんを見る。


「……じーちゃんは?」


じーちゃんは静かに言う。


「私は森へ戻る」


「や!」


即答。


「リュカ」


「やだぁ!」


服を掴む。


「じーちゃんも!」


「お前には本当の家族が」


「じーちゃんも、かぞく!」


ガルドは止まる。


「とーしゃまも!かあしゃまも!おにいちゃまたちも!」


泣く。


「でも、じーちゃんもかぞくだもん!かぞくはいっしょじゃなきゃだめだもん!うわーん!」


父は目丸くしていた。

ガルドじーちゃんがこんな困った顔をしたのを初めて見た。


父がガルドへ深く頭を下げる。


「息子を育ててくださってありがとうございました」


ガルド。


「私はなにも…」


「ごはんちゅくってくれた!」


「リュカ」


「かぜひいたとき、ずっといてくれた!」


「もういい」


「よるこわいときも、いっしょにねたし、はちみちゅのおかちこがしたときも――」


「それは言うな」


父は笑う。


「ガルド殿」


手を差し出す。


「どうか一緒に来ていただけませんか」


ガルドじーちゃんは俺を見る。


「じーちゃん」


俺は必殺技を使う。


両手を伸ばして、目をうるうるさせながらじーちゃんを見て


「いっちょにいこ?」


沈黙が長い。


「……わかった」


「やったぁ!」


俺はじーちゃんに飛びついた。




父と再会して数日後。

リュカたちは、フェアクロフト公爵家へ戻るための馬車に揺られていた。

もちろん。ガルドも一緒である。


「じーちゃん、だいじょーぶ?」


「何がだ」


「おうち、おっきいって」


「見たことはある」


「そーなの?」


「ああ」


「おしろも?」


「ある」


「しゅごい!」


リュカは素直に目を輝かせた。


向かいに座る父――エドガーは、そんな二人のやり取りを聞きながら眉を寄せる。


「……ガルド殿」


「なんだ」


「以前、王都に?」


「昔な」


それだけ。ガルドは窓の外を見ていた。

エドガーは何か引っかかるような顔をした。

森で会った時からずっと気になっていた。

剣の構え。周囲への警戒。魔物の急所を一瞬で見抜く知識。

そして騎士団の隊列を見ただけで。

「右翼が開きすぎている」と何気なく呟いたこと。

ただの元冒険者にしては妙に軍人にちかいなと。

とはいえ、恩人を探るようなことはできない。





王都。

フェアクロフト公爵邸。

リュカの帰還。

屋敷は大騒ぎになった。


母、兄、使用人は泣いて喜んだ。

その騒ぎがようやく落ち着いた頃。

王宮から使者が来た。


「陛下が、リュカリエール様との面会を望んでおられます」


「ぼく?おうさま?」


リュカは首を傾げる。


「おうさま、えらいひとでしょ?なんでぼく?」


エドガー。


「この国で一番偉い方だ」


「とーしゃんより?」


「ああ」


「じーちゃんより?」


「……それは比べるものではない」


ガルド。


「私はただの爺だ」


「じーちゃん、しゅごいよ?」


「何もすごくない」


この時エドガーは知らなかった。

翌日王宮がひっくり返ることを。





王宮、謁見の間。

リュカは緊張していた。


(いや、王様との謁見って……)


前世大学生。もちろんこんな経験なし。

異世界小説では何度も読んだ。

でも実際に赤い絨毯や巨大な柱、ずらりと並ぶ騎士に貴族たち。そして玉座。

普通に怖い。五歳児のリュカには未知だ。

横にいるガルドの服を、ぎゅっと掴む。


「じーちゃん」


「なんだ」


「て、ちゅないで」


「……」


「だめ?」


無言で手を差し出される。


「えへへ」


ぎゅっと握る。


エドガーは横目に少し複雑な気分であった。父親としては自分の手を望んで欲しかった。

するとリュカが


「とーしゃんも」


反対の手を伸ばす。

エドガーは即握る。

俺は満足してそのまま進んだ。

五歳児の両側は父と爺。

謁見が始まる。

五年間行方不明だった公爵家末子。





玉座に国王がつく。六十手前。

威厳が半端ない。

でもリュカを見ると顔が少し優しくなった。


「よくぞ戻った、リュカリエール・フェアクロフト」


「あい!えっと、きょうえつしごくにぞんじましゅ!」


「そんなかしこまらんでいい」


「…あい。」


リュカ、もとい俺、頑張れ。


「おうしゃま」


ぺこ。


「ただいま、もどりまちた」


「うむ」


国王の目が少し潤む。


エドガーとは長い付き合いである。

息子を失ってから彼がどれほど探したか

知っている。


「そなたを救い、育てた者がいると聞いた」


「ガルドじーちゃんでしゅ!」


リュカが即答する。


横にいるガルドを指差す。


ガルド。


「指を差すな」


「ごめんなしゃい」


国王はガルドを見た。

最初は普通に。

白髪に髭に古い外套。頑固そうな老人。

だが数秒のち。


「……」


国王は目を見開いた。


「その顔は」


ガルドはため息をついた。


国王は立ち上がる。周囲はざわつく。


「まさか」


ガルドは目逸らす。


「……ガルド?」


エドガー。


「?」


国王が玉座から降りてくる。


「おぬし、ガルド・ヴァルハルトか!?」


謁見の間はさらにざわめく。


年配者の騎士、貴族の顔色が変わる。


「ヴァルハルト……?」


「まさか」


「銀狼のガルド……?」


リュカはきょとんした。


「ぎんろー?ちろ?」


エドガーは目見開いた。その名は知っている。知らない騎士はほとんどいない。

三十年以上前。王国近衛騎士団。最年少で隊長となり、後に副団長までのぼりつめた。

剣、弓、魔物討伐、全てにおいて一流で、王族直属。幾度も国王の命を救った。

通り名は

――銀狼。

だが二十年以上前突然騎士団を辞め姿を消した。死亡説すら流れた。その男だ。


「……」


エドガーはガルドを見る。

ガルドは嫌そうに言う。


「昔の話だ」


国王が怒鳴る。


「昔の話で済ませるな!貴様、生きておったのか!」


「見れば分かる」


「なぜ一度も顔を出さん!」


「面倒だった」


「貴様!」


リュカがビクッとなりガルドにしがみついた。

国王は同時にリュカを見る。

ガルドが言う。


「大丈夫だ」


国王は咳払い。


「……怒ってはいない」


リュカが小声でガルドに聞く。


「なかよし?」


「…仲良しではない。昔の知り合いだ」


エドガーはしばらく言葉が出なかった。


「ガルド殿」


「なんだ」


「あなたは……」


「ガルドでいい」


「いや、しかし」


エドガーは思い出す。自分が少年だった頃。王宮で見たことがある。銀髪の騎士。

訓練場で一人対十人の相手を圧倒していた。憧れた騎士だ。


「まさか……」


「全部昔の話だ」


リュカはガルドを見る。


「じーちゃん」


「なんだ」


「きち、だったの?」


「昔な」


「ちゅよかった?」


「普通だ」


全員が思う。


「「「普通ではない」」」


心の声が揃う。

リュカは目をきらきらさせる。


「しゅごい!」


「昔だ」


「けん、ちゅかえる?」


「ああ」


「もりでゆみばっかだった!おちえて!」


「まだ早い」


「えー!」


国王が小さく笑う。そして真面目な顔をして言う。


「それでなぜ消えたんだ」


しばらく沈黙したガルドはリュカを見る。

小さな子。自分が拾ったあの日を思い出す。


「疲れた。それだけだ。」


静かに言う。


「人を斬ることにも、守れなかった者を数えることにも」


「……」


「宮廷の争いにもな」


国王は何も言わなかった。


「森で静かに死ぬつもりだった」


リュカは目見開く。


「だめ!」


「……」


「しんじゃ、だめなの!」


「昔の話だ」


「いまもだめ!」


「分かった」


「やくしょく!」


小指を出す。ガルドは深いため息をつきながら小指絡める。


「約束だ」


「うん!」



国王が言う。


「……変わったな。昔のお主なら子供に小指を出されても無視してた」


「……」


リュカはガルドの腕に抱きつく。


「じーちゃんはやしゃしいよ」


国王。


「そうか」


「うん!」


国王は少し嬉しそうだった。





帰りの馬車の中。


エドガーは向かいのガルドを何度も窺う。


「……」


「何だ」


「いや、その…」


息子を育ててくれた森に住んでいた偏屈な老人が今日憧れの伝説の騎士だとわかった。


「どう接すればいいのかと」


「昨日までと同じでいい」


「しかし」


「リュカの父親だろう」


「はい」


「なら」


ガルドは窓を見ながら


「お前の方が私より偉い」


エドガーが少し驚く。


ガルドは続ける。


「私は二年しか」


「……」


「この子を育てていない」


リュカは横で聞いてる。


「ちがうよ。じーちゃん」


指を二本立てる。


「にねんも、だよ」


「……」


「ぼく、じーちゃんにいっぱいもらった」


「何をだ」


「ごはんに」


「……」


「おうちに」


「……」


「だっこも!」


「ほとんどしていない」


「おんぶも!」


「……」


「おはなしも」


「……」


「ぎゅーも!!」


「それはお前が勝手にしていた」


「あとはねー、かぞくになってくれた!」


エドガーは目を伏せる。

そして静かに頭を下げる。


「それは」


「……」


「私には返せないほど、大きなものです」


ガルドはしばらく何も言わなかった。


「……そうか」


それだけ。





それから公爵邸での日常は

朝、庭でガルドの声が響く。


「脇を締めろ」


「こう?」


「違う」


「むじゅかちい」


「もう一度」


リュカは木剣を振る。


ブンッ、転ぶ。


「いたっ」


エドガーが遠くから走り寄る。


「リュカ!」


ガルド。


「来るな」


「しかし!」


「この程度で毎回来るな」


「まだ五歳です!」


「五歳だから転び方を覚えるんだ」


リュカは地面に座る。


父と爺の喧嘩を見る。


完全に教育方針で揉める父親と祖父。


「じーちゃん」


「なんだ」


「とーしゃま」


「なんだ」


「けんか、だめ」


二人は黙る。


「ごめんなさいは?」


エドガー。


「……すみません」


ガルド。


「……悪かった」


「なかなおり」


五歳児は最強なのだ



そして王宮では噂が広がる。

失踪していた伝説の騎士、銀狼ガルドが二十年ぶりに現れた理由は


――森で拾った五歳児に懐かれ可愛さに負けた、と。


本人に聞いたら絶対怒るであろうがだいたい合っているのだ。


そしてリュカは知らない。自分がこれから王国最強クラスの元騎士、貴族、王族、魔狼、フェンリル、精霊鳥、森の精霊。

全てを味方につけとんでもない少年に育っていくことを。


今はただ。


「じーちゃん!」


「なんだ」


「だっこ」


「歩け」


「ちゅかれた」


「三十歩しか歩いていない」


「いっぱいあるいた!」


「……」


ガルドはしゃがむ。


「やったぁ!」


背中に飛びつく。


エドガーな横で


「リュカ、父さんが抱こう」


「じーちゃんがいい」


「……」


公爵はしょんぼり。

ガルドは


「…勝ったな」


「ガルド殿?」


「何でもない」


伝説の騎士、銀狼。

その晩年の最大のライバルはフェアクロフト公爵となる。


戦うものは魔物でも剣でもない。

ただ一つ。

――リュカに。

どちらがより甘えてもらえるかなのだ。



「リュカー!かあさまがお茶にしようってー!」


「ケーキもあるぞー!」


兄たちが呼んでくれる。

母が笑ってる。

くろやしろやぴぴが庭で遊んでる。


家族みんなで笑顔がいっぱい。そんな日々が続けばいい。



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― 新着の感想 ―
お話は良いのですけどね。五歳児はもっと普通に喋ります。二年も言葉が成長しないとかないから違和感が。幼児が身近にいなくても、幼稚園児の年齢と思えば、想像できるかと。 後、これはハイファンタジーです。ロー…
>五年間行方不明だった公爵家末子。 整合性がとれてないとこがAIだな・・・あと言葉がな。
「俺」はどっかいっちゃった模様w 「くろ」と「ちろ」も火花を散らしてそうだけど、格の違いで「ちろ」の勝ちか。
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