追放された悪役令嬢は、隣国で商才を花開かせる
リリア・ド・ヴァレンシア。お前との婚約は、破棄する」
広間で王太子から断罪された私は、取り乱さずに受け入れた。
——だって、この身体の持ち主が招いた結果だから。
前世で小説として読んでいた世界に転生した私は、原作を知っている。
この悪役令嬢リリアが辿るのは、追放先の隣国でスパイの疑いをかけられ、処刑される運命。
だから、自ら選んで隣国へ渡った。
前世の商才を武器に、小さな雑貨店を立て直し、化粧品ブランドを立ち上げて——そこで出会った、一人の優しい青年。
彼の正体を知ったとき、私の物語は、原作を超えて動き始める。
「悪役令嬢」の新しい一年の物語。
【AI補助利用しております】
①資料検索、相談。辞書代わり
② 固有名詞のアイディア出し
③誤字脱字の字補助
第一章 贖罪の夜
「リリア・ド・ヴァレンシア。お前との婚約は、破棄する」
広間の中央で、王太子オーギュスト・ヴァレルナンの声が響いた。
シャンデリアの光が彼の金の髪を撫でる。その傍らで、栗色の巻き毛の少女が小さく肩を震わせていた。
楽団はすでに音を止めている。
三百を超える貴族たちの視線が、ただ一点、リリアに集まっていた。
リリアは手の中で扇を静かに閉じた。
「理由をお伺いしても、よろしいでしょうか」
「白々しいな」
オーギュストがミレーヌの肩を抱き寄せる。
「お前がこの娘に何をしてきたか、もう知らぬ者はいない。熱い紅茶をかけた。階段で足を引っかけた。使用人に命じて、この子の持ち物を捨てさせた。数えればきりがない」
「オーギュスト様……どうか」
ミレーヌが王太子の胸にしがみついた。
涙に濡れたか細い声が広間の隅々まで届く。
「私のことはもういいのです。リリア様がこれ以上お責めを受けないように……」
上手い。
リリアは内心でそう思った。
声の震えの幅、伏せた睫毛の角度、頬に流れる涙の位置。一つひとつが、見る者に「この子は守ってあげなければ」と思わせるように設計されている。
見ていて見事だった。
これがこの娘のやり方だ。
泣いて、囁いて、縋って、それで何人もの男を味方につけてきた。事実よりも哀切のほうが強い。それを知っている娘だった。
「……わかりました」
リリアは扇をそっと胸に当て、オーギュストに向き直った。
「婚約破棄、承ります」
「リリア、お前——」
「公爵家としてのお返事は、父より追って。私個人としては、この場をお受けいたします」
ざわめきが波のように広がった。
取り乱さない。泣かない。縋らない。
その姿がかえって広間を静かにさせた。
ミレーヌが一瞬だけ顔を上げた。
涙に濡れた緑の視線が冷たく刺さる。
彼女は、私に泣き崩れてほしかった。
リリアはそれを読み取った。
読み取れる理由はとても単純だった。
原作で、まったく同じ場面を読んでいたからだ。
原作のリリア・ド・ヴァレンシアは、ここで泣き、縋り、喚き、失脚する。
その後、国を追われ、隣国アーデンフィールドにたどり着き、スパイの嫌疑をかけられ、処刑される。
それが悪役令嬢リリアに、原作が与えた結末だった。
「下がらせていただきます」
リリアは深くは礼をしなかった。
浅く首を傾け、踵を返す。
ドレスの裾が大理石の床を撫でていく音だけが、三百の視線の間を縫って歩いていった。
自室に戻ったリリアは、まず姿見の前に立った。
銀の髪、紫の瞳、白い肌。
完璧に整えられた令嬢の顔。
「ごめんなさい」
鏡の中の自分に声をかけた。
この身体の前の持ち主に向けて。
悪役令嬢リリア・ド・ヴァレンシアが、今まで何をしてきたかすべて知っている。
ミレーヌに熱い紅茶をかけた。
階段の踊り場で足を引っかけた。
平民が触れた洗濯物を片っ端から捨てさせた。
使用人の頬を扇で打った。嘲った。嗤った。
そのすべて。
原作の中でそれは「悪役令嬢の日常」として淡々と書かれていた。
嫌な気持ちで読んだ。
でもこれは物語だからと割り切って読んでいた記憶がある。
まさか自分が生まれ変わって、リリア・ド・ヴァレンシアになるとは思わなかった。
気がつけば、この身体に転生していた。
前世の記憶は転生後の数日で戻った。
自分が東京の商社で十年働いたこと。
扱っていた取引先。数字。契約書。交渉の席。クライアントの顔。
何一つ色褪せていない。
前世の記憶が戻った時、鏡に映っているこの「リリア」が何をしてきたか、彼女の生まれてきてから今までの記憶が流れ込んできた。
「あなたがしてきたことの報いを、私が受けるのね」
鏡の中の自分にもう一度言った。
「それは受け入れます」
ただ……、とリリアは続けた。
「このまま死ぬのは、いや」
手のひらに、小さな真鍮の鍵が一本。
地下の物置にある古い宝石箱の鍵だった。
中にはこの国では流通していない外貨が、数百枚しまってある。
前世の記憶が戻ってから二年。
この身体のリリアが持っていた宝石類を一つずつこっそり売り捌き、替え続けてきた貨幣だった。
「お金が必要になる」
そう思って静かに準備してきた。
原作を知っていたからコツコツ準備していた。
リリアは鍵を握り、静かに地下へ降りた。
宝石箱から外貨の入った袋を取り出し、自室に戻る。
衣装戸棚から旅用の簡素なドレスを取り出した。
装飾の少ないマント、歩きやすい革のブーツ、そして小さな革鞄。
身支度は静かに、手際よく進んだ。
侍女を呼ばなかったのは優しさではなかった。
「悪役令嬢」の世話をしてきた侍女たちを、これ以上、彼女の人生に巻き込みたくなかっただけだ。
机の上に父宛ての短い手紙を一通、残した。
『お父様、婚約破棄の件、申し訳ありません。私は国を出ることにしました。探さないでください』
原作のリリアの父親は、問題を起こすリリアのことをお荷物に思っていた。なので、自分がいなくなったところで心配はしないだろうと思っていた。
夜明け前、リリアは屋敷の裏門から出て行った。
馬車は隣国アーデンフィールド行きの小さな貸し馬車を予約していた。
王太子からの断罪が公のものになれば、父は娘より家の存続を選ぶ。それは政治家として当然の判断だ。
だから私のほうから先に家を出ることにした。
誰にも告げず、書き置きも残さない。
手紙は国境を越えてから送るつもりだった。
馬車に乗り込むとき、御者がいつもと雰囲気が違うリリアに声をかけた。
「お嬢様、旦那さまはご存知ですか?」
「ええ。話は通しています」
リリアは落ち着いた声で答えた。
御者はそれ以上聞かなかった。
馬車の窓から夜明けの森が見えた。
国境の森。
朝霧が針葉樹の梢を白く沈めている。
この先に、原作でリリアが処刑された国がある。
もうすぐ、大きな樹木があり、その先を進んだ先に国境がある。
リリアは膝の上で指をそっと組んだ。
「原作のリリアは、ここで死んだ」
窓に白く息を吐きかけるように呟く。
「でも私は生き残る」
森の向こうで、空がゆっくりと青に変わっていった。
馬車の車輪が国境の石を一つ、軽く踏み越える音がした。
第二章 新しい街の小さな雑貨店
隣国アーデンフィールドの港町クレモンは、朝から賑わっていた。
蒸気船の汽笛音。荷車の軋む音。海の匂い。パン屋の匂い。香辛料の匂い。いろんな音や匂いがする。
リリアは馬車を町外れで降りた。
「これはお礼です」
御者に金貨を十枚渡すと、驚いた表情でリリアに目を向けた。
「お嬢様、こんなには貰えません!」
「いいの。口止め料だから。今までありがとう」
金貨十枚は、平民が数年は困らずに暮らせる大金。御者がおろおろしている姿を横目に踵を返し、街の方へ足を進めた。
※
《雑貨店ブランシュ 店員募集・食事付き・部屋あり》
街の片隅の掲示板に貼ってある求人誌の紙をリリアは見つけた。リリアは、チラシに掲載しているお店に向かった。
石畳の小道の、少しくたびれた木の扉。
扉の上に色の褪せた看板がひとつ。店先に並ぶ品物は埃っぽく、並べ方にも法則がない。
ーー全然だめね。
リリアはお店を一通り見てそう判断した。
売れ筋と売れない物が混ざって置かれている。どれがヒット商品なのか一目でわからないため、通り過ぎる客の視線が、一度もこの店で止まらない。
でも、立地や扱っている商品は悪くない、と前職の商人としての感覚が告げた。
興味が湧いてきたリリアは、店に足を進める。
扉を押すと、小さな鈴が鳴った。
「はい、いらっしゃい」
奥から出てきたのは、栗色に白髪の混じる髪を緩くまとめた四十半ばほどの女性だった。柔らかな目元、ふっくらした頬、エプロン姿の女性。
この人が店主だと、一目でわかった。
「掲示板に貼ってある店員募集の張り紙を拝見しました」
リリアが言うと、女性は目を瞬かせた。
「あの募集を見て来てくれたの?」
「はい」
「こんな可愛らしい子が来てくれるなんて! まあ、嬉しい! 」
女性は自分の手を軽く拭いて差し出した。
「クレア・フォンテーヌ。クレアでいいわ」
「リリアと申します」
リリアは、クレアの差し出された手を握った。
「食事は一日三回、住み込みよ。給金は多くないのよ。ごめんね。それでもいい?」
「はい。どうぞよろしくお願いします」
そのやり取りで雇用は決まった。
この人は、リリアがどこから来たのか、なぜ住み込みがいいのかなど、個人の知られたくないことを追求しない人だ。
今の自分にはありがたい。
リリアは心の中でそう思った。
※
住み込みの部屋は店の二階の、奥まった一室だった。
小さな窓から隣家の赤い屋根と、青い空の切れ端が見える。
ベッドと机と小さな衣装棚。それだけの部屋。
リリアはベッドに寝転ぶと、前日まで住んでいた豪華な家と似ても似つかない天井を見上げた。
古いけど、どこか安心できるそんな空間。
リリアは、襲ってくる睡魔に身を任せ、瞼を閉じた。
翌朝からリリアは働き始めた。
働きながら、この店に来る客層を観察する。
客層は、近所の平民が中心。子連れの母親が多く、日中は通りすがりの商人がたまに寄る。夕方には仕事帰りの職人が来る。
売れる物は、針、糸、粗い石鹸、生活用の蝋燭、香料。
売れない物は、装飾品、色の褪せたリボン類。
死に筋は、二年前の流行品、季節外れの手袋、用途不明の陶器。
ノートにそれを全部まとめた。
クレアはリリアのその様子を不思議そうに眺めていた。
「リリアちゃん、あなた、読み書きができるのね」
夕食の席でクレアは言った。
雑貨店の店員募集に応じた若い娘がノートに文字を書く。そういう光景はこの町では珍しいらしかった。
以前住んでいた国では、文字の読み書きは上級貴族しかできなかった。この国でもそうなら、文字を書く姿など、見せるべきではなかった。
「少しだけ」
リリアは苦笑いをして答えた。
クレアはそれ以上、尋ねなかった。
この人はたぶん、リリアがただの平民じゃないことを気づいている。
リリアはそう感じた。
でもクレアは何も言わない。心遣いがありがたかった。
一週間ほど経ち、リリアはクレアに一つの提案をした。
「クレアさん。お店の棚を並べ直してみても、よろしいでしょうか」
「棚を?」
「売れ筋の針と糸を、入り口の一番手前に置きます。蝋燭と石鹸は通路の片側にまとめて並べます。今はどこに何があるかわかりにくいので」
クレアは少し考えてから頷いた。
「やってみて」
半日かけてリリアは店の棚を全部並べ直した。
通路の動線を整え、売れ筋を目線の高さに、売れない装飾品は奥の壁にまとめ、入口には色の明るい実用品を置いた。
枯れかけの花は捨て、代わりに通りで見つけた安い野花を水差しに活けた。
翌日の売上が前日の二倍に跳ね上がった。
クレアは帳簿を見て目を丸くした。
「……嘘でしょう」
「配置を変えただけです」
リリアは静かに言った。
「お客様は忙しいのです。入ってすぐ欲しい物が見えない店には、長くいられません」
クレアは帳簿から目を上げてリリアを見つめた。
「あなた、いったい何者なの」
「こういうの得意なだけです」
リリアは誤魔化すように微笑んだ。
二週目、リリアは仕入れの帳簿を見せてもらった。
「クレアさん、この仕入れ先、三軒に絞れます」
「三軒に? 今、七軒と取引しているけれど」
「売れない物を卸している四軒を切ります。その分、売れ筋を卸してくれる三軒に発注量を増やします。仕入れ値が下がります」
「でも、長年の付き合いが……」
「お客様に届ける物の質を下げてまで、義理は通せません」
リリアは静かに言った。
「切る三軒には、私から丁寧に手紙を書きます」
クレアは少し黙った。
それから頷いた。
「お願いするわ」
※
三ヶ月後、雑貨店ブランシュは赤字から黒字に転じた。
大きな変化ではなかった。月の利益はわずかなものだった。
でも数字の色が、赤から黒に変わった。それが大きかった。
クレアは帳簿を閉じて、リリアに小さなクッキーの包みを渡した。
「ありがとう」
短くそう言っただけだった。
でもその一言にこもっていたものを、リリアは受け取った。
「この店は、主人が建てたものなの。数年前に先に逝っちゃって、店だけ残されてね。経営なんてできないから、見よう見まねでやっていたわ。もう、これ以上、赤字が増えるなら店を畳もうかなって思っていたところなの。本当にありがとう」
クレアは薄らと涙を浮かべながら喜んだ。その笑みに釣られ、リリアも微笑んだ。
その日の夕方、初めて扉の鈴が鳴った相手に、リリアは目を留めた。
黒い髪、青い瞳、長身の青年。
服装は町の商人風。けれど、どこか服が馴染んでいない。商人の割に歩き方や立ち姿が美しすぎる。
ーーこの人、商人じゃないかも。
リリアはそう見抜いた。
「いらっしゃいませ」
「すまない、少し見せてもらっても」
「どうぞ」
青年は店内をゆっくりと歩いた。
目の動きが商品を見ている客のそれではなかった。通りの奥の家々の造りを見るような、そういう見方だった。
「ここは、前に通った時より棚が変わったな」
彼はぽつりと言った。
リリアは少し驚いて彼を見た。
「お客様、以前もこの店にお立ち寄りに?」
「通りかかっただけだ。でも覚えている」
青年は振り向いた。
青い瞳がリリアの顔で止まった。
「君が変えたのか」
「はい」
「いい店になった」
それだけ言って、彼は粗い石鹸をひとつ買い、代金を置いて出ていった。
リリアは彼が消えた扉をしばらく見ていた。
その青年が、後に自分の人生を変える人だとは、その時のリリアはまだ知らなかった。
三日後、彼はまた来た。
「針を三束と、石鹸を二つ。あと、この蝋燭を一箱」
「かしこまりました」
普通の買い物だった。
けれど彼はカウンターで代金を払った後、少しだけ立ち去るのを遅らせた。
「店主の奥さん、今日は奥にいるのかい」
「クレアさんは今、隣の仕立て屋に生地を取りに行っています」
「そうか」
青年は一度頷いた。
「君はここに来て、長いのか」
「いいえ。三ヶ月ほどです」
「三ヶ月でずいぶん店が変わった」
「お客様のおかげです」
リリアは静かに言った。
青年は軽く笑った。
「それは店員が言う台詞じゃないな」
笑うと、青い瞳の中が少しだけ柔らかくなる人だった。
「名前を聞いても?」
「リリア、と申します」
「……リリア、か」
青年は繰り返すように言った。
「私はセドリック。しばらくこの町に用があってね」
「そうですか」
「何のお仕事か聞かないのかい?」
「お客様の個人情報は聞かないようにしているので」
「面白い子だ」
彼はリリアを見て微笑んだ。
「じゃあ、またね。リリア」
青年は、リリアに手のひらをひらひらとふり、扉を開けて出て行った。
第三章 香油と彼の来訪
さらに半年が、静かに過ぎた。
雑貨店ブランシュは常連客が増え、売上は安定した。
ブランシュに来て、もう九ヶ月になる。
仕入れは三軒に絞り込み、棚の並びもリリアの算段通りに整っていた。
セドリックも、あの初対面の日から、月に一度か二度、店に顔を出していた。
たわいもない買い物だった。針を買い、蝋燭を買い、リリアと二言三言、話して帰っていった。
ある朝、クレアが厨房で紅茶を淹れながら、背中越しに言った。
「リリアちゃん」
「はい」
「あなた、いつまでここにいるつもり」
静かな声だった。
「クレアさん、私がもう必要ありませんか?」
「追い出すんじゃないのよ。逆」
クレアはこちらを振り向いた。
「あなたはもう、ここに縛られる人じゃないでしょう。この店はもう、私一人でも回せるわ。あなたが教えてくれたから」
湯気の向こうで、クレアの目は穏やかに微笑んでいた。
「独立しなさい」
「……」
「あなたのやりたいこと、本当は別にあるんでしょう」
リリアは返事ができなかった。
クレアは黙って、紅茶を二つテーブルに置いた。
「私、夫を亡くしてね。店を残されて、何度も閉めようと思ったのよ」
クレアは椅子に腰を下ろした。
「でも閉めなかったのは、誰かの役に立つ場所だと思いたかったから。あなたはもっと、大きなところで誰かの役に立てる人よ」
リリアは紅茶をそっと持ち上げた。
湯気が顔の前でゆっくり揺れた。
「……クレアさん」
「いいのよ、返事はすぐじゃなくて」
クレアは自分の紅茶を一口飲んで、穏やかに言った。
一週間後、リリアは決めた。
小さな店舗を、町の一区画、裕福な家々が並ぶ通りから少し外れた、お洒落な雰囲気の横丁に借りることにした。
家賃は雑貨店で貯めた給金と、前世分の外貨を少し切り崩せば半年分は賄える。
大きな賭けではなかった。
扱う商品は決めていた。
化粧品と、ダイエット補助の品。
美容オイル。香油。石鹸。
体を整える薬草茶。呼吸を整える香の棒。体の筋を伸ばすための、木製の小さな道具。
この国の貴族女性が、本当は欲しがっているのに、誰もまともに商品化していないもの。
それを前世の記憶を頼りに、ブランドとして設計する。
製造は自分ではしない。
町の薬師、香料職人、木工の老人、それぞれ腕はいいのに、売り方を知らず、くすぶっている職人たちをリリアは一人ずつ訪ねた。
「原価はこのままで構いません。ですが、このラベルをこの包み方で、この価格で売らせてください」
紙に書いた図案を見せる。
リリアが考えたブランド名のロゴ。包み方のイラスト。値札の書体。
「この価格は高すぎる」と一人目の薬師は言った。
「はい。高いのです」
リリアは頷いた。
「貴族のご婦人は、安い物を欲しがりません。高くて美しくて物語のある物を欲しがるのです」
職人たちは最初は半信半疑だった。
でも半分は「面白そうだ」という顔で、話に乗った。
ブランド名は《ノクターン》に決めた。
夜の静けさ、月の光、静かな時間。
そういう意味を持たせた名前を、前世の記憶から引いてきた。
この国の女性貴族は、昼は社交に追われ、化粧で疲れ、夜に一人で肌を休める時間がない。
そこに「夜のためだけの、静かな時間」を売る。
店の扉には月の意匠の小さな鉄の飾りを付けた。
店内は白と淡い青で統一した。棚は低く、商品の数は少なく、一つひとつを丁寧に見せる並びにした。
香料職人にはこの国ではまだ使われていない配合の香油を作らせた。
薬師には穏やかに効く薬草茶を、小さな袋に詰めさせた。
木工の老人には、肩や首の凝りをほぐす手のひらに収まる小さな道具を作らせた。
開店の日、店を訪れた最初の客は近所の仕立て屋の奥方だった。
「あらまあ、綺麗なお店ね」
彼女は香油の小瓶を手に取り、蓋を開け、香りを嗅いだ。
「……いい香り」
「お使いになる前に、少し手首の裏で試されるのがお勧めです」
リリアは優しく言った。
「そうするものなの?」
「香りは肌と時間をかけて、馴染むものですから」
奥方は小瓶を一つ買い、翌日、娘を連れてまた来た。
三日後、奥方は近所の他の奥方を三人、連れてきた。
噂は思ったより早く広がった。
一ヶ月後には、店の前に上等な馬車が止まるようになった。
貴族の夫人たち。
顔を隠すためのベールを被った、夜会の常連たち。
そして彼女たちの娘たち。
《ノクターン》の商品は「夜、一人で使うもの」として、貴族の女性たちの間で静かに流行していった。
香油一瓶が金貨三枚。
この町の平民の、半月分の給料。
それでも売れた。
そしてその夕方、扉の鈴がまた鳴った。
「こんばんは」
セドリックだった。
独立してから、初めての来訪だった。
「お久しぶりです」
リリアは静かに頭を下げた。
「すまないね、連絡もなく。でも店を開いたと、風の噂で聞いてね」
「ありがとうございます」
セドリックは店内をゆっくり見渡した。
雑貨店を見たときよりも、彼の目は長く、一つひとつの商品に止まった。
「母と姉に、贈り物がしたくてね」
彼は振り返って言った。
「お勧めを教えてほしい」
「お母様とお姉様、でいらっしゃいますね」
「ああ」
リリアは少しだけ考えてから、棚の奥から二つの小瓶を取り出した。
「お母様にはこちらの香油を。落ち着いた香りで、夜お休みになる前にお使いいただくと、深く眠れます。お姉様にはこちらの薬草茶を。この国のご婦人は夜会が多くて、気を張りすぎていらっしゃる方が多いので」
セドリックはそれを手に取り、少し微笑んだ。
「私の母と姉を、見たこともないのに」
「お客様のご様子から、ご家族のことは少しだけ伝わってきますから」
リリアは静かに答えた。
セドリックはひとしきり、その言葉を噛み締めるように黙っていた。
「それから」
彼は付け加えた。
「私の分も、何か見立ててほしい」
「セドリック様に、でいらっしゃいますか」
「ああ」
リリアは少し戸惑った。
《ノクターン》は基本的には女性向けのブランドだ。
けれど彼はそれを知らないはずはない。
「……夜、お休みになる前に、香を一本焚かれてはいかがでしょうか」
リリアは細い木の棒を一本、差し出した。
「匂いが強すぎない種類です。お仕事でお疲れの時、頭の中が静かになります」
セドリックはそれを受け取り、じっと見た。
「君は、私の心を見抜くのが上手いな」
「ご冗談を」
リリアは、お香を手にレジへと向かった。
会計のとき、セドリックはふと尋ねた。
「リリア」
「はい」
「今度、食事を一緒にしないか」
彼はあっさりと言った。
戸惑いを隠す様子もなく。
「セドリック様とお食事、でいらっしゃいますか」
「そう。プライベートな食事だ」
「……あの」
「嫌だったら、断ってくれていい」
セドリックは少しだけ笑った。
「でも、君の作る店が、私は好きなんだ。君がどういう人なのか、もう少し知りたくなった」
リリアは一瞬、口を紡いだ。
この人は、何のために私に近づくのだろうか。
わからない。
原作には、この方とのストーリーはなかったのだから。
でも、セドリックと繋がった先に何があるのかリリアは興味があった。
「……喜んで」
リリアはそう答えた。
それから月に二度か三度、二人で食事をするようになった。
セドリックが指定する店はいつも、落ち着いた静かな場所だった。
高級すぎず、けれど質のいい店。
テーブルの上で彼はリリアの話をよく聞いた。
質問は多くなかった。でも彼女がぽつりと漏らすことを、丁寧に拾った。
この国の商業ギルドの仕組みについて。
職人と商人の関係について。
お店をどう広げていきたいか。
セドリックはリリアが話す内容を頷きながら聞いてくれた。
彼と話していると時間を忘れるほど楽しい。
客と店主の関係を忘れてしまいそうだ。
二人は穏やかな時間を重ねていった。
※
秋の終わり、食事のあとにセドリックは彼女を店まで送った。
扉の前で彼は少しだけためらったあと、言った。
「リリア」
「はい」
「次の週末も、会えるか」
リリアは月の淡い明かりの下で、彼の青い瞳を見上げた。
「ええ」
静かに頷いた。
セドリックは一度だけ、彼女の指先に触れた。
そのまま何も言わずに、踵を返して帰っていった。
リリアは扉を閉めてから、しばらく動けなかった。
ーー私の死亡フラグは、もう無効になったのだろうか。
原作のリリアが亡くなったのは、国を逃亡してから1年後。
隣国に逃げ込んだリリアは、スパイ扱いで殺されるのだ。
原作とは違う道を歩んでいるけれど、死亡フラグから逃れられるのだろうか。
ーーまだ死にたくない。
なぜか、先程まで話していたセドリックの顔が頭に浮かんだ。
第四章 嘘の噂
《ノクターン》は王都でも評判になり始めていた。
貴族夫人たちの口コミだけで、注文は港町クレモンから王都アーデンまで届くようになっていた。
リリアは製造を一部、職人の工房ごと借り上げる方式に変え、生産量を倍に増やした。
職人たちもいい給金を受け取るようになり、彼らの生活は目に見えて楽になっていた。
前世では大きな会社で、目の前の人の顔が見えない仕事をしていた。
今、目の前に自分の仕事で笑える人たちがいる。
それがどれほどありがたいか。前世ではわからなかった。
そんなある日。
店先に上等すぎる馬車が止まった。
金の装飾、王家の紋章に似た意匠、馬の毛並みの艶。
これは、外交向けの馬車だ。
リリアはカウンターから扉を見た。
りんと、扉の鈴が鳴る。
入ってきたのは金の髪の青年オーギュスト・ヴァレルナン。
その隣に、栗色の巻き毛の小柄な女性ミレーヌ・ド・ペルネル。
今はミレーヌ王太子妃。
リリアは息を呑んだ。
ついに来た。
原作でこの二人が何をするか。
全部、知っている。
でも知っているからといって、心が動じないわけではなかった。
「いらっしゃいませ」
リリアはカウンターの向こうで、深く、深く頭を下げた。
ドレスの色を変え、髪型も変え、紫の瞳を淡く見せる化粧も施してあるけれど、
二人には一瞬でわかった。
オーギュストがにやりと口の端を歪めた。
「……やっぱりお前だったか」
彼は店内を見渡した。
「他国でも、這いつくばるように商売をしているとはな」
「まあ」
ミレーヌが嬉しそうに手を叩いた。
「こんなところで再会できるなんて。リリア様、お元気そうで、私は嬉しいですわ」
声は昔のままだった。
か細く甘く、人の同情を引き出す声。
そして目の奥の冷たい光も。
リリアは深くもう一度、頭を下げた。
「恐れ入ります。商品をご覧になりますか?」
「ええ、もちろん」
ミレーヌは店内をゆっくり歩いた。
指先で商品を一つずつ、持ち上げ、置いた。
「あら、この瓶のラベル、よく見ると薬草の割合が書いてありますね。この割合で合っているの? この貴重な薬草を使って、この値段で販売できるなんて、到底思えないけど」
笑いながらそう言った。
他の客にも聞こえる声量で。
リリアは顔色を変えなかった。
「ご安心ください。すべて正確な配合でございます。価格につきましては、直接農家と取引しているため、この値段で販売できています」
「へぇー。ご安心、ねえ」
ミレーヌは笑みを深めた。
「ご安心と仰る方ほど、何かを隠していらっしゃるものですけれど」
ふふふっと、指先で口元を覆い笑うミレーヌ。
二人は結局、何も買わずに出ていった。
次の日、あらぬ噂が立った。
《ノクターン》の化粧品には偽物の成分が入っている。
貴族の女性を堕落させるために、隣国の悪女がまやかしを売っている。
経営者は祖国で追放された悪役令嬢である。
そして。
「あの女はアーデンフィールドの情報を、祖国に流している。スパイだ」
この最後の一文だけは、他とは色が違った。
他の噂は根拠のない誹謗だったが、「スパイ」の噂だけは具体性を装っていた。
どこで誰にどのように流しているのか、あたかも目撃したかのように詳細に作られていた。
大丈夫、私は原作を知っているのだもの。どうにかしてみせるわ。
きっとどうにかなる、と自分の心を落ち着かせるようにつぶやいた。
噂が広まってひと月が経った頃。
貴族夫人たちは静かに《ノクターン》から離れていった。
馬車が止まらなくなった。
手紙で注文が次々と取り消された。
王都の有力な貴族家が、《ノクターン》との取引を「当面見合わせる」と通達してきた。
取引先の仕立て屋が取引を打ち切った。
香料を仕入れていた老舗が「しばらく納品が難しい」と断ってきた。
裏で圧力がかかっていた。
職人たちは動揺した。
「リリア様、どうかご説明を」
「大丈夫です。必ず落ち着きます」
リリアは職人たちに一人ずつ会った。
「給金は約束した分、全額お支払いします。契約は破棄しません。皆さんのご家族が食べるに困らないように、責任を持って対応します」
彼女はそう約束した。
職人たちは黙って頷いた。
その約束を守るために、リリアはコツコツ貯めていた貯金を切り崩し始めた。
※
セドリックはその間、店に来なかった。
三週間、音沙汰がなかった。
リリアはそれを深くは責めなかった。
彼には彼の仕事があるのだろう。
噂が広がっている店に、近づきにくいこともあるのかもしれない。
こんな時こそ、彼と喫茶店でたわいもない話をして嫌なことを忘れたいのに。
もう、二度と来てくれないかもしれない。
リリアは、ため息を吐きながら机に顔を埋めた。
春の終わり、冷たい雨の降る夜。
リリアは一人、店の奥の帳場で閉じた帳簿を見ていた。
今月の売上。
先月の半分。
先々月の十分の一。
このままでは職人たちの給金を、あと二ヶ月分で払い切れなくなる。
店の家賃も滞る。
こんなはずじゃなかった。
ぽつりと心の中で呟いた。
口には出さなかった。
でも誰もいない店の中で、それは小さく反響するように残った。
私が好きな人たちの役に立ちたかった。
それだけだったのに。
リリアは帳簿をそっと指で撫でた。
涙は出なかった。
出ないようにしてきた。
この身体に生まれてから、泣いたことは一度もなかった。
悪役令嬢リリアの犯した罪を、この身体で贖うと決めたからだ。
弱音を吐けば、それはどこかで罪になるような気がしていた。
でも今だけは。
帳簿の上で指先が止まった。
「……疲れた」
小さく呟いた。
その夜遅く、扉の鈴が鳴った。
閉店の札をもう下げた後だった。
「リリア」
セドリックの声だった。
リリアはゆっくりと顔を上げた。
彼は濡れたマントのまま、店の入口に立っていた。
青い瞳が雨に濡れて、いつもより深く見えた。
「風邪をひいてしまいます!」
リリアは店から大きな布を取り出すと、セドリックに被せた。
「ありがとう」
「いいえ」
「君は本当に優しい女性だ」
セドリックは優しく微笑む。
セドリックは濡れた服を大きな布で拭いた。
「しばらく来られなくてすまない」
「いえ。お仕事でしょうか?」
「ああ」
それ以上、彼は説明しなかった。
でもその短い答えの中に、彼が動いてくれていた気配があった。
「リリア」
セドリックは彼女を見た。
「君は大丈夫か」
リリアは答えようとして、答えられなかった。
大丈夫だと、いつもなら言えた。
言ってきた。
でも今夜は言葉が、喉の奥で引っかかった。
「少し」
彼女はようやく、ほんの少しだけ言った。
「少し、疲れてしまいました」
言ってしまうと、もうそこで止まった。
それ以上は何も言わなかった。
セドリックは黙って、彼女の顔をしばらく見ていた。
しばらく沈黙が続いた後、
「明日、また来る」
静かにそう言った。
「君は今夜は休んでくれ」
「……はい」
セドリックは扉のところで一度、振り返った。
「リリア」
「はい」
「君は一人じゃない」
それだけ言った。
扉の鈴がもう一度、優しく鳴って、彼は雨の中に消えた。
リリアは帳場の椅子にゆっくり腰を下ろした。
一人じゃない。
胸の奥でその言葉が小さく、熱を持った。
胸の奥が、ずっと重かったものが、ほんの少しだけ軽くなっていた。
第五章 王子の正体
翌日の朝、店の扉の前に二台の馬車が止まった。
一台は昨日までの誰の馬車とも違う、大きな、王家の紋章を掲げた馬車。
もう一台はそれに付き従う、近衛の馬車。
町の人々が遠巻きに立ち止まった。
リリアは店の窓からそれを見た。
ーー誰か来た。
扉の鈴が鳴った。
入ってきたのはセドリックだった。
けれど昨日までのセドリックではなかった。
白と青を基調にした、王家の正装。
肩にかけられた金糸の縁取りの外套。
胸に輝く、月と剣の紋章。
アーデンフィールド王家、第一王子の徽章。
「リリア」
セドリックは静かに呼んだ。
「今朝、君に謝らなければならないことがある」
彼は扉を閉め、店の中で彼女の前に立った。
「私はセドリック・ルイ・アーデンフィールド」
彼は自分の胸の徽章に軽く手を触れた。
「この国の第一王子だ」
リリアは軽く目を見開く。
薄々、この人は平民じゃないと感じていたが、まさか第一王子だとは思っていなかった。
「昨日、遅くまで私は王宮で動いていた」
セドリックは椅子には座らず、立ったまま言葉を続けた。
「《ノクターン》を巡る噂の発信源は、元の国の王太子妃ミレーヌ・ド・ペルネル。その夫、王太子オーギュスト・ヴァレルナン。この二人が意図的に、組織的に、君を追い込むために動いたことを、王家の独立調査で完全に確認した」
彼は外套の内側から一通の封筒を取り出した。
「これは先ほど、元の国の王宮に送った、正式な外交抗議書の写しだ」
リリアはそれを受け取った。
王家の印が封蝋の上で赤く光っていた。
「他国の商業者に対し、王太子妃の権威を用いて、虚偽の誹謗を意図的に流布した」
セドリックは抗議の骨子を、読み上げるように言った。
「この行為を我が国は、外交上の敵対行為とみなす。二人が公に罪を認め、正式な謝罪を行い、相応の処分を受けない限り、我が国は貴国との交易関係、物資輸入、外交関係の全面的な見直しを通告する」
セドリックは一度、息を吐いた。
「元の国は我が国からの輸入に、経済の三割を依存している。彼らは譲歩するしかない」
リリアは抗議書をそっとカウンターの上に置いた。
「殿下」
「セドリックでいい。君はこれからもずっとそう呼んでくれていい」
「……セドリック様」
リリアは顔を上げた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか……」
セドリックは一度、彼女を見つめた。
「お礼などいらない」
静かに彼は頷いた。
「私は、この国の民を救っただけだ」
彼は彼女のカウンターの上に置かれた手の指先の横に、自分の指をほんの少しだけ置いた。
「君は我が国の商業者だ。他国の権力が、我が国の商業者に対して虚偽の誹謗を行った。民を救えない者は、王ではない」
目の奥がじーんと熱くなり、じわじわと視界が歪んでいく。
「ありがとうございます」
リリアは、その表情を見られたくなくて、セドリックに深く頭を下げた。
その日のうちに噂は急速に静まった。
王家が《ノクターン》を正式に支持する。その一報が王都に広まった瞬間、貴族たちは掌を返すように、店の前に列を作った。
取引先は詫び状とともに、取引再開を申し入れた。
王妃と王女から《ノクターン》の商品を「王室御用達」として採用するという正式な書状が届いた。
王妃からの書状の末尾には、手書きの一文が添えられていた。
《息子がいつもお世話になっております。母より》
リリアはそれを読んで、少しだけ笑った。
元の国では一週間後、処分が発表された。
王太子オーギュスト・ヴァレルナンは廃嫡。
王太子妃ミレーヌ・ド・ペルネルは爵位剥奪、王都追放。
二人はそれぞれ、国の隅の修道院と辺境の領地で残りの人生を送ることになった。
アーデンフィールド王家からの圧力がどれほど強かったかは外には出なかった。
ただ元の国の王家は、息子と息子の妻を切り捨てるほうが王国の経済を守るより軽いと判断した。それだけが結果として残った。
春が夏に変わり始めた、ある夕方。
店を閉めたあと、セドリックは店の奥の帳場にリリアを訪ねてきた。
正装ではなく、普段の服だった。
「リリア」
彼は静かに呼んだ。
「少し、話してもいいか」
「ええ。どうぞ」
リリアは小さなスツールを彼に差し出した。
セドリックは座らず、彼女の前に立ったままだった。
「私は王家の長男として生まれた」
彼は静かに言葉を始めた。
「結婚は政治だと教えられてきた。国のために相手を選ぶものだと」
リリアは彼を見上げた。
「だが、雑貨店の中で君を見た日、私は妙な感覚を覚えた」
セドリックは少しだけ笑った。
「君は、無表情で言葉は淡々としているけれど、動作ひとつひとつに愛情があって、誰かを幸せにしたい人なんだって思った」
リリアは何も言えなかった。
「平民のふりをしていた時から、ずっと君に惹かれていた」
セドリックはまっすぐリリアを見た。
「君と生きたい」
彼はそれ以上、言葉を足さなかった。
ただ自分の右手をリリアのほうへ向けた。
「君の答えを聞かせてほしい」
この手をとってくれ、と彼の青い眼が訴える。
リリアはしばらく彼の差し出された手を眺めていた。
原作のリリアはこの国で処刑されていた。
原作では、皆に憎まれ、誰のためにも生きられず死んでいったリリア。
私は、幸せになっていいのだろうか。
リリアはゆっくりと顔を上げ、目線をセドリックに向けた。
セドリックの青い瞳が、夕焼けの色を淡く映していた。
リリアは「はい」と短い言葉とともに、セドリックの右手に手を添えた。
リリアの答えにセドリックは微笑んだ。
了
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