条件
生まれた時から無条件の愛情で育った人間はどれほどいるのだろう
人が人に何かを与える立場、ギバーの時
条件、利害、損得、目的…何の理由もなく行動することは殆どない
親子でも恋人でも、両者の間にあるのは無償の愛ではない
条件付きの愛ばかり
自己犠牲を払ってまで、他者を愛するなら
見返りを求めてしまうのが人間だろう
愛するだけなら猿でもできるが、行動を伴うのが現実
思うだけ、言うだけでは、生きられない
自分の時間や能力、財産を与える
限りある人生を分け与える
無償で愛を与えられるだろうか?
顕著な例は
親が子どもを愛する時、その子どもが親を煩わせないなら愛する
素直な良い子なら愛されるが
意に添わない子なら叱られる
もう当たり前過ぎて、子育てとはそういうものだと、疑うどころか考えもしない
これが条件付きの愛、というものである
ひとりとして同じ人間は存在しない
つまり、DNA的にはとてもよく似ていても同じ環境で過ごしていても
全く同じ個性はありえない、必ず違う
意志や趣味嗜好は異なる
意見が食い違う
その場合、どちらかに合わせることになる
たいていの場合は子どもが親の言うとおり従う
経済的にも精神的にも、子どものうちは親に依存しているのだから、生きていくためにはそうするしかない
こうして、愛とは条件付きのものであると人間は学ぶ
愛されるには、何かが必要
見た目が美しいなら愛される
お金をたくさん持っていれば愛される
役に立つ才能があるから愛される
はい、残念ながらそれは思い込みです
まず大前提として、それ愛じゃないです
依存や投影や承認など別の感情の機能です
うすうす気づいてたと思いますが、“愛”という名の下に誤魔化されてますよ
真実として、愛は与えることができない
愛は、あなた自身、あなたそのものであり、与えることは不可能なのだから
あなたは、自分自身を誰かに与えることができるの?
過去にも未来にもそんなことは決して誰もできたことはない
与えられるのは、物質や時間や知恵等々、三次元的な何かである
それらを愛と信じているのが、実際のところ
愛する代わりに、何かを要求する
愛されたいなら、何かを差し出す
もうこれ愛じゃないでしょ、どう考えても…
物々交換的な、愛々交換?
ずる賢く得しようとか、コントロールして思い通りにしようとか
もっとエスカレートすると、嘘で騙したり、脅して取り上げたりする
愛は自分自身の中にある
あげたり貰ったり、譲ったり奪ったり盗ったりできません
自分が自分を愛することで
その愛が外側の世界に反映して愛される
「あなたが出したものを、あなたは受け取る」が宇宙の法則
条件付きの愛で愛するなら、条件付きの愛を受け取る
真実の愛が欲しいと願うのは、真実の愛が無い状態を自ら保っている
愛になる
doよりbe
私たちはhuman being
beingは愛そのもの




