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息子の成人式に、妻はいなかった

作者: 森本有介
掲載日:2026/02/22

妻と見るはずだった息子の成人式でした。

その日のことを、忘れないうちに書き残しておこうと思います。

 妻が亡くなって、今年の四月で九年になる。


 あのとき十一歳だった息子は、今年二十歳になった。


 そして成人式を迎えた。


 本当なら、この日をいちばん楽しみにしていたのは妻だったはずだと思う。


 息子が小さかったころ、妻はよく言っていた。


「成人式のスーツは、ちゃんとしたのを着せたいよね」


 まだランドセルを背負っていた頃の話だ。そんな先のことを、と笑った記憶がある。


 まさかその成人式に、妻がいないとは思ってもみなかった。


 だから僕は、少し張り切りすぎたのかもしれない。


 スーツを注文し、ネクタイを選び、靴を買った。前撮りの写真も撮った。当日は美容院まで車で送り届けた。


 どれもこれも、本当は妻がやるはずだったことのような気がしていた。


 息子の隣に立ちながら、心のどこかで思っていた。


 ――見ているか。


 写真の中の息子は、もう子どもではなかった。肩幅も広くなり、僕よりかなり背が高くなっていた。


 妻が知っているのは、まだ小学生の頃の姿だけだ。


 これほど成長した姿を、妻は知らない。


 それが少し悔しかった。


 成人式の案内状には書いてあった。


「会場内、保護者立ち入り禁止」


 七五三も入学式も卒業式も、僕はいつも隣にいた。


 だが成人式だけは違った。


 会場の中には入れない。


 息子は友達と行き、友達と帰ってくる。


 僕は家で待つだけだった。


 もし妻が生きていたら、きっと会場の外まで行っていたと思う。

 写真を撮って、何度も撮り直して、きっと笑っていただろう。


 僕は行かなかった。


 行ったら、妻のいないことを余計に思い知らされる気がしたからだ。


 夕方、息子は何事もなかったかのように帰ってきた。


「どうだった?」


「普通だったよ」


 それだけだった。


「友達と撮った写真、見せて」


 と言うと、スマートフォンを少しだけこちらに向けた。


 楽しそうに笑っていた。


 その顔を見て、ふと思った。


 ああ、ここまで来たのだな、と。


 母親がいなくても、息子はちゃんと大人になった。


 それだけは、胸を張って妻に言える気がした。


 夜になってから、前撮りの写真をもう一度見た。


 スーツ姿の息子がまっすぐ立っている。


 もし妻がいたら、この写真を何度も眺めただろう。


 そしてきっと言ったはずだ。


「大きくなったねえ」


 僕は写真に向かって、小さくつぶやいた。


「成人したよ」


 返事はない。


 当然だ。


 それでも少しだけ、肩の荷が下りたような気がした。


 子育ては、ここまでだ。


 あとは自分の人生を生きればいい。


 息子の成人式は終わった。


 そしてたぶん、僕の役目も終わったのだろう。


 妻がいない成人式は、少しだけ寂しくて、少しだけ誇らしかった。

この話は、実際に息子が成人式を迎えたときに感じたことをもとに書きました。


子育ての終わりというのは、もっと大きな出来事だと思っていましたが、実際にはとても静かなものでした。


同じような経験をされた方がいらっしゃいましたら、感想などいただけるとうれしいです。

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