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海のアンクウ

作者: 門戸
掲載日:2026/03/04

 いがみ合い、傷をえぐり合うことでしか、おのれの生命を確かめられない人びと。


 そういう他のものと共にいるのは、いたたまれない。だからわたしは朝早く、ひとり浜に出る。


 まだ薄暗い海を眺めながら、湿った砂地を歩き続ける。


 未来なぞまったく見えない、降るのか照るのか、やはり雨か。


 歩き続けるしかない、今日もまた。


 ・・・・・・


 ある朝、海の上を歩く人を見た。


 鳥でなし、岩でなし。


 大きな人が波間をあるいて、浜に立ち尽くすわたしのところへやってきた。


 近くまできて、目の悪いわたしにようやくわかったこと。海の上を歩いてきたのは、骨である。


 黒ずんでがっしりした骨が、わたしの前に歩いてきたのだ。


 その骨……その人は波の上に立ち、優しく私に問いかけた。



≪一緒に来るかね?≫



 とまどってから、それもありだろうかとわたしは思う。


 思いあぐねる。


 けれど骨は何もいわず急かさず、わたしの迷いを待ってくれた。


 考えて考えて考えて、……涙がひとつぶ地に落ち、砂に触れ、海の一部になる。


 わたしは頭を振った。



「いいえ、まだなんです」



 その人は小首をかしげて、笑った。笑ったのだと思う。骨が笑うところなんか、見たことはなかったけれど。



≪何故だね。愛と信じていたものが支配とわかり、誰からも求められず名を呼ばれないことを知って、お前の心は嘆き叫んでいるじゃないか≫


「仰る通りなんです」



 わたしは、ひしゃげた声を喉から振り絞った。



「けれどわたしには……。まだまだ、つくり出さなければいけないものがある」


がために?≫


「……わたし自身のために、です」



 その黒いしゃれこうべは、すじすじの肩をちょっとすくめた。手に持っていた長いものの先が、するりと水の合間から引き上げられる。



≪そうか、そうか≫



 それは棒ではなくて、大きな大きな鎌の刃だった。



≪では存分に苦しみ、嘆きもがくがいい。お前の心が生からはがれ落ちた時に、また会ってやろう。けれど憶えておけ、俺はいつでもお前を波間の向こうに連れていってやれるぞ≫


「ありがとうございます」



 その人はくるりと振り返ってきびすを返し、また海の向こうへと歩いてゆく。


 水平線のみえぬ朝の海、空と水のあわいがなくなっている彼方へと、黒い影が消えて行くのが私に見えた。


 誰に話しても、信じてはもらえぬこととわかっている。


 けれどわたし自身が信じる限り、あの波間に骨は、たしかにたたずんでいたのだ。


 だからこそ。


 朝の海、灰色の浜で出会ったやさしき骨の死神アンクウのいざないを胸に、わたしは今と言う瞬間を費やし悩み生きている。


 かもめが鳴く。



 (2025.7.31)

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