海のアンクウ
いがみ合い、傷をえぐり合うことでしか、おのれの生命を確かめられない人びと。
そういう他のものと共にいるのは、いたたまれない。だからわたしは朝早く、ひとり浜に出る。
まだ薄暗い海を眺めながら、湿った砂地を歩き続ける。
未来なぞまったく見えない、降るのか照るのか、やはり雨か。
歩き続けるしかない、今日もまた。
・・・・・・
ある朝、海の上を歩く人を見た。
鳥でなし、岩でなし。
大きな人が波間をあるいて、浜に立ち尽くすわたしのところへやってきた。
近くまできて、目の悪いわたしにようやくわかったこと。海の上を歩いてきたのは、骨である。
黒ずんでがっしりした骨が、わたしの前に歩いてきたのだ。
その骨……その人は波の上に立ち、優しく私に問いかけた。
≪一緒に来るかね?≫
とまどってから、それもありだろうかとわたしは思う。
思いあぐねる。
けれど骨は何もいわず急かさず、わたしの迷いを待ってくれた。
考えて考えて考えて、……涙がひとつぶ地に落ち、砂に触れ、海の一部になる。
わたしは頭を振った。
「いいえ、まだなんです」
その人は小首をかしげて、笑った。笑ったのだと思う。骨が笑うところなんか、見たことはなかったけれど。
≪何故だね。愛と信じていたものが支配とわかり、誰からも求められず名を呼ばれないことを知って、お前の心は嘆き叫んでいるじゃないか≫
「仰る通りなんです」
わたしは、ひしゃげた声を喉から振り絞った。
「けれどわたしには……。まだまだ、つくり出さなければいけないものがある」
≪誰がために?≫
「……わたし自身のために、です」
その黒いしゃれこうべは、すじすじの肩をちょっとすくめた。手に持っていた長いものの先が、するりと水の合間から引き上げられる。
≪そうか、そうか≫
それは棒ではなくて、大きな大きな鎌の刃だった。
≪では存分に苦しみ、嘆きもがくがいい。お前の心が生からはがれ落ちた時に、また会ってやろう。けれど憶えておけ、俺はいつでもお前を波間の向こうに連れていってやれるぞ≫
「ありがとうございます」
その人はくるりと振り返って踵を返し、また海の向こうへと歩いてゆく。
水平線のみえぬ朝の海、空と水の境がなくなっている彼方へと、黒い影が消えて行くのが私に見えた。
誰に話しても、信じてはもらえぬこととわかっている。
けれどわたし自身が信じる限り、あの波間に骨は、たしかにたたずんでいたのだ。
だからこそ。
朝の海、灰色の浜で出会ったやさしき骨の死神のいざないを胸に、わたしは今と言う瞬間を費やし悩み生きている。
かもめが鳴く。
(2025.7.31)




