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その言葉の先は、シラフで聞かせて  作者: 黒乃きぃ


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04

「お待たせしました、串焼き盛り合わせです。右から鶏もも、ぼんじり、ハツ、せせり、ふりそでです」

「美味しそう!」

「お、今日当たりだな。ぼんじりがある」

「当たりなんですか?」

「個人的なね。盛り合わせ、その日によって出てくんの違うのよ」

「なるほど」


 カウンターの真ん中らへんの焼き場で、大将が串をくるくる返しているのを眺めていると、別の店員さんが盛り合わせを運んできてくれる。塩の焼き鳥五本。ボリューミーなそれに、思わず歓声を上げる。先に出ていた沖漬けもレバ刺しも美味しかったので、焼き鳥も期待大だ。というか焼き鳥屋さんの焼き鳥を食べるのが思えば割と久しぶりでちょっと嬉しい。居酒屋の焼き鳥ももちろん美味しいのだけれど。

 ちょうどグラスも空だからと、次の酒をそれぞれ頼んで串に手を伸ばす。


「めちゃくちゃ美味しい…」

「だよな、酒が最高に進むやつ…」

「間違いない…」


 しみじみ言いつつ、注がれた二杯目を煽る。美味しい。初めて見て気になって頼んだ笑四季劇場という日本酒は甘口で、それでいてさっぱりとしていて飲みやすい。焼き鳥の脂をさっぱりと流し込める感じ。最高のマリアージュが完成してしまったかもしれない。


「これ、めちゃくちゃ好きな味です」

「なんだっけそれ」

「笑四季劇場」

「俺飲んだことないやつだ。こっち飲む? 田酒」

「絶対間違いないやつですね、貰います」


 最早美味しい酒の前では回し飲みも躊躇わない。私のグラスから一口飲んで、うま…と呟くコウタさんに、思わずニンマリしてしまう。自分好みの酒を美味しいと言っている人を見るのが、飲み会の楽しみの一つだと思うので。そして田酒は安定に美味しい。


「これ美味いな、次これにしよ」

「美味しいですよね、他も気になるけど私も次これかな」

「めちゃくちゃ気に入ってるじゃん」

「いやあ、まさかの大当たり過ぎて…」


 ぴら、と日本酒リストを眺めながら早くも次の酒を二人選ぶ。甘口が好きなので、ついつい甘口と書かれた酒ばかり選んでしまう。コウタさんはスッキリとした飲み口が好きらしく、甘口も辛口もみんな違ってみんないいタイプだそう。


「あーてかこれ好きなら、多分こっちの酒も好きだと思う」

「どれです?」

「これ、あべって酒。フルーティーで飲みやすかった」

「ほー…じゃあ次はそれにします」


 ふむ、と言いつつぼんじりをひと齧り。じゅわっと甘みのある脂が口の中に広がる。しっかり咀嚼して飲み込んで、後味が残っているところに日本酒を一口。最高。


「あー…最高すぎる…」

「分かる。焼き鳥と日本酒ってなんでこんな合うんだろうな…」

「ほんとそれですね…」


 しみじみ語らっているが話題は永久に酒である。色気もへったくれもあったもんじゃあない。とはいえ美味しいのは事実なので、この酒は昔飲んで美味しかった、この酒が好きだったなんて話をポツポツ交わす。三杯目、コウタさんにオススメされた日本酒は、甘さとほのかに苦味のような複雑な後味があって、それが癖になる味だった。これもつまみが進むやつ!


「あれ? あ、やっぱり部長じゃないすか」

「ん? おー、お疲れ」


 オススメの酒を一口飲んで、美味しさに目を丸くしている私を、コウタさんがケタケタ笑っている最中。不意にコウタさんの肩越しに、私以上に目を丸くしている男性がコウタさんに声を掛けた。


「珍しいっすね、部長が金夜なのにこの辺で飲んでるの」

「あー、まあ、そうだな。小林もこの店来んのは珍しくない?」

「日本酒に最近ハマってて! あ、部長オススメ教えてくださいよー!」


 どうやら隣の席のカップルが帰って、入れ替わりに座ったのがコウタさんの部下らしい。小林、と呼ばれた人の隣の男性もコウタさんにキラキラした目を向けている。というか、部長なんだなコウタさん。このへんに勤めていること以外、仕事の話を思えば全くしていなかったので不思議な気持ちだ。

 どうやらコウタさんに憧れているらしい小林さんは、キラキラした笑顔でコウタさんを質問攻めにしている。コウタさんは話を切り上げたい雰囲気をめちゃくちゃ醸し出しているけれど、これはしばらくかかるだろうなあ…と大将がおまけで出してくれた煮物の小鉢をつつきながら酒を飲んで待つことにした。


「小林、今日は絡むなら帰るぞ」


 話しても話しても埒が明かないと思ったのか。どんどんコウタさんに絡む小林さんに、コウタさんはわざとらしいため息をひとつ。

 

「え、何でですか!」

「……見て分かれ」

「っえ、」


 不意に、肩を引き寄せられる。グラスも箸もちょうど持っていないタイミングで良かった。コウタさんが小林さんに背中を向ける形で肩を抱き寄せられたから、私の顔はおそらく彼等には見えていない。細身の、けれどしっかり鍛えられている腕の感触に、ぼぼっと頬が熱を持つのが分かった。見上げた先、コウタさんはからかうような表情を浮かべている。


「えっ、あ! すみません!!」

「いやあ、俺も最初に言えばよかったんだけど。まあ悪いけど、こういう事だから」

「っはい!」

 

 肩越しに小林さんたちに流し目と笑みを送るコウタさんは、とっても悪い顔をしている。悪い顔が似合うなあ、なんてほんのり酔いが回った頭で思いつつ、肩を抱く手に自分のそれをそっと重ねた。


「ん?」

「あの、仲良い部下の方なら、無碍にされない方が良いのでは…? 私はまあ、待ってますので…」

「え、俺がヤだけど」


 オフで会ってこんなにテンション高く絡んでくるなんて、さぞや懐いてくれる部下なんだろう。ならそれを無碍にしては可哀想。そんな風に思っての言葉だったのだけれど、コウタさんは苦いものを無理やり飲み込んだみたいな顔で私を見る。

 

「え、」

「だって俺が誘ってんのよ? 何が悲しくて野郎の相手して女の子待たすんだよ」

「部長のお連れさんすみません! 俺ら黙りますので!」

「え、あー…なんかすみません…」


 どうやらコウタさんを不機嫌にしてしまったらしい。肩越しで見えないけれど、小林さんの必死そうな声が聞こえて思わず謝った。副音声で、余計なこと言わないでと聞こえたもので。

 ムスッとした表情で、コウタさんは三杯目を一口で半分ほど飲んでしまう。いやそれ日本酒。


「コウタさん、お冷飲みましょう」

「いらない」

「ダメです。美味しく飲むならお水必須ですよ」

「…分かった」


 拗ねたような仕草と声だけれど、ちゃんとお冷を飲んでくれたのでほっとする。チェイサーと酒、同量飲むように心掛けるのが美味しい飲み方と以前に見学に行った酒蔵で聞いてからこと日本酒に関しては忠実に守っている私としては、一気飲みのような飲み方は看過できない。まあ私のせいではあるけれども。


「すみません、せっかく誘って頂いたのに。軽率でした」

「なんでチナツちゃんが謝るの」

「いやあ…せっかくの機会なのに、勝手に譲ろうとしちゃったので…」

「……」


 ポリポリ、と頬を掻きながらへらりと笑ってみせる。すると毒気を抜かれたのか、コウタさんは肩を落として大きくため息を吐いた。


「あーもう。俺こそごめん」

「え、」

「気遣ってくれたのに不機嫌なってごめんな。でも俺がチナツちゃんと飲みたくて誘ってるから、次から勝手に譲るのはナシ。な?」

「はあい」


 仕方ない奴を見る目でこちらに目線を寄越すコウタさんに、思わず笑みがこぼれる。こちらが勝手に回した気までちゃんと回収して謝ってくれるあたり、面倒見がいい人なんだろう。じゃなければ初めて飲んだ時も、ストーカーだなんだという物騒なワードを聞かなかったら、きっと声を掛けてこなかったかもしれない。だってあの日、初対面なのに自分でも、店の誰かでも頼れと言ってくれた眼差しは真剣だったから。

 改めて勝手に部下の方に譲ろうとして悪いことをしてしまったなあと反省していると、コウタさんに代わりにオーダーを頼まれて、彼は御手洗へ立っていく。店員さんを呼び止めて、コウタさんの日本酒と、お冷のお代わりを二人分。それからつまむものが欲しくてオススメを聞いて、勧められるがまま溜まり醤油漬けチーズを注文する。メニュー名だけで酒が進みそうである。



「あの、」

「はい?」


 気を取り直して再度酒に舌鼓を打っていると、控えめに空いた一席の向こう側から声掛けられる。顔を向ければ、多分私と同世代か歳下くらいの二人組。小林さんたちだった。


「あの、さっきはすみませんでした…」

「ああ、いえ。お気になさらず」

「いえ、あの…お邪魔してしまったので…」

「全然ですよ」


 歯切れの悪い言葉と、チラチラとこちらを値踏みするような視線が煩わしい。意識してにっこりと、愛想良く笑みを浮かべる。それ以上の詮索は、野暮だし不躾だ。

 

「えっと、あの、部長とどういうご関係で…?」

「強いて言うなら酒飲み仲間ですかねえ」

「それだけ、ですか?」

「ええ」


 どういう回答を待っていたのやら。拍子抜けしたような二人組に、にこーっと笑みを深めて、小首を傾げてみせる。この回答に何かご不満でも? そんな私の笑みに気付いたのか、気付いていないのか。更に口を開こうとする彼らの背後に、見覚えのある赤い髪が近付く。


「何、今度は俺の連れに絡んでんの?」

「えっ、あ! 部長!」

「何か言われた?」

「いいえ、何も。コウタさん、私も御手洗行きたいです」

「あっちの角」

「はあい」


 入れ替わりで席を立つ。ちら、と振り返れば、無表情のコウタさんが何事かを二人に話している様子が見えた。

 御手洗に立ったついでにリップを塗り直す。ご自由にと置いてあったあぶらとり紙を有難く拝借すると、Tゾーンがそれなりにてかっていて嫌気がさした。まあもう三十代、テカリじゃなくてツヤ…なんていうのは難しくなりつつある。朝から仕事で駆けずり回っていた日なら尚のこと。やれやれ、と思いつつ、手櫛で軽く髪を整えて席に戻る。

 

 小林さんたちの後ろを通る瞬間、少し申し訳なさそうに会釈されたので、気にしていないと笑顔で会釈を返しておく。あんまりにもしょんぼりしてるものだから、後でコウタさんに何を言ったのか聞かなくては。



「戻りました」

「おー、おかえり」

「ただいまです」


 座りにくいからと椅子を壁に少し近づけて腰掛ける。入店した時は先に座らせてもらったから気づかなかったんだろう。居住まいをただすと同時、片肘をカウンターに預けたコウタさんがこちらを見つめているのに気付いた。


「どうしました?」

「んー? チナツちゃん、全然酔ってないなって」

「あー、まあ、それなりには酔ってますけど。まだイケます」

「誘いがいがあるわー」

「酒豪呼ばわりされるんで、普段は嫌煙されるんですけどね」

「でもチナツちゃんならそういう会でも上手く立ち回るんじゃない?」

「どうでしょう…立ち回れてたらいいですけど」


 ニコニコとと楽しそうなコウタさんに頬をつつかれる。酒飲み仲間として誘ってもらったし、可愛こぶってもなあ、と素直なリアクションをすれば、クツクツとコウタさんは喉の奥で笑っていた。


「そういうコウタさんもまだまだ余裕でしょう?」

「まあね。じゃなきゃ誘ってない」

「私も同じくなので、どっこいどっこいですね」

「間違いない」


 乾杯、と意味もなく掲げられたグラスを打ち付け合う。カラン、と音を鳴らしたグラスに、次の酒を考えた。


「次、オススメあります?」

「オススメなあ。これは? 亀泉」

「あ、好きなやつです!」

「やっぱ知ってたか」

「知ってましたねえ。それにします」


 私も元々知っている銘柄が幾つかあったし、そりゃあオススメを聞いて知ってるのが来るのは当然。あらま、という顔をコウタさんはしているけれど、私からしたら好きな酒を勧められただけなので全く問題なし。むしろここまででよくぞ私の好みを把握して貰えたなぐらいの気持ちまである。


「コウタさんと飲むの、なんか気楽で楽しいです」

「そりゃ、酒飲み同士だからでしょ」

「…それはそう」


 私の四杯目と、いつの間にやらコウタさんは五杯目。何度目か分からない乾杯をして、顔を寄せあってくすくす笑い合う。同じようなペースで、似たノリで飲める人との酒は、どうしたって美味しい。本当に飲むのというか会うの二回目かしらと思うくらい、コウタさんと飲むのは、気楽だ。

 ふわふわとやっと酔いが回り始めた頭で、ふにゃりと笑った私に、コウタさんが腑抜けた顔と吹き出すまで、あと五秒。

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