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その言葉の先は、シラフで聞かせて  作者: 黒乃きぃ


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3/5

03

『この日程だといつ空いてる?』

『あと変な男から連絡来てない? 大丈夫?』



 以上、先日バーで知り合った赤髪眼鏡のイケメン、コウタさんからのメッセージである。


 元カレからの鬼電、鬼メッセージにドン引きした金曜日。ついついやけ酒で飲んだくれた私を、最後まで相手してくれたコウタさん。楽しく飲んで終電を逃してしまった私に、お詫びと言ってその日の私の酒代を払ってくださった。神か。だいぶあの日飲んでたから会計絶対やばかったんだけど。とはいえタクシーで帰ったから、タクシー代考えると酒代浮いたのは正直とても有難かった。初対面で気遣われた上でと考えると、めちゃくちゃ良心が痛むというか、申し訳なさすぎて半泣きになるけれども。

 まあそんな醜態晒したし、飲みに行こうのお誘いも社交辞令になるかなと思っていた矢先。飲み代のお礼と絡んでしまったお詫びを交換したての連絡先に送ったところ、パパッと返ってきたのがこのメッセージである。敢えて私の飲み代に関して触れてこないあたり、その話題を終わりとする気遣いが見える。気の所為かもしれないけれども。だけれども、私にとっては大変好感の持てる返信だった。



『頂いた日程ならいつでも大丈夫です』

『あと、お陰様でブロックしたので何も来てないです』


『良かった、安心したわ』

『じゃあ次の金曜日でもいい?』


『OKです』


『待ち合わせ、後で送る』


 淡々としたメッセージのやり取りの後、『よろしく!』と書かれた可愛いスタンプが送られてくる。ヒツジ? か何かがビシッと片腕を挙げている特徴的だけれど可愛いスタンプ。なんか、可愛い。


「……いやいや、あのタイプ絶対遊んでる。うん、女たらし系だ」


 クッションを抱き締めてそれに顔を埋める。凹んでいる時の優しさは胸沁みるものがあるけれど、推定女たらしの仕草一個一個に反応してても仕方ない。向こうは何ともなしにやってるんだから。それこそ沼らせられる奴だ。危ない危ない。

 ふう、と大きく息を吐いて平常心を意識する。一々イケメンに脳内だけでもきゃあきゃあ言っていたら、サシ飲みなんて心臓がもたないの確定だ。とりあえず会社のスケジュールアプリに、急な残業会議が入らないように、定時後に『私用あり』と登録する。強制力はないものの、わざわざ私用と書いてるところに予定を無理に入れるんじゃないという無言のアピールである。


 それから数日、約束の金曜日。前日はなるべく早く寝て、体調を整える。自分以上のザルと分かっている人と、好きな酒を飲むのだ。コンディションはバッチリにしておきたい。あと一応イケメンと連れ立って歩くので…と、申し訳程度には身だしなみに気を使っておく。それから安定のいい靴。高いピンヒールは愛しているが、飲んだくれる日には周りの人への迷惑になる可能性があるので避ける。以上私の、人と思う存分飲んだくれる時の準備である。

 珍しくしっかり巻いた髪。黒いタートルネックの、マーメイドスカートが気に入っているニットワンピースにグレンチェックのベストを合わせて。いつもより低めの、ヒールの太いストラップ付きのパンプスを履く。ヒール音を鳴らして出勤すれば、私の格好だけで同僚はニヤニヤしてきた。



「茅夏、今日デートなの?」

「んー…当たらずとも遠からず?」

「え! 恋バナ?」

「ないな、酒飲みの会だ」

「なんだあ」


 歳の近い同僚―――朱里は、最近合コンに励んでいるらしく恋バナの気配に敏感だ。ワクワク! と話を強請られたけれど、興味を引いてからニヤリと笑えば、からかわれていると思ったのだろう。すぐに引いてくれた。


「そういうそっちは?」

「合コン」

「だよねえ」


 あざといオフショルダーの薄手のニットに、ふんわりとしたAラインのスカート。一粒のパールネックレスを添えた朱里の姿は、彼女のよく見る戦闘服である。似合っていて可愛い。


「ちなっさん〜今日夜予定は?」

「埋まってる」

「えー残念」

「スケジュール見て誘えー」


 合コンに燃える美女と別れると、今度は先週共に残業した同僚に誘われる。まあ気合い入った格好だしねえ、としみじみ言われて、分かってたなら誘うなと肩を叩いておいた。今日もやかましい職場である。

 朝一のケラケラ笑っていた和やかさとは裏腹に、昼休憩以降はトラブル続きで冷や汗をかいた。せっかくコウタさんが予定を空けてくれたと言っていたのに、待たせる訳にはいかない。前回の奢ってもらった恩があるため、絶対に遅れたくない。鬼気迫る集中力で一つ一つこなしていけば、定時過ぎ十五分、ようやく目処が見えた。


「あと十分で片付ける…!」

「ちなっさん、フォロー入ります!」

「ありがと、こっちのデータ処理終わってるからダブルチェックよろしく」

「はーい」


 あと十分、自分でタイムリミットを決めて追い込んでいれば、同じく他の残業仲間の後輩が助け舟を出してくれた。普段基本的に残業ばっちこいの気持ちで仕事しているからか、こういう早く帰りたい日に周りがその分サポートしてくれるのが本当に有難い。その分、普段はみんなの残業肩代わりする勢いでやってるけれども。


「白砂、これのデータこっちで残りみるから帰っていいよ」

「え、良いんですか?」

「先週、先帰らせてもらったからな」

「ちなっさん、こっちもあとダブルチェックだけだから良いですよ」

「うわー、有難い! すみません、そしたら甘えます!」


 先週の金曜日、結婚記念日だと言っていたから残業を肩代わりして先に帰した先輩の有難いお言葉。そしてそれに乗っかってくれる後輩。二人に恩に着る! と思い切り両手を合わせて拝み倒す。一応まだ余裕はあるものの、こういう時は素直に甘えとくが吉だし、お互いその方が楽だ。ちなみに後輩も先月、デートに遅れそうと言っていたのを残業肩代わりしているのでこれで貸し借りゼロである。

 バタバタと帰り支度をし、残る残業組に声をかけて慌ただしくフロアを出る。小走りで廊下を進めば、めちゃくちゃな勢いで退勤していく朱里の後ろ姿だけ見えた。相手方の幹事が気になる相手らしいから全力で頑張って来てほしい。


 

 ギリギリタクシーに乗らなくても間に合う時間に会社を出られたから、急ぎ足で駅へ向かう。いつものバーの最寄り駅で降りて、一旦お手洗いで身だしなみチェック。

 ルースパウダーを叩いて、リキッドチークでほんのりと血色感をプラス。最近掛けたばかりのまつ毛パーマのお陰で目元はパッチリしているので、寄れたアイシャドウだけ整えて。仕上げに一番お気に入りのティントリップを唇へ乗せる。前回の残業後のヨレヨレ酔いどれ姿は流石にないなと思って、今日は私なりの挽回デーだ。まあ向こうは何とも思ってないだろうけれども! 身だしなみは自己満足なので、自分のテンションが上がればそれでいい。


 約束の時間の五分前。待ち合わせ場所は駅を出て、大通りの交差点だった。ドラッグストアがすぐそこにあって、そこそこ待ち合わせ場所として人がたむろしている。カツカツとヒールをうるさくない程度、響かせながら歩けばガードレールにもたれる、コウタさんがいた。


「コウタさん、お疲れ様です」

「おーお疲れ様」

「待たせちゃいましたね、すみません」

「全然。むしろピッタリでしょ、急がせた?」

「いえ」


 ぼうっとしていたコウタさんの表情はどこか冷めていて、取っ付き難い印象すら抱いた。けれど声をかけて、こちらに気づいた瞬間、ニパ! と人好きのする笑みが寄越される。シラフで見ても顔がいい。酒が入っていないせいか先日よりコウタさんの表情もスッとしていて、ちょっと爬虫類っぽい雰囲気だった。涼やかな目元がそう思わせるのかもしれない。


「店、そこの坂降りたらすぐだから。行こっか」

「はい」


 ごく自然に手首を掴まれて引き寄せられる。引き寄せたあと、手首を掴んでいた手はするりと私のそれと繋がれて、そのまま店への道を辿り始めた。恋人繋ぎとかではない、ごくごく普通の手繋ぎだけれど、二度目ましての男女にしては距離が近いなあ、なんて小さく苦笑する。


「今日お揃いっぽくない? 俺らの服」

「あ、ほんとだ」


 コウタさんは黒いタートルネックに、チェックのジャケット。グレージュっぽい色味のチノパンを合わせた着こなし。対する私も黒いタートルネックだし、柄と色は違えどチェックのベスト。完全にペアルック感があって、二人して同時に吹き出した。


「二度目ましてでお揃いコーデってすごい以心伝心っぷりですね」

「いやほんと。マジでこれ偶然なのすごいな」

「どうせなら伊達でも眼鏡かけてくれば良かった」

「俺のみたいな?」

「持ってますよ」

「マジかよ、今度掛けてきて」


 喉の奥でクツクツ笑うコウタさんと、くすくす笑いが抑えきれない私。近過ぎるのでは? と思った距離感が気にならなくなる程度笑いに笑って、目尻に浮かんだ涙をお互い拭っていれば、コウタさんオススメの焼き鳥バルに着いた。

 細い階段を降りて、地下へ。濃藍の暖簾のかかった扉を押し開けて、手を引かれるまま店内へ。カウンターと二人がけのテーブル席が二つの、こじんまりした店内はカウンターの端の二席を除いて満席だった。店の入るビルの上階に風俗店らしき看板が掛かっていて、その看板のせいで初見の女性客は少し入りにくい印象だったけれど、店内の客層は男女半々といったところ。きょろ、と店内を見回しつつ、コウタさんに手を引かれるままついて行く。


「よ、大将。お疲れ」

「おう。予約珍しいな」

「今日はゲストがいるから」

「ふうん?」


 コウタさんは案内される前に、予約席と書かれた札をカウンターの奥の大将に手渡して椅子を引く。オススメしてくれただけあって、どうやらかなりの常連らしい。

 奥側の椅子を勧められて、甘えてそこに腰かける。一枚板のカウンターはよく手入れされていて、滑らかで艶やか。吊り下げられたアンティーク調の照明も素敵。なんというか、内装だけでもちょっとテンションが上がる隠れ家的な店だ。



「何飲む? 一杯目から日本酒イケるならどう?」

「是非! 今日はそのために来てますから」

「さすが。好きなやつ、ある?」


 渡されたメニューにはざっと二十種類くらいの日本酒が載っていた。おー! と感嘆の声を上げつつ、よく飲む銘柄があったので、まずはそれにする。飲んだことのない気になってた銘柄もあるので悩ましいけれど、初手はとりあえず安牌からいきたいところ。


「じゃあ酔鯨を」

「いいね。俺は仙禽かな…つまみどうする?」

「コウタさんのオススメあります?」

「とりあえず串焼き盛り合わせだろー、あとは…レバー食える?」

「好きです」

「んじゃレバ刺し。あと…沖漬けかな、とりあえず」

「間違いなく美味しいラインナップ!」

「酒好きにしかウケないラインナップとも言うけどな」

「確かに」


 大将! コウタさんが呼びかければ、多分聞いててくれたのだろう大将が、ササッとグラスを持ってきてくれた。それにお礼を言いつつ、グラス下に敷いた皿に溢れるほど注がれた酒に、思わず満面の笑みになる。零さないようにそれなりに慎重に、二人でグラスをぶつける。


「付き合ってくれてありがとな、乾杯!」

「むしろ連れてきて頂いてありがとうございます。乾杯!」


 ふわりと甘い酒の香りと、口の中に広がるアルコール。爽やかでほのかな甘さが飲みやすくて、私が日本酒好きになったきっかけの酒だ。一口、二口と飲んで、ふうと息を吐く。見ればコウタさんも酒の味をしっかり味わって飲んでいるようだった。


「あー、美味い」

「ですねえ」

「なあ、それ一口ちょうだい」

「どうぞ」

「こっちも飲む?」

「ぜひ!」


 仙禽の季節で絵柄が変わるボトル、ちょうどコウタさんが飲んでいる赤とんぼ柄のは飲んだことがなかったから、何も考えずグラスを交換する。こちらも甘いけれど、ちょっと酸味がたつ気がする。美味しい。


「赤とんぼ、初めて飲みましたけど美味しいですね…」

「だよな。他のは飲んだことある?」

「雪だるまは飲みました。にごり酒」

「あれも美味いよな」


 日本酒、銘柄で話ができるの、周りに日本酒飲む友達が少ないからめちゃくちゃ嬉しい。じんわりとした嬉しさに頬を緩めつつ交換していたグラスを戻す。


「あ、」

「どうしました?」

「…いや?」


 何かに気づいたように声を上げるコウタさん。なんだなんだと視線をやれば、なんでもないと首を振りつつと目がニヤリと笑っている。トントン、と指先で唇を示されて、気付く。―――間接キスだ。

 この歳になれば回し飲みも間接キスも、別に照れるようなものでもないのに。いたずらっ子の笑みで茶化されて、思わずほんのりと、頬が熱を持つのが分かった。今夜はとことん振り回される予感しかしない。

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