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ランチのお会計は払わせてもらえなかった。せっかく店員さんが、お会計別にするか聞いてくれたのに。
それにぷくりと頬を膨らませていれば、ケチャップ拭ってもらった分ね、と笑われる。絶対に割が合わない。高くつきすぎである。有料サービス扱いとはこれは如何に。
お腹も膨れ、飲みに行くにはまだまだ早い。とりあえずと大通りに戻り、適当にウィンドウショッピングと洒落こんだ。
「あ、あのジャケット可愛い」
「あれ? あー確かに。あ、あっちのもチナツちゃん似合いそう」
「あのグレーの? 可愛いですけど合わせられるかな…」
「インナーの色は選ぶか」
「選びそうじゃないです?」
「確かに」
聞けばコウタさんは昔アパレル系の仕事をしていたらしい。だからかファッションセンスも良いし、あれこれと店先を眺めるだけでも十二分に楽しめる。きゃあきゃあとお互いの服を眺めつつコーディネートについても話し込む。前にうっかりお揃いコーデになってしまった事もあるし、割合服装の好みが近いらしい。あれは、これは? とお互いの提案がポンポン小気味よく続く。
「あ、可愛い」
「ん? あーシュシュ?」
「そう、冬用っぽいのあんまり持ってなくて…」
「ベロアのなんてあんだな」
「結構色々ありますよ? 職場にレースのやつ置いてます」
「へー」
髪が長い分、ヘア小物はついついチェックしがちだ。とはいえ好きな服装の系統的に、結局アレンジといっても巻くくらいであとは仕事中に結ぶとか、冬場マフラーの邪魔で結ぶとか、それくらい。
「うーん、でも使うかな…」
「あれ、買わないの?」
「あー…あんまりヘアアレンジもしないので、結局通年使えるやつ一個買ってそれを使い潰すになりがちなんですよね…」
「なるほどな」
私がシュシュに目を引かれたのに気付いて、わざわざ立ち寄ってくれたコウタさんには大変申し訳ないが、あと一歩買う決定打がない。安いんだから買ってしまえよとも思うが、要らないものをあまり増やしたくもないし。一番手前にあったから何となく手に取っていた、深いグリーンのベロア生地のシュシュをそっと売り場に戻す。
「せっかく寄ってもらったのにごめんなさい、やっぱりやめときます」
「んー……あ、これは?」
「え?」
どうやらコウタさんはコウタさんで商品を物色していたらしい。ダークブラウンにも見える、深い赤のレザー調のシュシュ。ワンポイントでぐるりと一周黒いリボンが縫い付けてある、シンプルなのにちょっと可愛らしいそれを、コウタさんはぽんと私の手に乗せた。
「可愛い」
「これ、似合いそうじゃない?」
レザーならベロアよりも季節を問わず使えそう。コウタさんが鏡に向かって私の耳元近くにシュシュを添えてくれる。
「うん、やっぱ似合うな」
「可愛いですね、これ。しかも季節割といつでもいけそう」
「でかいやつだとレザー、夏場はキツイだろうけどこのくらい小さめだったらいけそうだよな」
コウタさんの、夏場もこのサイズ感なら…というのに、確かに、となる。深い赤は飽きのこなそうな色で、かつ好みだった。
「…買ってきていいです?」
「お、決める?」
「はい。ちょっと待っててください」
コウタさんを残してレジへ向かう。コウタさんは物珍しそうに小物類を眺めているから、心置きなくレジに向かえた。レジでタグを切ってもらって、ポケットに忍ばせる。
「お待たせしました!」
「全然。小物でも気に入るのあったなら良かった」
「ですね。って、私のばっか見ちゃってるんで、コウタさんのも見に行きましょう!」
「えー? 女の子のもの見る方が楽しくない? カラフルだし」
「そこです?」
「男物、この時期色がないからさあ」
「あーそれは…なんとなく分かるかも…」
ずっとレディースコーナーにいたから、と提案すれば、コウタさんはちょっと口を尖らせて拗ねたような表情を作る。メンズやユニセックスブランドの秋冬の落ち着いた色味が増えるのは分かるから、強く指摘もできず。そのままなあなあになってフロアを回ることになった。
私のものばかり見て気を遣わせているのでは、と身構えたけれど、コウタさん的にはそんなことはないらしい。色々とあれはこれはと声をかけてくれる。
「あ、そうだ」
「ん?」
「コート見るのにお勧めのショップってありますか? アウター、実はメンズの方が着心地と使い勝手がいいことに気づいて…」
レディースのアウターよりもメンズのアウターの方が、流行り廃りのないデザインが多い気がする。あと何より、内ポケットはじめポケットが深いし多い。華美ではないが布地が頑丈で、物持ちも良い。レディースのアウターにないものが全てある。
「秋冬のアウターは、中に着るのがもこもこするからボディラインに沿ったものじゃなくていいし。スタンダードで飽きの来ないデザインってメンズの方が多いなあって」
「あーまあ、確かに。てか今日のコートもメンズ?」
「あ、はい。今年のお正月のセールで、ふらっと入ったお店で」
ほう、とコウタさんは顎先に指をやって小首をかしげる。ちょっとごめんね、と声をかけた上で、袖先などの布地に触れて何かを確認された。
「布地頑丈な方がいい? てかこれ重たくない?」
「ちょっと重たいです。とはいえ多少重たくてもレディースより頑丈ならいいです」
「あー。俺が今日着てるやつ買ったとこ、そこまで高くないから良いかもな。多分女の子が着ても全然イケると思う」
行こう、とぱっと手を掴まれて歩き出す。掴まれた手は自然につなぐ形になって、ごく自然なエスコートでメンズアパレルショップが立ち並ぶ辺りへ。入口脇のショーケースにライダースジャケットがこれでもかと吊るされた、ともすればいかつそうな店構えのショップにたどり着いた。
「ここ。基本的にベーシックなデザインが多いし軽め。レザーも着るなら、本革も手ごろだし、合皮はデザイン豊富。多分似合いそうなアウターあると思うんだよな」
「コウタさんのオススメなら見てみたいです!」
「よし、じゃあ入るか」
入口の印象とは対照的に、店内はダークブラウンの木目調の什器で統一されて落ち着いた雰囲気だった。レザーに力を入れているのか、ライダースジャケットのコーナーが広く取られている。奥にコートなどのアウター類がまとまっているみたいで、きょろきょろと店内を見回しながらお目当てのコーナーに向かった。
「やっぱりチェスターかなあ」
「じゃあ、このチェックか、こっちのベージュっぽいやつ似合いそう」
「どれ? あ、こっち合わせやすそう」
「丈長めが好き? こっちに長さ違いもあるけど」
「防寒なので長い方が好きですね」
「じゃあコレか。羽織りな」
「はあい」
ステンカラーコートは好みではないので、着ているのと同じチェスターコートで悩む。メーカーが違うから、Vの深さも違うし、ボタン一つとっても違う。コウタさんが勧めてくれたベージュのものは、今着ているものより丈が長く膝辺りまでの長さ。けれど明るめの色だから重たさは感じないし、何より相当軽かった。
「軽い…」
「重いと肩凝るもんなあ…。軽いけど結構暖かいと思う」
「動きやすそうだし、良いですね。え、決めちゃおうかな…」
「ちなみに急ぎじゃないなら多分コレ、もうじき歳末セール出るぞ。ベーシックものは絶対いつもあるから」
コウタさんは顔なじみらしい店員さんを捕まえてセール情報を聞き出してくれる。店員さんは苦笑いしつつ、コウタさんが聞くなら…と教えてくれた。歳末セールには出ず、年始からのセールに出るらしい。在庫が当日なかったとしても取り寄せも可能と。
「んー…いやでもそこまで待つのもなんか違うので。買います!」
「お買い上げありがとうございます~」
「まあチェスターコート一番着るの今の時期だもんな」
「年末年始はそろそろダウンコートの季節ですからね…流石に今からダウンはちょっと早すぎますけど」
ちょうどいいサイズも見付かって、しかもセールを勧められた割にはお手頃価格だったので驚いた。メンズものはレディースに比べて二割増価格な印象があったので有難い限り。嬉々としてショップバッグを受け取った。いい買い物ができて大満足である。
「年始のセールもしよろしければ!」
「はい。十四日まででしたっけ? 伺えるようにしますね」
「ありがとうございましたー!」
年始の話をするにはだいぶ早いが、アウター以外で買うものがないので。そうなるとお次のお目当ては当然セール落ちしたアウターやらなんやらである。という事で店員さんにセールがいつまでかを聞いて、まあそのくらいなら来られるでしょう、と結論付けた。
「いい買い物できた?」
「できました! コウタさんのお陰です」
「気にいるのあって良かったな」
「ふふ、はい」
ニコニコ機嫌良く笑う私から大きなショップバッグをナチュラルに奪い取って、私と逆側の肩にかける。空いた方の手で私の空になった手は握られて、その鮮やかな一瞬に目を見開いた。
「え、持ちますよ! 自分のだし!」
「今日は俺に甘える日だろ」
「何か意味違う気が…」
「なんだよ、俺に甘えたくないって?」
「えー…じゃあ、甘えます」
「素直でよろしい」
冬は日が落ちるのが早い。コートを買い終えた時点で、遠くの方に夕陽が沈んでいくのが見えた。空が濃い緋色に染まっていて、コウタさんの髪の色が空に溶け込んでいくようだった。
「久しぶりにちゃんと夕陽を見る気がします」
「仕事してると見る暇ないもんな」
「ですねえ…え、まだこんな時間なんだ」
腕時計を確認すると、十六時半を過ぎたころ。冬の陽が落ちる時間ってこんなに早かったっけ。空の色だけだともう早くても十七時過ぎくらいだと思っていた。
「陽落ちるの早くなったなあ」
「んー…どうします?」
「そろそろ飲み行くか」
「ですねえ」
思っていたよりも時間は早かったけれども、夕方ではある。アイスとオムライスも良い感じに消化してきた。早い時間から飲むのは休みの醍醐味だよなと、ちらとコウタさんを見やれば、ニパ、といい笑顔が返された。
「どの辺で飲む? 移動する?」
「この辺だと…どっかいいとこあります?」
「…まだ開いてねえな」
「このくらいの時間から飲むなら…あ、」
ポケットからスマホを取り出してパパッと数駅先の飲み屋街の情報を検索する。下町感というか、立ち飲み・角打ちの多いエリアだ。
「この辺ならもう開いてますよね」
「あーてかそのエリアは昼…いや朝から飲めるとこじゃん」
「酒クズの聖地的な」
「いや俺は好きだけどさ、チナツちゃん折角可愛い恰好なのに、良いの?」
「やった褒められた。…今日みたいな日じゃないと一緒に行くことなくないです?」
「まあそれはそう。…行くか」
「行きましょー!」
電車に乗って、三駅先へ。さすがに立ち飲みの狭い店にコートの大きいショッピングバッグを持っていくのははばかられて、改札脇のコインロッカーに押し込む。
「行きたい店とかある?」
「このエリア、開拓したかったんですけどなかなか来れてなかったんですよね…チェックしてたとこ行ってみても良いですか?」
「勿論」
もう一度スマホで前に保存した店を検索し直す。調べる私の手元をコウタさんが覗き込んで、大体の場所を確認してくれる。手をつないだまま、夜に向かっていく繁華街へ私たちは足を踏み出した。




