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聖女様に恋した俺は死ぬ気で最強の戦士になった。でも彼女は勇者の恋人だったから、俺は静かにパーティを抜けることにした。  作者: ledled


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6/6

私は「ただのセラフィナ」になり、愛する人と共に本当の幸せを見つけました

北の国の春は、遅れてやってきます。

長く厳しい冬が終わり、ようやく雪が解け始めた山あいの小さな村。私とライナスが新しい生活を始めてから、初めて迎える春でした。


「セラフィナ、少し冷える。これを羽織って」


背後から、低く、けれど優しい声がかかり、肩に温かい毛布がかけられました。振り返ると、そこには心配そうな顔をしたライナスが立っています。私は「ありがとう」と微笑み、彼の無骨だけれど温かい手に、そっと自分の手を重ねました。


聖女の地位を捨て、ただのセラフィナとして彼の元へたどり着いたあの日から、私たちの時間はゆっくりと、けれど確かに動き始めました。

最初は、ぎこちないものでした。お互いに長年の誤解とすれ違いを抱えていたのですから、当然です。けれど、この静かな村での穏やかな生活が、少しずつ私たちの心の氷を溶かしていきました。


朝は、鳥の声で目を覚まします。私が簡単な朝食の準備をしている間に、ライナスは家の周りの雪かきをしたり、薪を割ったりしてくれます。

日中は、二人で村の手伝いをします。私は、かつて聖女として使っていた治癒魔法の力を少しだけ借りて、村の人々の怪我や病気を治します。もちろん、大々的にではなく、目立たないように、そっと。ライナスは、その無尽蔵の体力と力で、畑を耕したり、壊れた家を修理したり、村の男たちに剣を教えたりもしています。

夜は、二人で暖炉の火を囲みながら、他愛もない話をします。私が王都で窮屈な思いをしていた頃の話。彼が、想像を絶するような過酷な修行をしていた頃の話。お互いのことを、少しずつ、ゆっくりと知っていく時間は、何物にも代えがたい、宝物のようなひとときでした。


「……本当に、良かったのか」


ある夜、暖炉の火を見つめながら、ライナスがぽつりと呟きました。


「俺と一緒にいて。聖女様として、王都で暮らす方が、幸せだったんじゃないか」


彼の灰色の瞳が、不安げに揺れています。彼は、私が捨ててきた華やかな生活や地位を、今でも気にしているようでした。私は彼の手に自分の手を重ね、力強く首を振りました。


「いいえ。私は今が、生まれて初めて、本当に幸せだと感じています」


それは、心からの言葉でした。

王都での生活は、まるで美しい鳥かごの中にいるようでした。誰もが私を「聖女様」と呼び、敬い、崇める。けれど、誰も「ただのセラフィナ」を見てはくれませんでした。私の心も、想いも、すべては「聖女」という役割の奥に押し込めなければならなかった。


でも、今は違います。

村の人たちは、私を「セラフィナさん」と呼び、ライナスを「ライナスさん」と呼びます。怪我を治せば「ありがとう」と言って、採れたての野菜を分けてくれる。ライナスが魔物を追い払えば、皆で彼を囲んで、不器用な彼を困らせながらも感謝を伝える。

ここには、地位も、家柄もありません。ただ、人と人との温かい繋がりがあるだけ。私がずっと、心のどこかで渇望していたものが、ここにはありました。


「それに、ライナス。あなたは勘違いをしているわ」


私が悪戯っぽく微笑むと、彼は不思議そうな顔をしました。


「私は、聖女の力を捨てたわけではないのよ。むしろ、今の方が、ずっと強い力を感じているくらい」


かつて、私の力は「国のため」「勇者のため」という義務感と重圧に縛られていました。けれど今は、「愛する人を守りたい」「大切な人たちの助けになりたい」という、純粋な想いから力を引き出しています。その力は、以前とは比べ物にならないほど温かく、そして強靭でした。


その言葉を証明するような出来事が、何度かありました。

平和に見えるこの村にも、時折、魔王軍の残党や、はぐれた強力な魔物が現れるのです。

ひと月ほど前、かつて勇者パーティを壊滅寸前にまで追い込んだという魔王軍の軍団長が、この北の地まで侵攻してきました。王都から救援は来ず、村は絶望に包まれました。

その時、ライナスは私に「ここに隠れていてくれ」と言い残し、たった一人で魔物の群れに向かっていこうとしました。私は、彼の背中をただ見送るような女では、もうありません。


「私も、一緒に行くわ。あなたの背中は、私が守るから」


私たちは、二人で戦場に立ちました。

ライナスが、まるで黒い嵐のように敵陣を切り裂いていく。その彼の全身を、私の治癒と加護の光が絶え間なく包み込みます。どんな深い傷も瞬時に塞がり、彼の力は衰えることを知りません。

かつては、ただ守られるだけだった私が、彼の「盾」の、さらに後ろを守る「盾」になっている。彼と背中を合わせ、共に戦える。その事実が、私の心を誇りと喜びで満たしました。

結局、あれほど脅威とされた軍団長は、私たちの前では赤子同然でした。ライナスの一閃が、その巨体を両断した時、私たちはどちらからともなく微笑み合っていました。


その一件以来、私たちは「女神を連れた剣鬼」などと、少し大げさな二つ名で呼ばれるようになったようです。時折、王都から「どうか国をお救いください」という使者が来ることもありますが、私たちは丁重にお断りしています。

あの国は、自分たちの過ちに、自分たちで向き合うべきなのです。私たちが救うべきは、国という大きな枠組みではなく、目の前にいる、助けを必要としている人々です。


先日、行商人から、王都の噂を聞きました。

勇者だったカイエン様は、今も療養施設で過ごしていること。

魔法使いだったリディアさんは、故郷の街で後進の育成に励んでいること。

そして、国王陛下と大神官様が、今になって私たちの重要性に気づき、後悔の日々を送っていること。

その話を聞いても、私の心は不思議なほど穏やかでした。彼らを憎む気持ちも、憐れむ気持ちも、もうありません。ただ、遠い世界の出来事のように感じられるだけです。


「セラフィナ」


ライナスが、私の名前を呼びます。もう「聖女様」とは呼びません。ただ、愛しい人の名を呼ぶように、優しく。


「春になったら、南の畑に新しい花の種を植えないか。君が好きそうな、白い花だ」

「ええ、素敵ね。きっと綺麗に咲くわ」


私たちは、そんなささやかな未来の話をします。

魔王を倒すことでもなく、世界を救うことでもなく、ただ、二人で植える花の話を。

その何気ない会話が、かつて私が夢見ることすら許されなかった、本当の幸せなのだと知っています。


私はもう、籠の中の聖女ではありません。

愛する人の隣に立ち、共に戦い、共に笑い、共に生きていく、ただのセラフィナ。

私の物語は、聖女としてではなく、一人の女性として、今、この北の地で、ようやく始まったのです。

そして、この穏やかで愛おしい日々が、永遠に続くようにと、私は今日も、愛する人の隣で、静かに祈りを捧げるのです。

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