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聖女様に恋した俺は死ぬ気で最強の戦士になった。でも彼女は勇者の恋人だったから、俺は静かにパーティを抜けることにした。  作者: ledled


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勇者の俺がパーティの盾役を嫉妬で追い出したら、魔王に惨敗してすべてを失った。今さら気づいても、もう遅い。

承知いたしました。

ご要望に基づき、勇者カイエン視点のサイドストーリーを執筆します。


### 勇者の俺がパーティの盾役を嫉妬で追い出したら、魔王に惨敗してすべてを失った。今さら気づいても、もう遅い


俺は、カイエン・アークライト。神に選ばれし勇者――だった男だ。

今は、王都の裏通りにある薄汚い療養施設の一室で、窓から差し込む埃っぽい光をただ眺めるだけの毎日を送っている。かつて与えられていた、天蓋付きのベッドがある豪華な屋敷はもうない。人々からの賞賛も、羨望の眼差しも、美しい聖女も、すべて失った。


右腕はだらりと垂れ下がり、聖剣を握るどころか、ティーカップを持ち上げることすら覚束ない。左足は魔王に砕かれたままで、杖なしでは一歩も歩けない。そして何より、俺の魂の核であったはずの勇者の聖印は、その輝きを完全に失い、ただの痣のように成り下がってしまった。


「ああ、聞こえるか? あそこの三階にいるのが、あの『逃げ帰った勇者様』らしいぜ」

「聖女様を盾にしようとしたっていう屑だろ? 顔も見たくないね」


窓の下を通る人々の囁き声が、容赦なく俺の耳に届く。かつては俺の名を熱狂的に叫んでいた民衆が、今では汚物でも見るかのような目でこの建物を見上げ、唾を吐きかけていく。

見舞いに来る者など、いるはずもなかった。アークライト公爵家である俺の実家でさえ、家の恥だと言わんばかりに、最低限の治療費を払うだけで誰も顔を見せようとはしない。


なぜ、こうなった?

俺は勇者だ。生まれながらにして、この世界を救う宿命を背負っていた。最高の家柄に生まれ、誰よりも優れた才能と容姿に恵まれた。俺の人生は、常に栄光と賞賛に満ちていたはずだった。


「……全部、あいつらのせいだ」


そうだ。俺は悪くない。

悪いのは、俺を裏切ったあの二人だ。

すべては、あの忌々しい戦士、ライナス・フォルカーがパーティに入ってきてから狂い始めたのだ。


最初は、ただの便利な駒だと思っていた。

辺境出身の、出自も知れない平民。噂では傭兵として名を馳せていたらしいが、その戦い方は粗野で、品性のかけらもなかった。ただ黙々と敵を斬り、黙々と傷を負う。何を考えているのか分からない、陰気で不気味な男。

だが、その実力だけは認めざるを得なかった。あいつが前線に一人立つだけで、戦況は驚くほど安定した。まるで動く城塞だ。俺や後衛の魔法使いたちは、あいつが作り出す安全地帯の中から、楽に敵を攻撃することができた。

だから利用してやった。こいつは使える「盾」だ、と。俺という勇者の偉業を、より輝かせるための便利な道具に過ぎない、と。


だが、俺は気づいてしまった。

あの男が、俺のセラフィナに向ける、あの粘つくような視線に。

セラフィナ・リリエール。代々聖女を輩出する公爵家に生まれた、光の女神そのもの。彼女は、俺という勇者の隣に立つために生まれてきた存在だ。その白銀の髪も、蒼い瞳も、その神聖な力も、すべては勇者である俺のためにある。彼女は、俺の栄光を彩る、最も美しいトロフィーなのだ。

だというのに、あの泥にまみれた平民の男が、俺の所有物に汚らわしい視線を向けている。それが、我慢ならなかった。


「セラフィナ、今日の戦闘で少し髪が乱れてるぞ。俺が直してやろう」


俺はわざと皆の前で、彼女の髪に触れた。ライナスが、部屋の隅で忌々しげにこちらを睨んでいるのが分かった。愉快だった。

セラフィナは困ったように微笑んでいたが、それはきっと、人前で親密にされることへの恥じらいだろう。俺のような完璧な勇者に愛されて、嬉しくない女がいるはずがない。聖女という立場上、慎ましく振る舞っているに過ぎない。俺はそう解釈していた。


俺の中には、嫉妬とは別の、黒い感情も渦巻いていた。

――焦りだ。

口にしたことは一度もなかったが、心の奥底では分かっていた。純粋な戦闘能力において、ライナスは俺を遥かに凌駕している、と。俺が聖剣の力を解放してようやく倒せるような魔獣を、あいつは物理的な膂力だけでいとも簡単にねじ伏せる。その事実が、俺の「勇者」としてのプライドを少しずつ蝕んでいた。

こいつは危険だ。このままでは、いずれ俺の地位が脅かされるかもしれない。

だから、見せつけてやる必要があった。俺とあいつとでは、絶対的な「格」が違うのだと。そのために、セラフィナを利用した。彼女は俺のものであり、お前のような男が手を伸ばせる存在ではないのだと、思い知らせてやるために。


「なあ、セラフィナ。魔王を倒したら、俺と結婚してくれるよな? 国王陛下もそれを望んでいる」


魔王城を前にした最後の野営。俺はこれ以上ないほど効果的な一撃を放ったつもりだった。ライナスへの、完全な勝利宣言だ。

セラフィナが驚いて俯いた。ああ、やはり彼女は奥ゆかしい。突然のプロポーズに頬を染めているに違いない。

ちらりとライナスを見た。奴は、灰色の瞳から完全に光を失い、まるで死人のようになっていた。ざまあみろ。これで分かっただろう。身の程をわきまえろ、平民が。

俺の心は、優越感で満たされていた。


まさか、あの夜に奴が本当にパーティを抜けるとは、思ってもみなかったが。

まあいい、と軽く考えていた。少しは戦力が落ちるだろうが、俺と聖女の最終奥義があれば魔王など敵ではない、と。

それが、すべての間違いだった。


コンコン、と控えめなノックの音がして、病室のドアが軋みながら開いた。そこに立っていたのは、かつての仲間、魔法使いのリディアだった。彼女は旅立つ前に、最後の別れを告げに来たのだという。


「カイエン様。お加減は、いかがですか」


その声には、昔のような敬意は欠片も感じられなかった。ただ、哀れなものを見るような、冷たい響きだけがあった。


「……何の用だ。俺の無様な姿を笑いに来たのか」


俺が吐き捨てるように言うと、リディアは静かに首を振った。


「いいえ。ただ、あなたがあまりにも何も分かっていないようなので、教えて差し上げようかと思いまして」


彼女は、俺が知りたくもなかった、そして知る由もなかった真実を、淡々と語り始めた。


「セラフィナ様は、ずっとライナス殿のことがお好きでした」

「……は?」


何を言っているんだ、こいつは。


「あなたは気づいていなかったでしょうが、セラフィナ様は、あなたに馴れ馴れしくされるたびに、ひどく苦しんでおられました。王命と聖女という立場に縛られ、逆らえなかっただけで。彼女の心の支えは、いつも黙って皆を守ってくれたライナス殿だったのです」


嘘だ。そんなはずはない。聖女が、あんな平民の男を? 俺ではなく?


「ライナス殿がパーティを抜けたのは、あなたのせいですよ。あなたが嫉妬心から、彼に見せつけるようにセラフィナ様を傷つけ続けたからです。彼は、二人が恋仲だと完全に誤解して、身を引いたのです」


リディアの言葉が、一つ一つ、鈍器のように俺の頭を殴りつける。

嫉妬? 俺が? 馬鹿な。俺はただ、分不相応な男に灸を据えてやっただけだ。

誤解? あの二人が、想い合っていた?


「セラフィナ様は、聖女の地位を捨てて、たった一人でライナス殿を探す旅に出られました。自分のせいで彼を苦しめたと、ずっとご自分を責めて……」


もう、やめろ。聞きたくない。


「あなたはライナス殿を便利な『盾』としか見ていませんでしたが、彼はパーティの心臓でした。あなたという『剣』が輝けたのは、彼という『城塞』があったからに他なりません。その城塞を、あなたは自らの手で破壊した。それが、私たちの敗因のすべてです」


リディアは言いたいことだけ言うと、「もう、お会いすることもないでしょう」と冷たく言い放ち、部屋を出て行った。

一人残された俺は、ただ呆然とベッドに座り込んでいた。

俺が、すべてを壊した?

俺の嫉妬と傲慢が?

便利な盾だと思っていた男は、パーティの生命線だった。

美しい飾りだと思っていた女は、確かな意思を持って、別の男を愛していた。

そして俺は、その二人の仲を、最も醜い形で引き裂いただけの、道化だったというのか。


「う……ああ……ああああああっ!」


意味不明の叫び声が、喉から漏れた。熱いものが頬を伝う。涙だった。

俺は勇者だったのに。この世界の、物語の主役だったはずなのに。いつから、こんな滑稽な悪役に成り下がってしまったんだ。


その時、開いたままの窓の外から、街の人々の楽しげな噂話が聞こえてきた。


「聞いたかい? 北の辺境で、魔王軍の一個師団が壊滅したらしいぜ」

「ああ、なんでも『女神を連れた剣鬼』の仕業だとか。たった二人で、将軍クラスの魔族を瞬く間に屠ったって話だ」


女神を連れた、剣鬼。

その言葉が、俺の心臓に最後の杭を打ち込んだ。それが誰のことなのか、分かりたくなくても分かってしまった。

俺が捨てた「盾」と、俺に見捨てられた「聖女」。

二人は、俺がいなくても、いや、俺がいないからこそ、真の力を発揮し、伝説になろうとしている。

そして俺は、ここで一人、惨めに朽ちていくだけ。


「……もう、遅いのか」


絞り出した声は、誰に届くでもなく、埃っぽい空気に溶けて消えた。

手遅れの後悔だけが、壊れた体と空っぽの心に、鉛のように重くのしかかっていた。

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