6、最大要因はブローチにあり
こんばんは、おはようございます、こんにちは
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ここから数話バルザック側の話になります
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ことの始まりはアイリスが五歳の頃にさかのぼる。兄と仲良くなるため、何かいい方法はないかと考えていた。そこで思いついたのが、生まれた時、手に握りしめていた宝石をプレゼントすること。
その宝石はアイリスの瞳によく似たルビー色。明らかに大事なものだろう。子供ゆえにその価値などわかりもしなかった。それがブローチに加工されて、バルザックの元へ渡ることとなったのである。重大な意味があるとも知らずに……。時に子供の行動は予測不能なのだ。
「おにいさま! これあげるの」
「うん? 何くれるの?」
アイリスが頬をリンゴ色に染めながら、手のひらを差し出す。
「はい! ブローチっていうんだって。おようふくのかざりになるんだよ。おにいさまはこれから、おべんきょうがいそがしくなるってきいたの。なかなかあえなくなるんでしょ?」
バルザックはアイリスと目線が合うように屈む。
「うん。そうだね」
「だから、アイリスのことたまにはおもいだしてほしくて。このおいろは、アイリスのひとみにそっくりでしょ!」
ブローチを受け取りながら、アイリスの頭をワシャワシャと撫で回す。しかし純真無垢な笑顔に癒されつつも、心は複雑だ。それには海より深い理由がある。この国は男女ともに跡を継ぐことが出来る。けれどバルザックは養子だ。それゆえに実の娘であるアイリスには、かなわないとどこかで思っているのだ。
「うん……ありがとう」
バルザックは両親を亡くし一時期施設にいたことがある。当時夫妻には子供がおらず、跡継ぎとして引き取られることとなった。夫妻の第一印象は優しそうな人。戸惑いつつも抱きしめてくれた温もりに、とても安心したのを覚えている。それなのに、わりとすぐアイリスが生まれたのだ。
もはや引き取られた意味がなくなった。ゆえに追い出される不安を日々抱えていたのである。今の両親は分け隔てなく愛情を向けてくれている。けれど、本当の子供ではない以上立場は弱い。
「もーぅおにいさま! かみのけがぐしゃぐしゃになっちゃう〜」
「あははっごめんごめん。ブローチ大事にするね」
それでもプレゼントは素直に嬉しい。物に罪はないのだから。今は勉強に集中して頑張りを認めてもらうことが目標だ。そうすれば自ずと必要とされる人になれる。バルザックは固く決意する。
それから時は過ぎ、バルザックが十九歳を迎えたある日「お前にはいずれ家督を継いでもらう。仕事は早いうちから覚えたほうがいいからな」と言う父からの言葉で、少しずつ仕事を任されるようになった。これで日々の不安は解消されたのである。当主になるという重責はのしかかるが、バルザックの足取りは軽い。
ここにいていいと認められたことで、自信にもつながったのである。これでようやくアイリスと向き合うことが出来る。しかしことはそう単純には進まない。二人の時間を切り裂くように、交流が減ったのだ。一日会わない日も増え、そのせいで関係がこじれつつあった。
(どうして僕ばかりが大変な思いをしなければいけないんだ。アイリスは何でも与えられて自由すぎるでしょ)
これまで何のために頑張ってきたのか、分からなくなった。しまいにはアイリスの取る行動が目に付くようになる。ワガママばかり言って両親を困らせることに、嫌悪感を抱くようになってしまったのだ。
(こんなはずじゃない。ズルい、ムカつく、イライラする)
行き場のない感情が心に住み着く。嫉妬心から来る感情だった。ないものねだりばかりする自分にも腹が立つ。幼馴染のガイルに愚痴をこぼすこともあった。ガイルとの交流は、ある意味冷静になれる場所である。
「バルはどれぐらい仕事任されてるんだ」
「大体二割程度かな」
「そうかそうか。俺もそんなところだ。長男は何かと大変だよな」
長男同士分かり合える部分は大いにある。
「まぁやりがいはあるからいいんだけどね。ただここ最近、アイリスがよく商人を呼びつけたりするんだよ。それで父上は何でもかんでも買い与えるんだよね。はぁ……僕の苦労も知らないで」
バルザックは、当主になるため財政状況を把握するようになった。今はお金があっても、そこにあぐらをかくわけにはいかない。施設にいたこともあり、貧困を経験しているからこそ、シビアになってしまうのだ。
「いいじゃん。ミリアンは逆に物欲がなくて質素だぞ。地味よりマシってもんよ。アイリスちゃんはさぞ可愛いだろうな」
ニヤニヤとダラシない表情のガイルに言葉がつまる。
「……可愛くないよ」
「ははーん。そう言いながらも、今も大事に着けているそのブローチは何ですか」
指をさされた途端に、バルザックの顔が歪む。
(失敗した。今日はつけてくるんじゃなかった)
「うるさいな。ほっといてくれる」
バルザックは昔のアイリスに思いを馳せる。何かと後ろをついてきた可愛らしい姿に。このブローチはあの頃を忘れないためのお守りのようなものだった——。
それから数日後のことである。バルザックの心は、怒り、悔しさ、嫉妬で徐々に埋もれていったのだ。このような黒い感情を吸収していたのは、ブローチに加工された宝石だった。感情が限界を迎えコントロールが利かなくなり、ついにブローチが暴走する。バルザックは操られるように、アイリスを呼び出したのだ。
「お兄様。一体何の用があるんですの」
「アイリスいい加減にしてくれないかな。社交もせず買いたい放題、遊びたい放題で、父上と母上が迷惑しているのが分からなのか」
今まで我慢してきた思いが爆発する。バルザックは無意識のうちにアイリスの肩を掴む。そしてとんでもない行動を起こす。
「きゃあ――お兄様何するの」
衝動的に近くの池へ落とそうとしたのである。ところがアイリスに服をつかまれ、吸い込まれるように落ちたのは同時だった。池の冷たい水で我に返る。
(僕は……僕は一体何をした!?)
もがけばもがくほど、大量の水が口の中に流れ込んでくる。助けてと言葉にすることも出来ない。殺したいほど憎んでいたわけでもない。しかし時すでに遅く、ついに意識は闇の中へ溶けていく。そして気がついた時には、記憶喪失になっていたのだ。その事実を聞いてすぐに駆けつけたのは、ガイルとミリアンだった。
「君たちは誰なの?」
突然目の前に現れた人物に、わずかばかり声が震える。
「もしかして俺らのこと覚えてないのか」
ガイル、ミリアンと目が合う。心なしか顔が歪み、今にも涙腺がほころびそうな表情をしている。バルザックの心は申し訳なさで埋め尽くされる。
「ごめんなさい。分からないです」
「そんな――私たちは幼馴染なの。急にそんなこと言われても困るよね。でも……すぐには無理だと思うけど、また仲良くしてくれたらいいな」
ミリアンに懇願するような震える声色で言われてしまえば、うなずく以外出来なかった。誰のことも分からない。それが一番恐ろしいのである。ただ一人知らない場所に取り残されたような気分だ。そんな不安をよそに彼らは側にいてくる。
最初は怖かった。けれど少しずつ交流を深めることで、次第に仲良くなれた気がする。ガイルとミリアンは今までの出来事を色々教えてくれる。バルザックの心は随分と救われた。いまだに記憶は戻らない。けれど、三人で過ごす時間が増えれば、何となく懐かしい気持ちなった。
(二人が僕の幼馴染なのは本当なんだね)
バルザックにとって二人との時間が居心地のいい場所になった。その時に、アイリスと言う名前の妹がいると知ったのである。どのような関係性だったのか聞いたうえで、バルザックは仲良くなりたいと思い交流を深めようとした。
(これから同じ屋敷で過ごすんだから、以前の関係なんてどうでもいいよね)
両親は本来、二人に婚姻を結ばせる思惑があった。しかし記憶喪失になってから、あえて血縁関係がないことは伏せられている。それは子供たちに幸せな結婚をしてほしいと願う、親心からである。せめて仲のいい兄妹でいてほしいのだ。記憶を取り戻した時のリスクを考えると、勝手に婚姻を結ぶわけにはいかない。あとで睨まれたくないのが本当のところ。それにアイリスは、血縁関係がないこと事態知らない。
政略結婚も普通にあり、嫌いだからという理由で簡単に離婚など出来ない。だから余計慎重になる。けれどそんな思いとは異なる方向へ話が進んでいく。バルザックの本音がどこにあるのかを知っていたら、別の未来が訪れる可能性があった。見えているものが、全て真実とは限らない。けれど、それでしか判断できない現実がある。心が読めない限り分かるはずがないのだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
バルザックの心情は複雑だったのです……。
また明日お会い出来れば嬉しいです!




