5、終わりの始まり
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いよいよ夜会当日を迎える。これまで色々あった。ミリアンと仲良くなれたとはいえ、頻繁にお茶会へ出かけることは出来なかった。アイリスも淑女教育を続ける必要があるので、日程が合わないことも。自由に会えない中、偶然を装って会ったりもした。
様々な人が主催するお茶会や夜会にも出来るだけ参加して、ミリアンと会った。ガイルとの手紙の受け渡しのために。上手いことバルザックの目をごまかせていただろう。ガイルに会えたのは数回だけなのがとても残念でならない。ミリアンには随分お世話になった。ただ手紙を渡し合うだけなのに、苦労したことが記憶に新しい。その中で、ミリアンに好きな人がいると知った。
(きっとミリアン様の好きな人は、バルザックお兄様ね。邪魔はしないから安心して)
物語ではバルザックに縁談が持ちかけられた。女性から男性への求婚は珍しい。だから悲しいことにミリアンの方がバルザックを好きなはずなのだ。
(うん? 何故悲しいんだろう。あっ! 三人でよくお茶会をしていたわ。二人きりは体裁が悪いから、ガイル様はカモフラージュね。そして結婚の約束もしていた。それなのに邪魔したのは――私ね)
記憶喪失になっても、ミリアンはバルザックを忘れられなかった。そうでなければ、別の人を思って心が壊れていく人と、結婚したいと思わないだろう。だから今度こそ幸せになってほしいと願う。この計画を実行するまで、マーリーには何度も「本当によろしいのですか」と聞かれた。心配してくれているのだろう。ガイルにはきちんと了承を得ている。上手くいく自信はある。だから心配しなくてもいいことなのだ。
(そろそろね)
バルザックがガイルの父と話をしているのを確認する。人目を盗んでするりと屋敷の奥へ向かう。
(これでようやく私も幸せになれる)
高鳴る鼓動を抑えながら、おそるおそるドアを開ける。決めたこととはいえ、少し怖い。約束した部屋に入ると、ガイルの姿はない。
「あれ? 早すぎたかな」
キョロキョロと辺りを見渡すと、テーブルの上に手紙が置かれていることに気づく。
「うん? なんだろう」
足早に手紙の元へ近づく。首をかしげながら手に取ろうとした時。不意に後ろのドアがガチャリと音を立てて開く。
(彼が来てくれたのかな)
嬉しそうに振り向いたアイリスの目の前には、予想外の人物が立っていた。驚きのあまり笑顔が固まる。そんな束の間、乱暴に部屋の扉が閉まった。
「やあイリィ。どうしたんだいこんなところで」
「――お……兄様……ど……う……」
何が起こったのか理解出来ない。確かにガイルの父とバルザックが話している姿を見た。
「あははっ驚いた顔も可愛いね。ところでここがどんな場所だか分かっているんだよね? 誰かと約束でもしていたのかな」
何も答えられない。ジリジリと歩み寄るバルザックに距離を詰められる。波打つ鼓動に息が詰まる。アイリスは少しずつ後退していく。だが後ろに下がるのに限界があった。
(もしかして、知られているの!? だからマーリーはあんなに止めたのかしら)
「あぁごめん意地悪な質問をしたね。ここは逢瀬の休憩部屋だよね。あまり知られていない場所だけど、まさかイリィが利用しようとしていたとは思わなかったなぁ」
アイリスは息をのみ少し冷静さを取り戻す。負けるわけにはいかない。
「そうよ。人と待ち合わせしているの。もうすぐその人が来るはずなの。だからお願い。お兄様は出て行って」
「あぁ否定しないんだね。うーん。そのお願いは聞けないかな。それに相手はガイルだよね。残念だけど彼は来ないよ。今ごろパーティーを楽しんでいるよ。主催者側は色々な人の相手をしなくてはいけないからね」
どこで気づかれたのか。アイリスの体が震える。バルザックに計画が知られている。
「お兄様! どうして私の邪魔ばかりするの。私はただ幸せになりたいだけだなのに」
「あぁイリィ、君はどうして離れようとするのかい? もう我慢の限界だよ。僕を愛してくれているんじゃないのかな」
「えっ」
「そんなに驚くことかい。それよりこれが何だか分かるかな。イリィが初めて僕にプレゼントしてくれた物だよ」
バルザックが取り出したのは、ブローチだった。
「それがどう――えっどうして黒味を帯びてないの!?」
ハッとして口元を押さえる。これではまるで、これから色が変わることを知っているような言動だ。バルザックは目を見開く。
「黒味? ――通りでおかしいと思ったんだ。記憶喪失であるはずのイリィには記憶がある。それにしては、どことなく違和感があったんだよ――それなら合点がいく。君は僕の未来を見たんだね。このブローチを通して」
ブローチを目の前にかざしながら語るバルザックが、得体のしれない人に思えた。確かに物語で見てきた。それは間違いないはず。
「どういうこと!? もしかしてお兄様は記憶喪失ではないの!?」
意味がわからない。動揺のあまり近くの机にカタリとぶつかる。その拍子に置いてあった手紙がひらりと宙を舞う。
『君の気持ちはとても嬉しかったよ。覚えていないかもしれないけど、僕たち幼いころに会っているんだ。初めて見た君は可愛らしかった。あの時きちんと挨拶が出来ていれば、何か違ったのかもしれないね。俺はどうしてもバルを裏切ることは出来ないんだ。これでもバルとは友人だからね。バルには幸せになって欲しい。だから君とは一緒になれない。騙すような形になってごめん。許してくれ。こんな俺を頼ってくれてありがとう。そして幸せを願っているよ』
それはガイルがアイリスへ宛てた手紙だった。
「嘘でしょ……」
どうして気づかなかったのだろう。ガイルとバルザックがつながっている可能性に。そしてアイリス以外にも、物語の中へ転生した人物がいる可能性に。アイリスの顔から血の気が引いていく。
「律儀に手紙まで残すなんて、本当に現金な奴だね。でもイリィは意地悪な子だなぁ。僕というものがありながら、こんなことをしようとするなんて。もしかしてわざと僕を嫉妬させたかったのかい」
今まで物語だと信じて疑わなかった。それにしては色々と説明がつかない。とはいえバルザックに邪魔をされる理由が分からない。
「お兄様もここが物語の世界だと知っていたの!? ならどうして私に構うの。記憶があるなら私のこと、最初は嫌っていたはずでしょう」
しかしバルザックは不思議そうに首をかしげる。
「嫌うなんて心外だなぁ。それに物語って何のことかな。この世界は現実だよ。ある意味僕とイリィの物語ではあるけど――あぁそうか。君は僕が死ぬまで別世界の住人だったことがあるのかな。つくづくこのブローチは不思議だね」
先程から何の話をしているのだろうか。アイリスの思考回路は徐々に歪んでいった。
「ブローチって一体何のことなの」
「あぁそうか。全てを見たわけではないんだね」
またしてもよくわからないことを言い出だす。あのブローチは、何だか危険な気がするのだ。目に見えないものが働いていると思わざるを得ない。それがある限り、良くない結末になるのではと思い始める。とにかく壊してしまえば、正気に戻るはず。
そして奪うため手を伸ばす。一瞬の隙を突いてブローチに手が触れた。するとどうだろう。ルビー色の光を放ち二人を包みこんだのだ。意識を失い気がついた時には、バルザックの腕の中に抱きかかえられていた。意識の向こう側でアイリスの名前を何度も呼ぶ声が聞こえる。両目から温かい涙がこぼれ落ちた。
「バルザックお兄様――」
不意によみがえる。愛しくて、愛しくてたまらない感情が。アイリスはバルザックを抱きしめ返していた。
(あれ? もしかして私「居場所を見つけられた」って思ったのは、生まれ変わっても同じ境遇だったからかな。それでネットでつながった人たちと語り合える場所を見つけられたから)
「大丈夫かいイリィ」
「お兄様……ごめんなさい。本当はずっとお兄様のことが好きだったの。でも生まれてくる子どものためにも身を引かなきゃって……お兄様とは義理でも兄妹だから……こんなこと許されないもん」
アイリスは自分の心をごまかすのはやめた。たとえ結ばれる未来が来なくても、思いだけは伝えたいと思った。
「あぁそうか。そのことを気にしていたんだね。大丈夫だよ」
「でっでもミリアン様はお兄様のことが好きでっ、お兄様もミリアン様が好きでっ、結婚の約束までしていたのに――記憶喪失になってしまったから、それを私が奪ってしまったからっ」
バルザックはアイリスをぎゅっと抱きしめる。
「イリィ。何も心配することはないんだ。それよりも思い出してくれたことが嬉しいよ。どこまで僕の未来を見たのか分からないけれど、君が見た子供は僕とミリアンとの間に生まれた子供ではないんだ」
「えっ……じゃあ養子? それにしてはミリアン様と似ていたような気がするのだけれど」
まさかバルザックの子供ではないとは思わなかった。
「そうだね。養子ではないけれどミリアンの子ではあるんだ――どちらにも似ていなかったらどうしようかと思ったけれど、幸いだったね。ここからはイリィも知らない真実を話すよ」
「真実?」
「うん。このブローチに使われている宝石は、どうやら黒い感情の吸収と人の記憶まで取り込んでしまう、特別なものらしいんだ。信頼できる人に調べてもらったから間違いないよ」
そうして語られた内容は、信じられないものだった。
最後までお読みいただきありがとうございます
実はアイリスこそ記憶喪失だったのです。(少々こじつけっぽいですが……)次回からバルザックの過去が語られます。そして残すところあと、5話程度です。
また明日会えたら嬉しいです。




