4、嫌な予感は当たる
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そしてやはりと言うべきか、ある考えにたどり着く。
「もう! どうして上手くいかないのー。誰かがこちらの動きを把握しているとしか思えないんだけど」
ついついマーリーのことをジッと見つめてしまう。
「まさか! わたくしを疑っておいでですか。わたくしはお嬢様が困るようなことは何もしておりません」
「そうよね。ごめん。あなたを疑うつもりはなかったんだけど、あまりにもお兄様が姿を見せるからさ。ところでスケジュールはどうやって手に入れたの」
それが一番の疑問だ。
「はい! バルザック様の側近の方にこっそり伺いました。きちんと理由も申し上げております。お嬢様がバルザック様の休憩時間を、邪魔しないようにティータイムを開きたいと。もちろん口止めもしております。」
「そうなのね」
アイリスはもしかしたら側近が知らせているのかもと考える。確証がない以上変に動けない。証拠を得ようと動くと、何か企みがあるのかと逆に疑われそうな気もする。それは避けたい。仕方がないので大人していることにした。
今日も裏庭で紅茶を飲みながら、バルザックは来るのだろうかと考えていた。そんな矢先、本当に姿を見せたのだ。悪い予感は当たる。しかも今日に限って一緒に紅茶を飲むと言う。いつもは足早に去っていくのに……。アイリスは根負けした。これ以上憩いの場である空間を、バルザックの手によって汚されたくない。
「お兄様! 池での出来事はもう気にしてないわ。だから忙しい公務の合間をぬってまで、わざわざ来なくてもいいの」
許してしまえば、もう来ることはないだろうと。ハッキリと思いをぶつける。
「あぁようやく許してくれるんだね。心配までしてくれるなんて、優しい子だね。僕は休憩時間にここへ来ているだけだから、大丈夫だよ。じゃあこれで仲直りだね」
微笑みを浮かべるバルザックを見ながら、アイリスは内心嘘つきと思っていた。しかし「スケジュールを把握している」などと言えるわけがない。するとバルザックはアイリスの傍で跪き、左手を取ると手の甲にそっと口づけをした。思いもよらない出来事にアイリスの心がかき乱される。
「えっちょっ……ま――」
慌てて手を引っ込める。言葉にならずハクハクと口を動かす。ぶわっと一気に顔へと熱が集まるのを感じる。
「ふふっかわいらしい反応をするんだね」
物語にこんな場面は存在しない。アイリスの記憶がある時点で、同じことは起こりえないのだ。前世でも恋人はいなかった。だから男女のあれこれには慣れていない。
「お兄様おっおかしいですわ。妹にこのような真似をするなんて」
「何故だい? 親愛の証だよ。父上や母上もアイリスにこうやって口づけするじゃないか。僕が同じことをして何が問題なのかな」
血のつながる兄妹であれば、特段気にはならない。しかしアイリスは知っている。血のつながりがないことを。
「おっお兄様は特別なのです! だから駄目です」
「残念だなぁ。もっと仲良くなりたいのに。それよりも聞いたよ? 僕たちあまり仲が良くなかったって。色々嫌な思いさせてたかな。ごめんね。以前のことは忘れて、今の僕と仲良くしてくれないかな。出来れば今の僕を見てほしい」
アイリスは目を見開く。まさか謝られるとは思わなかったのだ。何故だろう。バルザックの頭に幻影が見える。シュンとなった犬の垂れ耳が。
「かっ考えておきます。マーリーもう部屋に戻るわよ」
アイリスはそう答えることに精一杯だった。
「あーぁ行ってしまったね。少し攻めすぎたかなぁ。でもイリィが僕を特別に思っているなんて嬉しいよ。早く僕に落ちておいで」
目を細めながら見つめる先には、アイリスの走り去る後ろ姿がある。当然バルザックのつぶやきはアイリスの耳へ届くことはない。
そのうえアイリスは失言をしたことに気づいていない。血のつながりがないことを隠すために言った、特別という言葉――。どんな意味を持たせるのか。どう伝わるのか。考えもしなかった。
それでもアイリスは何となく危機感を覚える。バルザックと離れるための作戦を、急いだ方がいいのではないかと。第六感が言っている気がするのだ。
(あれ? バルザックはどのタイミングでアイリスを好きになったんだっけ……)
記憶が混濁する。
「ねっねぇマーリー。お兄様って、どことなく変だと思わない?」
「唐突にいかがしましたか」
「だって……妹に接する態度ではない気がするの。さっきねキス以外にも、指ですりすり触られたのよ。よく考えると、すれ違う頻度も高い気がするし。もしかして「出会った瞬間恋に落ちる」ことってあり得るのかな。お兄様が主人公のはずなのに、いつどこでアイリスのことを好きになったのか、思い出せないの」
「どうでしょうかね。わたくしの見る限り、バルザック様は以前とあまり変わらないように思いますが。一目惚れはあると思います」
アイリスは単に忘れているだけだ。全てのことを覚えているわけではないのだから。
「じゃあ手遅れってこと!?」
「まだそうと決まったわけではないと思いますよ。仮にお嬢様を好きなゆえの態度だとします。だけど
、好きにも色々な種類がございますから。家族として好きなのか。恋愛対象として好きなのか。心までは見えないのですから」
「そう……なら大丈夫そうね」
その根拠はどこから来るのだろうか。距離感のおかしい人はたまにいる。無意識な行動は、たちが悪い。もし気になる人が間違った距離感で接してくると、勘違いして怪我をする。見極めは非常に困難なのだ。
それからしばらくして、お茶会へ参加するようになった。
「お嬢様いよいよですね。頑張って下さい!」
「うっうん。何だか緊張する」
「大丈夫ですよ。これまで頑張ってきたではないですか」
アイリスはきちんとした淑女になるために、マナーの勉強を必死になって取り組んだ。ついには夜会にも顔を出せるようになったのだ。その行いが功を奏する。ようやく仲良くなれそうな人に出会えたのだ。というよりは選んだと言った方が正しい。物語の中でバルザックと婚姻を結ぶ相手。名前はミリアン。家同士のつながりもある。アイリスにとって一番都合のいい相手だ。
そんな日々の中で思い出したことがある。幼い頃に会っていることを。年齢が近いこともあり、交流があった。しかしアイリスは恥ずかしがって、引きこもる。それが何度も続いた。そのせいだろう。いつしか兄妹が訪れることはなくなった。
『アイリスはどうやら、人見知りのようだな。仲良くなれたらと思ったのだが、すまないな』
『いいってことよ! 俺とお前の仲だろ。まぁこちらとしては、あわよくばとも思ったんだけどな』
『娘はまだやらん』
『はーっはっはーわからんぞ』
アイリスの脳裏に父親同士の会話がよみがえる。その様子を物陰からそっとのぞいている、幼き日のアイリスの姿が見える。昔からの知り合いのような、気楽な関係がうかがえる。
(あぁそうだ。紹介された少年……確か名前はガイルだったかな。その子に恋をしていたような。上手く行けばアイリスを幸せにしてくれるのではないかしら)
この計画は打算的ではある。相手の父親は恐らく好意的だ。ガイルには婚約者もいないと確認が済んでいる。思い返せば、好き避けだったのだろう。緊張して上手く話せない。だから物陰からこっそり見つめる。はたから見ると、変な子だと思われていただろうが。
(ある意味ストーカーね。待って! 気づかれていた可能性はあるのかしら。うん。覚えてないことにした方が良さそう)
黒歴史である。そんなわけでより仲良くなるための、戦略的なお茶会の頻度が増えたのである。目的は文通のためだ。バルザックに見つからないように連絡を取るには、いい方法である。こうして仲良くなれれば、バルザックとミリアンとの仲を取り持つことも出来る。二人仲良くハッピーエンドも迎えられる。そんな思惑がある。
願いを叶えるためには、念には念を入れる必要があるのだ。手紙が届かない可能性も考られるのだから。最近は何かと妨害されている気はするが。何故だろうか。アイリスは焦っている。今日も今日とて、楽しいお茶会がバルザックの手によって崩されてしまった。
「もーう。どうしてお兄様が毎回毎回迎えに来るのぉ」
アイリスは自室にて、布団に顔を埋る。足をばたつかせながらぼやく。お茶会の日程をバルザックには知らせていない。どうやって情報を得るのか、お茶会の度に姿を現す。理由は見当もつかない。
「不思議ですよね。お嬢様宛の招待状は、一度旦那様の手に渡ってからお預かりしています。ですので「たまたま近くに来たから」などとおっしゃるのは、変ですよね」
「そうなのよ。例え内容を見られていたとしても、お父様が参加を伝えていたとしても、おかしいの。正確な時間を把握するのは、難しいわよね。こう何度も偶然が続けば、それこそ必然だと思えてくるぅ」
この間の夜会の時もそうだ。家族で参加するのはいい。しかし友人と談笑が終わるとアイリスの元へ寄ってくる。バルザックが令嬢に囲まれている時も同じだ。今がチャンスと離れるのだが、気づくといつの間にかそばにいる。この繰り返しなのである。そこでアイリスは考える。
「そうだ! いいこと思いついた」
バルザックは過保護すぎる。池へ落としたことに負い目を感じてるんだ。きっとそうだ。アイリスは自分に言い聞かせる。
「何をなさるおつもりですか」
「初恋の相手……つまりガイル様と既成事実を作るの。そうすれば必然的に結婚出来ると思わない?」
「きっ!? 何をおっしゃっているのですか。そもそも相手の方が了承してくださるとは限らないではありませんか」
「それは大丈夫……だと思うの。だって直接話したこともあるし、いい感じだったのよ。まぁお兄様に邪魔されてしまったんだけどね」
マーリーの肩がピクリと跳ねる。
「――お止めになった方がよろしいかと思います」
「マーリーは私の味方してくれないの?」
ウルウルした目で見つめられては、強く反対することは出来ない。
「いえ。わたくしは常にお嬢様の味方です」
ホッとした表情をするアイリスを横目に、マーリーは言葉を飲みこむ。
「それじゃあ色々と作戦を練らないとね。実行するのは彼のおうちが主催する夜会がいいわ。一番都合のいい場所だと思うの。だからこれからも協力お願いね」
「はい。かしこまりました」
(お嬢様! もう手遅れかもしれません)
マーリーの心の叫びは伝わらない。バルザックがいつも邪魔をする。それがどんな意味につながるのか。この判断が、アイリスの運命を狂わせることになる。いやむしろ正しい道へ導かれるのかもしれない。
何故気づいていないのか。家同士の交流がある。すなわち当然バルザックが同じ場所にいたことに。そして初恋相手であるガイルとその妹ミリアンとバルザックが、幼馴染みという事実を忘れていることを。何よりも物語の中で語られた婚約が、当人同士の利害が一致したことで、意図的に結ばれたものであることをアイリスは知る由もない。
最後までお読みいただきありがとうございます。
少しドキドキ展開がありました。今回の話の中で出てきた、手の甲にキスをするシーンですが、本当は右手の甲にするつもりだったんです。でも、指輪のようにする場所で意味が変わるのかなと思い調べました。そしたら若干違ったのです。右は敬愛の意味の方が強いようなので、直前で変えました。誰かが勝手に言っているだけかもしれません。本当のところは分かりませんが、心臓に近いということなので、その意見に乗っかることにします。
また明日会えたら嬉しいです。




