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3、今後の対策と作戦を考える

こんにちは、こんばんは、おはようございます

お越しいただきありがとうございます。

「まさか「池へ落とされて怯えている」なんて言うとは思わなかったわよ。「近づくな」と言ったことは、よかったんだけどね」

「何がまずかったのでしょうか」

「そうね。お兄様に記憶があると知られたことかな」

「どうしてですか? 実際お嬢様には記憶があるではありませんか。そこで噓をつく必要があるのでしょうか」


 マーリーの言いたいことは最もだ。けれどアイリスはみんなが幸せになる方法を真剣に考えている。

 

「確かに噓をつくのは良くないわ。でもね私は物語の結末を変えたいと思ってるの。その為には記憶喪失のふりをするべきか、しないべきか考える必要があったのよ」

「もっ申し訳ございません! てっきり「怯えているので近づくな」とお伝えしてほしいという合図かと思いまして」


 アイリスはこれから最善策を練るつもりだった。バルザックが恋に落ちないためにはどうするべきなのか。どちらを選んだかによって、行動が変わってくるからだ。


「まぁ言ってしまったものは仕方ないよね。怯えてると思ってくれた方が、避けていても不自然にはならないだろうから。そこで少し考えたのだけれど、まずは手始めとしてお茶会に参加してみようと思うの」

「まぁ! 滅多にお屋敷から出たがらないお嬢様がですか」

「あ〜、あまり言わないで。よく考えたら、屋敷に引きこもっていると出会いがないじゃない。今のままだとお兄様から離れられない。結婚相手も見つからない。未来は変わらないという方程式が成り立つの」


 アイリスには仲のいい友人さえもいない。


「ほうてい式? とは何でしょうか」


 首をかしげながら問うマーリーの言葉に、しまったと思いながらも、うまく取り繕う。この世界には方程式などという言葉は存在しないから。


「とにかく社交を頑張りたいってことよ」

「そうですか。とてもいいことでございます。奥様もきっと喜ばれますよ! ではこれから旦那様に、お茶会などに参加されたい旨をお伝えしてまいります」


 全ての手紙は現当主の執務室へ運び込まれる。そこで仕訳をなされて、それぞれの手元へ届けられるのだ。アイリスは、何とかごまかせたことに安堵のため息が漏れた。


「えぇよろしくね。ここでお茶会を開くことも可能だけど、出来るだけ私の姿をお兄様には見せない方がいいと思うから」


 恋はふとした瞬間に落ちる。きっかけはいたるところに転がっている。少しでも危険な芽は摘んでおきたい。ここで何も行動しないよりはマシだ。


「かしこまりました。確かにその方がよろしいかと思います。ただどの程度、お茶会の招待状が届いているのか分かりません。それに適当なところへ行かせるわけにはまいりませんからね。その辺は奥様や旦那様が判断なさるでしょう」

「それもそうよね。人付き合いを避けてきたから、招待状さえ来てなかったりして」


 アイリスはそう言いながら何だか寂しく感じた。


「いいえ! それはないかと思います。わたくしはお嬢様宛の招待状を見たことがありますから」

「そうなのね。あー良かった。とりあえず安心だわ。何だか安心したついでにお腹が空いたな」


 これからに期待しているアイリスを横目に、マーリーは内心ビクビクしていた。アイリスの知らない事実があるから。マーリーは、信じがたい場面を見たことがある。たまたま旦那様の執務室付近を通りかかった時のこと。そこでバルザックがアイリス宛に届いたお茶会の招待状をこっそり抜き取っているところを。


 マーリーの頭の中が疑問符で埋め尽くされ、好奇心に駆られてバルザックの後を付けた。途中でバルザック付きの使用人に見つかってしまったが、去り際におそるおそる振り返ると、招待状を破り捨てていたのである。その使用人とうっかり目が合うと、口元に人差し指を当ててウインクされたのだ。そして気が動転したことがあるだなんて口が裂けても言えない。


「まぁそですわね。お嬢様はお目覚めになってからお食事を召し上がられておりませんから」

「確かにそうだわ。軽くつまめるものがいいかしら」

「かしこまりました。何か準備してまいりますね」


 マーリーはアイリスの部屋を出ながら再び考える。真意は分からないと。運よくアイリスがお茶会を嫌がっていたため、特に問題にならなかっただけ。だからこの案件は慎重に進めるべきだと思っている。この屋敷でお茶会を開こうものなら、何かが起こりそうなのだ。記憶を失っているからこそ、とる行動がおそらくある。


 バルザックが「近くを通りかかっただけなんだけど」などと言いながら、参加する可能性はゼロではない。そうなれば別の人と幸せになるという願いは、叶わなくなる予感がするのだから。




 翌日はバルザックが記憶喪失になってから、初めて家族で朝食を取った。いつも通りあまり会話はない。そしてカトラリーの音が異様に響いていた。何となく気まずい。今までよく平気だったなと思いつつも、心が変われば感じ方も変わるのだなと妙に納得する。周りを見る余裕が出てきたのだろう。


 何か言われるかもと身構えたが、何事もなく時間が過ぎた。しいて言えばお茶会のこと。早々に動いてくれることになった。これでいよいよ本格的に人脈作りが出来る。多少の不安はあれど、アイリスにはマーリーという強い味方がいる。物語の中でも頼れる姉的な存在だったのだ。おんぶにだっこにならないよう気をつけないといけないのだが。




 それからのアイリスは、マナーの授業を受けることも決まった。これで最悪な結末を変えられる。幸せへの第一歩を踏み出せる。少々浮かれ気味のアイリスは、内心ワクワクが止まらない。顔の周りに花が咲いているように見える。そばにいるマーリーに怪訝な表情をされながらも、自分の世界に浸っているのだ。


 そんなある日のこと。アイリスが裏庭でお茶を飲みながら、優雅なひと時を過ごしていた。今後参加するお茶会の雰囲気を妄想しながら。顔をほころばせていると、そこにバルザックがひょっこり姿を現す。アイリスの動きが止まる。


(どうして!? 人目につかないように、わざわざ裏庭を選んだのに)


 動揺のあまり持っていたカップが揺れ、胸の前辺りにお茶をこぼした。幸いぬるいので、火傷はしないだろう。


「きゃっ」

「ごめん! 驚かせてしまったみたいだね」

「えっえぇ大丈夫です」


 本音は違う。逃げたい。一番会いたくない人物が目の前にいるのだから。


「でも、服が濡れてしまったね」


 サッとハンカチを出し拭き取る姿に、体が氷のように動かなくなる。


「バルザック様! いくらご兄妹といえども、むやみにお手を触れるのはおやめください。お嬢様は未だに怯えているのです」

「ごっごめん――どうすれば許してくれるかな」


 バルザックは眉間にしわを寄せ、目元を潤ませながら真っ直ぐに見つめる。何とも言えない表情にアイリスの思考が急停車する。しかし首を大きく振り、正気を取り戻す。


「無礼を承知で申し上げますが、先日お伝えしました通り、お嬢様にお近づきにならないでいただけますか」


 アイリスが何かを言う前に、マーリーが間に割って入る。おかげで、その場をやり過ごすことが出来た。バルザックの物悲しい後ろ姿に、アイリスは少し胸に刺すような痛みを感じる。しかし気づかないふりをした。


「あぁどうやら一筋縄じゃいかないみたいだね。あのメイドは確かマーリーと言ったかな。厄介な相手だなぁ。でもこれからどうなるか、楽しみにしているよ。僕のイリィ」


 去っていくバルザックの口からこぼれ落ちた言葉は、アイリスの耳に届くことはない。


「もーう。どうして私がいるって分かったのかしら」

「あっ! そう言えばバルザック様は、良くお庭を散策しておりました。執務の合間に気分転換をしていたのですよ。旦那様から少しずつ仕事を引き継いでおりますので。お嬢様も何度か見かけたことありませんか」


 記憶の引き出しを順繰り探してみる。


「――たっ確かにそうかも。よく睨まれていたような……ってどうしてこんな記憶ばかりなんだろう。ならここもルートだったのかしら。体は覚えてるってこと? はぁ……」

「記憶喪失だからこそですよ。バルザック様にとっては初めての場所になりますから。思い出す手がかりを探しているのかもしれませんし。色々見て回りたいのだと思います」


 一瞬だけ「記憶喪失って実は最高」という考えがよぎる。親しい相手は思い出してもらえない辛さはある。だけど消しゴムで消したいと思う経験が、一度はあるはずなのだ。どうしたものかと唸る。そこで妙案が浮かぶ。


「そうだ! ねぇ。お兄様のスケジュールを把握することは出来る」

「うーん。そうですねぇ。方法はなくはないですが……」

「ならお願い」


 アイリスは上目遣いでマーリーのことを見つめる。


「はぁ――かしこまりました。お嬢様の頼みとあればどうにかいたします」


 それからしばらくして、バルザックのスケジュールを手にいれることが出来た。マーリーは思いのほか出来るメイドのようだ。


「マーリー本当にありがとう! さすが私の専属メイドね。これで上手く行くわ」

「お役に立てたようで何よりです」


 アイリスは声を弾ませながら、スケジュールとにらめっこする。忙しい時間帯と絶対に外せない仕事の目星をつけることにした。そこを狙ってティータイムを開けば、バルザックに邪魔をされずに済む。


 これで心置きなく楽しめる。しかし何故だろう。作戦は失敗に終わる。アイリスは、思い通りにいかない現実と理想の間で悩むこととなった。


「どうしてなの!? このスケジュールで合ってるのよね」

「えぇ間違いありません」

「でもさ。百歩譲ってスケジュールが変わっていたとして、こうも毎回なのは不自然すぎるわ」


 忙しさは、人が想像して分かるものではない。ただそれ以上にバルザックの方が、一枚上手なのである。


 そんな中で厄介なのは、バルザックが何かと同席したいとこぼすこと。子犬のように輝く瞳で見つめられては、断りきれない。とはいえ毎回声だけかけて直ぐに居なくなる。だから決して暇なはずがない。なのに何故なのか。その答えを聞きたいような聞きたくないような、よく分からない感情に引っ張られる。


 (まだ大丈夫。大したことないわ)


 何度も心に問いかける。けれどバルザックは会う度に「許してくれないかな」と言う。それが一番気がかりだ。こちらが悪いことしている気分になるのだから。とは言いつつティータイムは続けたい。絶賛困惑中だが、庭は心地よく思っている。だから譲れない憩いの場なのだ。

最後までお読みいただきありがとうございます。


バルザックの異変……そして変な方向で頑張るアイリス。


今日は全国的に寒いようですね。部屋の中でも手が冷めたい。

また明日お会い出来れば嬉しいです。

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